82 / 142
第6章 あなたは私の宝物
3. 王子の母
しおりを挟む
「あなたにお会いできるのを、楽しみにしていたのよ」
「私もです、殿下」
「殿下はやめてください。他人行儀で悲しいわ」
「そうでした……イリス様」
「『様』もなしよ。私なんてもともとは貴族ですらない、ただの踊り子だったのですから……」
塔に幽閉された最初の日から、俺はニケの母親であるザハブルハーム王国王妃イリスと会っていた。
夢の中で、だが――……
ニケの案内で王宮に招かれた日に見た夢では、王妃の声を聞くことができはなかったが、二度目の再会からはお互いに言葉を交わすことができている。
イリスの母親は呪術師だったらしく、踊り子という道を選んだ彼女だったが、魔法の才能にも恵まれているらしい。
だが、誰の夢の中にでも入ることができるというわけではなく、そういうことができたのは俺にだけで、イリスも驚いていた。
ニケじゃなくて、どうして俺だけ……
俺は本来、この世界の人間じゃない。
そのせいなのだろうか……
イリスと夢の中で会うようになって、色々な話をした。
彼女が踊り子だった頃のこと、ザハブルハーム王国の王妃になってニケが生まれてからのこと。
土地の人間ではない第四王妃に周囲は冷たく、イリスはニケとともに、宮殿の中で居場所のない生活を送っていたと言う。俺はイリスやニケよりもずっと恵まれた環境のはずだったけど、皇子として城で生活するのが息苦しいと感じていた。それもあって、彼女とは意外なほど話が合った。
イリスが俺の話を聞いて一段と目を輝かせたのはやはり、ニケと一緒に冒険をしたときのことだった。
「もうすぐ、大きな戦いが始まります。その戦いの勝敗は、戦そのものの勝敗さえ決定づけるでしょう……」
「どうして知っているのです?」
「ニケは毎日私に会いに来て、色々なことをお話してくれるのよ。私は返事をすることはできないけれど、ひとつも聞き逃すものですかと、耳をそばだてているの」
イリスの美しい顔に微笑みが浮かぶ。淡く頬が紅潮したその顔は、少女のように可憐で、花が咲いたように美しかった。三年前から彼女の時が止まっていることを差し引いても、ニケのような歳の息子がいる年齢とは到底思えなかった。
くるくると変わる可憐な表情は、相対する者を惹きつけてやまない。
なんて……こんなにも綺麗な女性とふたりきりで長く話したことなんて、前世も含め一度もなかったせいか、少し舞い上がっているかもしれない。
「ノアは大丈夫よ。だってあなたは、みんなから愛されているのだから」
「そうかなあ……」
「……ねえ、ノア……お願いね、ニケのこと……」
ニケが母親のことを一番に考えているように、イリスは息子のことを誰よりも案じていた。
「大丈夫。ニケは俺を裏切ったけど、俺はぜんぜんニケのことを嫌いになってないんだ」
「ノア……ニケがあなたにしたこと、ほんとうにごめんなさい」
イリスの水色の瞳に涙があふれ、頬にこぼれ落ちた。
この世界の母親は、俺が五歳にもならない頃にこの世を去っていたが、かすかな記憶が残っていた。それは、ルクスの記憶と感情だったが、俺のものでもある。
「ニケは母親想いのいいヤツだ。そんな友達を、塔に閉じ込められたって……嫌いになんかなれないよ」
そして、ニケは知っているのだと思う。
ベルムデウス帝国が勝ち、ザハブルハーム王国は負けるということを。
彼が冒険者として過ごした三年間は、帝国に拠点を置いていたと聞く。帝国は連戦連勝の常勝国。国力の差がありすぎる。王国に味方する同盟国でもあれば話は違ってくるのかもしれないが、一国で対抗するとなると、結果は目に見えている。
そうなったら……ニケは、イリスはどうなるのだろうか?
