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11話 レナルド王子の噂

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(以外にも結構楽しく一日過ごしてしまったな……)



 デートの翌日、ぼんやりと昨日のことを思い出しながら私は登城していた。

 昨日は結局一日かけて、私達はのんびりと王立公園を散策した。

 綺麗な空に穏やかな風。豊かな草花に薬草園。のんびりと過ごす人々や動物達。普段は職場のある王城くらいしか外出しないけれど、たまにはこうやって外に出てみるのも楽しいものだなと思った。

 だけど昨日の余韻に浸っていられたのもここまでだった。



「ステラ・ハーディング伯爵令嬢。少しお話があるのですがよろしくて?」



 研究室のある棟へと向かう途中、10人程の令嬢達に待ち構えられていた。

 うわ、嫌な予感がする。

 あからさまに敵意を持った視線に思わず後退りしそうになってしまった。



「……な、なんのご用でしょうか?」

「ウィル・アンダーソン様のことです」



 一歩前へ出ていたリーダー格の令嬢がツンと顎を上げて言った。

 彼女は確かマキシム伯爵家のご令嬢。

 確かウィル様親衛隊の会長をしている人だ。

 そう、今ここにいる令嬢達は皆ウィル様親衛隊の会員達だ。



「ウィル様と婚約されているという話は本当なのですか?」

「…………あ、はい」



 恐る恐る頷くとわっとファンクラブの令嬢達が怒りだした。



「嘘でしょう!?」

「信じられない! どうしてこんな根暗の魔女と?」

「ウィル様が何か弱みを握られているのでは……?」

「親衛隊内では不可侵条約が結ばれていますのよ!」



 ど、どうしよう?

 先日マリア様に嫌味を言われただけじゃすまないだろうなあと思っていたけれど、恐れていたことになってしまった。

 ウィル様はとにかくファンが多いのだ。

 よりによって相手が私じゃ怒り心頭なのも理解できるけど、根暗の魔女はちょっと傷つく……。いや、自分でもわかってるけど。

 先頭に立っていた親衛隊会長のご令嬢が青筋を立てながら一歩こちらへ近づいてきた。



「ステラ嬢、どういう経緯でご婚約をされたのか詳し~く説明をしていただきますわよ!」

「え、えええぇ~~?」



 説明って、どう説明しても納得してくれなさそうだ。

 それに下手に嘘をついたらボロが出そうだしどうしよう……。すごく困ってしまった。



「おっと」

「わ!? あ、す、すみませ……レナルド殿下!?」



 親衛隊の令嬢達に気圧されて一歩後ろへ下がったら誰かにぶつかってしまった。

 振り返ったらそこにいたのは迷惑そうな顔をしたレナルド殿下で、飛び上がりそうになってしまった。親衛隊の令嬢達も慌てて頭を下げる。



「なんだ、朝からこのようなところで喧嘩か? ……ああ、お前たちはウィルの取り巻きだったか」



 フン、と馬鹿にするように鼻で笑ったレナルド殿下はちらりと私に冷めた赤い瞳を向けた。

 ……私この人に何かしたかなあ? 医務室で会った時も思ったけどどうも当たりが強い気がする。



「ウィルの奴はまだこいつと付き合っているのか? こんな花の無い黒猫のような女では不相応だとわからないのか。ま、そのうち飽きるだろうが」



 レナルド殿下の言葉にどこかからクスクスと笑い声が漏れた。

 ガーンと私はショックを受けて一瞬固まってしまった。そんなこと言われなくてもわかってるけど、何も人前で馬鹿にすることないのに。恥ずかしさで頬が熱くなる。

 レナルド殿下の発言に親衛隊の令嬢達も声を上げた。



「そうよそうよ!」

「ウィル様があなたを好きだなんて信じられませんわ!」

「何か怪しげな魔法薬でも使ったんじゃなくて?」



 ひええ……! なんだか一気に場の空気がヒートアップしてしまった。気がつけば周囲には親衛隊以外の人達も何事かとこっちをチラチラと見ている。これ以上騒ぎが大きくなるのは勘弁してほしい。

 居たたまれなくて私はレナルド殿下にさっと頭を下げた。



「し、失礼します。仕事に遅れますので」

「ちょっとお待ちなさい。まだ話が終わってないわ!」

「失礼します!!」



 もう待ってられるか。

 親衛隊会長の制止を無視して私はその場から逃げ出した。





 後ろから追いかけてくる声に聞こえないふりをして廊下を曲がる。

 そこで私はポケットから小さな小瓶を取り出した。

 改良した変身薬だ。

 もうこれ以上追いかけ回されたくないし、誰にも会いたくない気分だ。

 私は誰もいないのを確認して変身薬を飲んだ。



「……!」



 っぽん! と軽い音と煙と共に私の視界が低くなる。

 以前と同じタオル地のふかふかの両手。



「ステラ嬢は? 確かこちらに来たはずでは?」

「向こうを捜してみましょう」



 令嬢達の声が間近に聞こえて慌てて近くにあった鉢植えの陰に隠れた。

 とにかく今は逃げなくちゃ。

 もたもたとタオル地の足で私は城の中を駆けて行った。





「……はあ、ここまで来れば大丈夫かな」



 タオル地の短い足で草をかき分けてたどり着いたのは、城の中庭だった。

 まだ午前中の早い時間なので散策する人もいないのだろう。庭は噴水の水の流れる音が聞こえるだけでとても静かだった。

 小さな体で全力疾走したので結構疲れたな。せめてもうちょっと足の速そうな姿に変身できれば良かったのに。改良した変身薬でも結局またぬいぐるみになってしまった……。何がいけないんだろう。

 花壇の脇にぽつんと座って息を整えた。



「それにしても困ったなあ。このままじゃ研究室へ行けない……」



 もう少し時間を置いてからこっそり行こうかな。完全に遅刻になってしまうけど、今元に戻ったらウィル様親衛隊のご令嬢達がまだ私を捜しまわっているだろう。

 ウィル様に相応しくない、かあ。

 そんなの私が一番わかっていることだ。

 本当にウィル様はどうして私に婚約なんて持ちかけてきたんだろう。いくら可愛い物好きがばれたからって。そんなに気にすることなのだろうか?



「……まったく困ったもんだよなあ。レナルド殿下にも」

「!?」



 誰かがこっちに来る!?

 急に聞こえてきた複数の足音と声に慌てて花壇の陰に隠れると、騎士様達が歩いてきた。

 レナルド殿下のことを話してる……?



「第一王子派を連れて街で女の子をナンパかあ……。荒れる理由もわからんではないが」

「弟のジェレミー殿下は穏やかな方なのにな」



 がやがやと騎士様達の声と足音が遠のいていく。

 レナルド殿下は第一王子だけれど、側妃の子であることから王位継承権が正妃の子である第二王子のジェレミー殿下より下なのだ。レナルド殿下とその派閥は確かそれに不満があるとは聞いたことあるような。平和に見えてうちの国も色々と問題を抱えているみたいだ。

 人の気配が消えたことを確認してそろりと影から出る。



「もしかして、私に当たりが強いのもそのせい……?」



 ウィル様の兄のブラッド様は騎士団の副団長だ。そして第二王子のジェレミー殿下の幼い頃からの教育係でもある。つまりはバリバリの第二王子派。弟のウィル様ももちろんそうだと思われているだろうから、その婚約者になった不相応な女である私も目をつけられたということ……?



「よいしょっと……」



 噴水の縁によじ登った私は水面に移るまぬけな自分の姿を見つめた。

 うーん、やっぱり前回と違わぬ間抜けなウサギの出来損ないみたいなぬいぐるみ姿だ。前回より少しだけタオル地の質が良くなってる気がするけど。

 まだまだ完成には時間がかかりそう。楽しみにしているウィル様には申し訳ないけど……。

 そのときガヤガヤとまた別方向から声が聞こえてきた。



「!!」



 今度はお洗濯中の侍女達が歩いてきた!

 隠れなくちゃ、と慌てて立ち上がろうとしてぐらりと頭が揺れた。この身体、耳が長いせいでバランスが取り辛いんだ。



「え、え、えええ!?」



 そのまま後ろにひっくり返った私はぽちゃんと水の中に落ちてしまった!

 み、水が身体の中に沁み込んでいく。タオル地だから。どうしよう身体が浮かないかも!?



「大丈夫か!?」

「ぷはっ。……ウィル様?」



 水底に沈んでいく私を大きな手が掬い上げてくれた。

 目を開けると心配そうな顔をしたウィル様がそこにいた。



「だ、大丈夫です。でもどうしてここに?」

「君が騒ぎに巻き込まれたって聞いて捜していたんだ。……ごめん、俺のせいで。ええと、少し乾かさないとな」



 申し訳なさそうにそう言ったウィル様は濡れるのも構わず自分のマントで私を包んでくれた。



「あの、ウィル様、私大丈夫です。マントが濡れちゃいますよ」

「そんなことどうでもいいよ。それより君が風邪をひいたら大変だろう? ……風邪ひくのかな? ぬいぐるみでも。まあいいや。とにかく騒ぎが収まるまで隠れていた方がいい」



 結局そのままウィル様に保護された私は城から出たのだった。
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