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セトナ村への調査隊に起きたこと

対魔女戦の結末

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「全員ピンを抜けェッ‼︎」

 硬直から来る静寂。それを真っ先に破ったのは、隊長たるレグスだった。思考停止も硬直も、レグスにだけは許されない。隊を率いる者として、隊員を生還させる責任かある。帰りを待つ家族たちのもとへと帰してやる責任がある。
 そんな彼には、諦めるなんて楽な選択肢は存在しない。

 レグスの声に、隊員らもまた硬直を脱した。とはいえ、思考は纏まらない。纏まらないからこそ、逆に隊長の指示への反応は早かった。

 脚部を守る腿当てからピンが一斉に引き抜かれ、〈聖障結界〉が展開される。“守護”の存在で僅かに冷静さを取り戻し、隊員らに思考力が戻ってくる。
 と、【魔女】の呆れを含む声が響いた。

「ああ、〈聖障結界〉? それも随分懐かしいものを見せてくれるのね。その不出来な簡易装置は、私としては消し去りたい汚点なのよ」
「…………なにを、言っている」
「あら、知らされていないの。〈聖障結界〉を展開する魔道具はずっと昔からあったわ。けれど、それを携帯できるように小型化したのは私。
 それはかなり初期の型で、小型化ばかりに意識を割いて、肝心の守りの強度を落としてしまった欠陥品よ。出来の悪いのを使われ続けるのは、製作者としては複雑ね」
「馬鹿な……!」

 結界内で、憤慨の声があがる。
 レグスはその声の方を振り向きもしない。視線を切れば、その瞬間を迎えると予感してのことだ。

「教会がキサマに助力も協力も請うはずがない!」
「大声ではしゃいで、無知を晒すのがそんなに楽しい? 『魔法師組合』が教国にあることが、そのまま教国の姿勢を示しているでしょう」
「それはキサマの監視のためだ! 聖ネグベネの予言は誰1人忘れていない!」
「そう、教会の言い訳をそのまま信じたの。盲目だこと」

 聖ネグベアとは、予言者としてしられる聖人である。彼女は晩年ある予言を遺し、その内容は教国を震撼させた。

 ————『真祖の中に【魔女】の助力を得る個体が現れる』。

 これを受け、教国は後世で“魔女狩り”と語られる100年に渡る大粛清を開始し、当時の全兵力の4分の1と多くの聖遺物を失い、2人の【魔女】とその後継者となり得る7人の聖域魔法師を屠った。

 結界、他の【魔女】は教国と距離を置き、以来寄り付かなくなったのだ。当初はこれを悲観する声はなかった。当時の教国は間違いなく最強の国力・兵力・技術力を有しており、対抗できる国など、大陸はおろか世界規模で存在したかどうかだったのだから。

 しかし、それは“魔女狩り”から600年して【魔女】たちが『魔法師組合』を設立することで一変する。

 それまで教国が他を圧倒できていたのは、魔法に関する研究成果を各国が共有しなかったことが大きい。
 魔法とはあらゆる面で国にとっての切り札である。故に、優れた技術や研究は秘匿され、研究者や魔法師は厳重に管理された。
 結果、研究サンプルの量でも質でも優る教国だけが利する状態となっていたのである。

 が、その流れを断ち切ったのが『魔法師組合』であった。教国一強の状況に危機感を持っていた【王国】と【帝国】は、魔法技術の共有と発展を掲げる組合を我先にと受け入れた。
 そしてその流れは各国へと広がり、魔法技術はそれまでと比べるべくもないほどの速度をもって発展していったのである。

 これに焦ったのが教国だ。
 未だ数々の聖遺物を保有し、独占している技術も多い教国であったが、『魔法師組合』設立後たった300年での他国の躍進ぶりには舌を巻くものがあった。さらには教国も把握していない魔法も現れては、もはや悪夢である。
 当時の教国が算出した、『わが国に追いつく国が現れるまでに残された時間』は『800年』。教国の歴史からして、これはあまりにも短期間である。
 ここへ至って、教国は【魔女】と向き合う必要を受け入れざるを得なくなった。

 しかし、どれだけ時が経とうと“魔女狩り”の歴史は無くならない。今更、教国に協力的な【魔女】などあり得なかった。そしてそのまま100年が過ぎ、いよいよ頭を抱える当時の大司教らの前に現れた人物こそ、【紅の魔女】その人であった。
 教国は多くの妥協と譲歩の上、ようやく“魔法師組合”を招くに至ったのである。
 
 以来、教国と【紅の魔女】の関係は“利害の一致する限りにおいて協力する”というものに落ち着いている。

「そもそも、その予言すら当たっていないじゃない。
 これまで【魔女】は対真祖戦に大きく貢献して来たでしょう。【魔女】がいなければ、人類は3代目の真祖の時点で敗北していたはずね。
 アナタたちが彼女の妄言を間に受けて執行した“魔女狩り”の後も、5代目の真祖が発生したわよね? その時、当時の父神大司教がなんて言ったか知らない? 知らないのでしょうね」
「ッ!」

 クスリと、嘲りと愉悦の微笑みを浮かべて、【魔女】は腕を持ち上げる。

「十分話したわね。アナタたちに使う時間はここまで」
「…………な……んだ……あれは……」

 レグスの声に、隊員たちも空を見上げて——絶句した。

 何十という赤熱する光弾が、星のように瞬いている。
 そのひとつひとつが、聖堂騎士へ向けられた悪意の正体だと、果たして何人が理解できたか。

「製作者として断言してあげる。その〈聖障結界〉では苦しみすら感じないわ」

 【魔女】は艶然たる笑みをそのままに、その腕を無造作に振り下ろした。
 瞬間、赤い星々は悦びの声高らかに、有象無象の這う地表へとくだる。

 しかし、その直前。

「————そう、面倒な大盾ものを持っているのね」

 どこか冷めた瞳は、レグスたちへと駆けつけた騎士へと向けられている。

「はぁああああッッ‼︎」

 天上へ向けられた大盾は光を放ち、レグスたちの〈聖障結界〉を遥かに凌ぐ守りを顕現させる。
 それは、“脅威を阻む”性質を持つレグスたちの〈聖障結界〉とは異なる、“脅威を遠ざける”ことに特化した結界である。

 巨大な光の半球はレグスたちを完全に覆い、星々は軌道を曲げ、半球の表面を滑るように地上へと降り注いだ。着弾の衝撃と、直後の爆発。辺りに轟音が断続する。
 その余波ですら、家屋を吹き飛ばすには十分な威力を誇る。

 盾の聖堂騎士へと身を寄せながら、レグスたちは神へと祈りを捧げ、ひたすらにこの地獄が過ぎ去ることを祈り続ける。
 そしてついに、閃光も轟音も途絶え、耳鳴りと頭痛を噛み殺しながら、レグスはチカチカと明滅する視界で辺りを見回し、今のがどれほど凶悪な魔法であったかを認識する。

「……………………」

 声が出ない。誰ひとり、目の前の光景が信じられなかった。

 村は完全に消滅していた。辺り一帯は火に飲まれ、燃やすものを失った炎がレグスたちを取り囲んでいる。地形は完全に元の形が分からないほどに変わり果てていた。

「グ……、カハ……」

 聖堂騎士が膝をつき、荒い呼吸もそのままに【魔女】を睨みつける。その瞳には憎しみの色がありありと浮かんでいた。

「なぜだ、【紅の魔女】。貴様が教国と対立する理由はないはず」
「そうでもないわ。それに、ここでアナタたちを殲滅すれば、向こうから招集してくるでしょう?
 今自分から会いに行くのは、後々怪しまれるのが目に見えているもの。
 そろそろ会議室へ仕掛けたものも回収したいのよね」

 断片的な言葉に、意味を理解できたのは騎士ただひとりだけだ。
 彼女は聖堂騎士の所属している“第6裁神聖堂”に関して話している。

「そうか……あの部屋の結界も……」
「ええ、私が考案したものね。もう少し警戒して然るべきじゃない? まあ、信頼しているという政治的なメッセージでもあったのでしょうけど、もう少し傍受の術式に詳しい人間がいれば違ったでしょう」
「——貴様ッ……人類われわれを裏切ったな……‼︎」
「フフ、要するに彼女は正しかったのよ。“魔女狩り”の時代を違えたわね」

 ルミィナの死刑宣告の直後——

「うわぁああぁあぁああ⁈⁈⁈⁈」

 隊員が怒号とも悲鳴ともつかない咆哮をあげながら、輝く石を敵へ掲げた。
 あらかじめ込められた魔力が呼応し、魔法陣が出現する。“覚醒”していない者でも、魔法による攻撃手段は存在する。これはそのひとつだ。
 レグスも止めない。ここまで来ては、止める意味もない。

「私を相手に魔法陣を晒すなんて、正気?」

 心底から不快げに、ルミィナは魔法陣へと意識を向ける。そうする今も、魔法陣は人の胴体ほどの岩石を形成し、今にも射出されんとしている。
 それを見て、レグスは声を張り上げた。
 この魔法はこんな巨大な岩石を放つものではない。こちらの意図せぬ動作をしている。状況から見て、好ましい変化であるはずがない。

「今すぐ伏せろォ‼︎‼︎」
「もう無駄でしょうけど、最後に教えてあげるわ。魔法陣は隠しなさい。不可視化できないならせめて守りなさい。
 さもないと————」

 【魔女】の指が動く。その指揮に従って、敵を粉砕せんと待機していた岩石は、ようやくだと標的へと突進した。標的であるへと。

 声すらなく、おそらく苦痛も一瞬だった。男は自身の起動した魔法によって、胸から上を取り上げられて死亡した。シマクの世話役の男。隊員の中でもっとも面倒見が良い優男と称されていた男は、こうしてまだ短かった人生を終えた。

 昆虫を石で挟み潰したときのような、メシャリとした音が耳に残る。ブルリと、レグスは悪寒に身震いした。

「————こうやって手を加えられてしまうのよ」

 ことの顛末を見届けて、ルミィナはつまらなそうに目を細める。
 そして、中断していた魔法を今度こそ発現させ、その奇跡の規模に、レグスたちは今度こそ絶望を見るのだった。

 先ほどの魔法を星々と形容するなら、これはさながら太陽そのもの。村を周囲もろとも飲み込めるその規模は、人ひとりが腕を掲げるだけで行使するにはあまりに過ぎた奇跡に思えた。

 夜であるにも関わらず、昼間以上に照らされて、レグスは思考を止める。生還など、考えるのも馬鹿馬鹿しい。この状況で生還できる可能性と比べれば、自分が聖騎士になることの方がまだ現実的だ。後者は不可能。前者は絶対不可能という程度の違いだが。

「これが……神域……」

 誰かのかすれた声。レグスですらやっと聞こえたその声が、やはり【魔女】には聞こえたらしい。

「呆れた。こんな大量の魔力さえあれば再現できる魔法が、“源流”に肉薄するはずないじゃない。これ以上無知を晒す前に消滅しなさい。聞くに堪えないわ」

 吐き捨てるように言って、“太陽”は振り下ろされた。

 迫る大火球を前にして、シマクに覆い被さるレグスの努力も、そのレグスを護らんとさらに被さる隊員たちの絆も報われぬまま、調査隊は周囲の地形ごと消滅した。
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