ニケはイリスを守るためなら、どんなことでもすると言っていた……
アラゴグ討伐で初めてパーティを組んで以来の短い付き合いだけど、ニケはエトワールを助けてくれた恩人でもある。それから、仲間たちの誰よりも俺に懐いてくれたせいか、弟のようにも思っていた。ブラウフォンスでみんなで一緒にごはんを食べたときにはもう、戦争の気配をいち早く察知していたニケの思惑が裏にあったのかもしれないけど……
それでもやっぱりニケを嫌いには、なれない――
「私もです、殿下」
「殿下はやめてください。他人行儀で悲しいわ」
「そうでした……イリス様」
「『様』もなしよ。私なんてもともとは貴族ですらない、ただの踊り子だったのですから……」
塔に幽閉された最初の日から、俺はニケの母親であるザハブルハーム王国王妃イリスと会っていた。
夢の中で、だが――……
ニケの案内で王宮に招かれた日に見た夢では、王妃の声を聞くことができはなかったが、二度目の再会からはお互いに言葉を交わすことができている。
イリスの母親は呪術師だったらしく、踊り子という道を選んだ彼女だったが、魔法の才能にも恵まれているらしい。
だが、誰の夢の中にでも入ることができるというわけではなく、そういうことができたのは俺にだけで、イリスも驚いていた。
ニケじゃなくて、どうして俺だけ……
俺は本来、この世界の人間じゃない。
そのせいなのだろうか……
イリスと夢の中で会うようになって、色々な話をした。
彼女が踊り子だった頃のこと、ザハブルハーム王国の王妃になってニケが生まれてからのこと。
土地の人間ではない第四王妃に周囲は冷たく、イリスはニケとともに、宮殿の中で居場所のない生活を送っていたと言う。俺はイリスやニケよりもずっと恵まれた環境のはずだったけど、皇子として城で生活するのが息苦しいと感じていた。それもあって、彼女とは意外なほど話が合った。
イリスが俺の話を聞いて一段と目を輝かせたのはやはり、ニケと一緒に冒険をしたときのことだった。
「もうすぐ、大きな戦いが始まります。その戦いの勝敗は、戦そのものの勝敗さえ決定づけるでしょう……」
「どうして知っているのです?」
「ニケは毎日私に会いに来て、色々なことをお話してくれるのよ。私は返事をすることはできないけれど、ひとつも聞き逃すものですかと、耳をそばだてているの」
イリスの美しい顔に微笑みが浮かぶ。淡く頬が紅潮したその顔は、少女のように可憐で、花が咲いたように美しかった。三年前から彼女の時が止まっていることを差し引いても、ニケのような歳の息子がいる年齢とは到底思えなかった。
くるくると変わる可憐な表情は、相対する者を惹きつけてやまない。
なんて……こんなにも綺麗な女性とふたりきりで長く話したことなんて、前世も含め一度もなかったせいか、少し舞い上がっているかもしれない。
「ノアは大丈夫よ。だってあなたは、みんなから愛されているのだから」
「そうかなあ……」
「……ねえ、ノア……お願いね、ニケのこと……」
ニケが母親のことを一番に考えているように、イリスは息子のことを誰よりも案じていた。
「大丈夫。ニケは俺を裏切ったけど、俺はぜんぜんニケのことを嫌いになってないんだ」
「ノア……ニケがあなたにしたこと、ほんとうにごめんなさい」
イリスの水色の瞳に涙があふれ、頬にこぼれ落ちた。
この世界の母親は、俺が五歳にもならない頃にこの世を去っていたが、かすかな記憶が残っていた。それは、ルクスの記憶と感情だったが、俺のものでもある。
「ニケは母親想いのいいヤツだ。そんな友達を、塔に閉じ込められたって……嫌いになんかなれないよ」
そして、ニケは知っているのだと思う。
ベルムデウス帝国が勝ち、ザハブルハーム王国は負けるということを。
彼が冒険者として過ごした三年間は、帝国に拠点を置いていたと聞く。帝国は連戦連勝の常勝国。国力の差がありすぎる。王国に味方する同盟国でもあれば話は違ってくるのかもしれないが、一国で対抗するとなると、結果は目に見えている。
そうなったら……ニケは、イリスはどうなるのだろうか?
ニケはイリスを守るためなら、どんなことでもすると言っていた……
アラゴグ討伐で初めてパーティを組んで以来の短い付き合いだけど、ニケはエトワールを助けてくれた恩人でもある。それから、仲間たちの誰よりも俺に懐いてくれたせいか、弟のようにも思っていた。ブラウフォンスでみんなで一緒にごはんを食べたときにはもう、戦争の気配をいち早く察知していたニケの思惑が裏にあったのかもしれないけど……
それでもやっぱりニケを嫌いには、なれない――
0
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
転生先がハードモードで笑ってます。
夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。
目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。
人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。
しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで…
色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。
R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる