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29話 イザベラの苦しみ

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 イザベラとダイアナは取り調べのため牢へ入れられることになった。
 王子とその婚約者に危害をくわえようとした娘とその娘を庇った母ということで、簡単に釈放することはできなくなってしまったのだ。
 しかし、その後わかったことなのだがコーデリアをアンカーソン村へと追放した後イザベラ母娘は酷い領地経営をしていたようだった。
 自分達が贅沢をし社交界へ参加するために領地には重税を課し使用人達にはかなり少ない給金しか出していないようだった。気の弱そうな使用人には暴力を働くこともあったらしい。どうりでコーデリアが帰ってきたとき屋敷の中で使用人の姿をあまり見かけなかったのだ。逃げ出せる者は逃げ出してしまったのだろう。
 貴族にとって領地を健全に経営するのは義務だ。
 そのこともあって二人は貴族の身分を剥奪され国外へ追放されることになった。



「いい気味だと思っているのでしょう?」

 数日ぶりに会ったイザベラはかつての彼女を知っている者が見れば驚くほど老けてしまっていた。乱れた髪に化粧の禿げた皺のある痩せた顔。うつろな目で牢の中からコーデリアを見つめていた。声も張りが無く今にも消えてしまいそうだ。
 舞踏会から数日。
 ようやく周辺が落ち着いたコーデリアはアルフレッドに頼んでイザベラと面会させてもらっていた。ダイアナも別の牢に入れられているようだが、今日ここにはいない。それはコーデリアがイザベラと二人で話したかったのでそうしてもらったのだ。

「そんなことは思っていません。……今日はどうして義母様がそのようなことをなさったのか聞きたくて会いに来ました」
「はあ? 今更何を……。私のことなど高い場所から笑っていればいいでしょう。せっかく蹴落とすことができたのだから」
「……お義母様は、出会った頃は優しい人でした。どうして変わってしまわれたのですか」
「優しい? そんなの嫁ぎ先に取り入るために決まってるじゃない」

 コーデリアはただ理由が知りたかった。それをイザベラから聞いたとて納得できるとは思えないが、それでも自分は人生のほとんどを虐げられて過ごしてきた。憎いだけの相手ならこんなことは思わなかったのかもしれない。
 けれどイザベラは確かにコーデリアに優しかった時があったのだ。

「だったらどうして父がいる時から私に冷たくしたんですか。亡くなった後だったらわかりますが」
「………」

 クローズ伯爵家に取り入るつもりならクローズ伯爵が生きている間はコーデリアを優しく扱っているはずだ。けれどイザベラはクローズ伯爵がまだ生きている間にもうコーデリアに冷たく当たるようになっていた。これではクローズ家に取り入れないだろう。

「……私の何がいけなかったんですか!」
「あなたは何も悪くないわよ」

 静かな牢の中でイザベラが力なく呟いた。

「出会った頃のあなたは本当にお人形のように笑顔の可愛らしい女の子だったわよ。人懐っこくて賢くてね……旦那様にそれは可愛がられていたわ」

 おぼろげな記憶だが、出会った頃のイザベラはコーデリアに可愛いと言って優しくほほ笑みかけてくれた。正式に結婚して義母になってからも世話を焼いてくれたのを覚えている。それは長くは続かなかったのだけれど。

「あなたの産みの母によく似ているって皆言っていたわ。旦那様はね……亡くなられたあなたのお母様をずっと愛していたわ。私よりもね」
「お父様が……」
「そうよ。そもそも私と旦那様が結婚したのだって、妻を亡くして一人子供を育てている旦那様に新しい妻を宛がうために私が選ばれただけ。周囲が煩かったから結婚しただけよ」

 投げやりな調子でイザベラが話す。コーデリアは幼かったので父が優しかったことは覚えているが父とイザベラの仲が良かったかまでは覚えていなかった。だがコーデリアの母を亡くした父の元に縁談がいくつも舞い込むことは想像できた。イザベラは地方の子爵の娘だった。貴族はより高い爵位の家柄に娘を嫁がせたがるものだ。

「ダイアナが生まれれば変わるかと思った。けれど旦那様の一番は変わらなかった。コーデリア、あなたを通して旦那様はあなたの母親を見ていたわ」
「だから私を……憎んだのですか」

 コーデリアの言葉に俯いていたイザベラが顔を上げた。敵意のこもった眼差しを向けられてもコーデリアは目を逸らさなかった。

「そうよ! だから私はダイアナを可愛がった。だってかわいそうじゃない? 父親に一番に愛されないのよ! お金をかけてあの子を磨き上げて高貴な身分の方に嫁がせれば……」

 そうすればコーデリアや、コーデリアの生母に勝てると思ったのだろう。
 一度は激昂したイザベラだったが数日まともに食事が取れていないらしくその場に力なく座り込んでしまった。その姿は美しかった面影はなく、哀れな老婆そのものだった。
 コーデリアはまっすぐにイザベラを見つめた。

「そうだったのですね……」

 静まり返った牢の中でぽつりとコーデリアが呟いた。

「……話してくれてありがとうございます。理由はよくわかりました。ですが、あなたとダイアナのしでかしたことで領民や使用人達には多大な苦痛を与えました。その罪は償わなければなりません」
「…………」
「そして私に対するあなたの憎しみは、私にはどうしようもないことでした。同情はしますが、やはりそれを許すことはできません。だから、さようなら……お義母様」

 呆然としているイザベラの瞳から涙がこぼれた。
 コーデリアはそれ以上何も言わず牢から出て行った。



「……大丈夫か」

 背後で牢の分厚い扉が閉まる音を聞きながらコーデリアは顔を上げた。
 扉の横ではアルフレッドが待っていたのだ。
 自分は今どんな顔をしているだろうか。よくわからなくてコーデリアは曖昧に笑って見せる。

「はい」
「まったく大丈夫そうじゃないのに嘘をつくな」
「……すみません。でもちゃんと話をすることができました」

 コーデリアの頬に手を添えて瞳を覗き込みアルフレッドは不機嫌な顔をする。そのあとコーデリアの頭を力強く撫でた。髪がぼさぼさになってしまうではないかと思ったが、その手の大きさと温かさがありがたかった。

「そうか」
「はい、もちろん納得はいきませんでしたけど」

 けれどイザベラの苦しみも想像できてしまうのが辛い。生前の父の考えなんてコーデリアにはわからないけれど。
 ただ今はなんだか胸の中がぐちゃぐちゃだ。
 そんなコーデリアをアルフレッドは静かに抱きしめたのだった。

 その翌日、イザベラとダイアナは身一つで国外へと追放されたのだった。
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