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10話 戸惑いと変化

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 その日は夜から本格的に雪が降り始めた。
 真っ暗な空から絶え間なく振り続ける雪で周囲は白く染まっていく。音もなく降り積もる雪を眺めながらコーデリアはハーブティーを一口飲んだ。

「あら、こんな時間まで起きていたの?」
「グレンダ様。……すみません、考え事をしていて」

 厨房でハーブティーを貰った後、コーデリアは居間で一人昼間のことを考えこんでいたのだ。
 グレンダもすでに寝間着にガウン姿だ。コーデリアと同じように厨房から温かいハーブティーを持って向かい側に座った。

「夕飯の時からぼんやりしていたものね。何かあったの?」
「あの……グレンダ様は私のことをどう思いますか?」
「……どうって?」
「ご存じかと思いますが、私は笑顔がまったくできません。周囲にはずっと気味悪がられてきました。どうしてこんな私をグレンダ様は受け入れてくださったのですか」

 アンカーソン村に来てからずっと不思議だった。どうしてグレンダやカレン、それにアンカーソン村の人々はコーデリアに対して親切に接してくれるのだろう。
 自然とカップを持つ手に力がこもってしまう。本当はこのことを聞くのが少し怖かった。

「なんだ、そんなこと?」
「え? は、はい……」

 コーデリアの言葉にグレンダが苦笑する。冷たい答えが返ってくることも覚悟のうえで聞いたのだが部屋の中の空気がふわりと緩んだ気がした。

「それはコーデリアが自分からこの場所に馴染もうと努力しているからよ」
「……そうでしょうか」
「最初はね、皆少しは戸惑ったし驚いたわよ。王都から伯爵家のご令嬢がこんな田舎にやってくるなんてって。だけどあなたは我儘ひとつ言わず皆の役に立とうとする。だから私達もあなたに親切にしてあげたくなるの」

 グレンダの言葉にコーデリアは驚いてしまった。だってそんなことは当然だと思っていたからだ。働いて役に立たなければ自分には何の価値も無いのだから。
 けれどアルフレッドもグレンダもそうは思わないようだった。

「もちろん笑顔はないよりはあった方がいいだろうけど、なくたって困ることはここではないからね。サムだっていつも不愛想だけど誰も彼を嫌ったりしてないでしょう」

 使用人のサムの笑った顔は確かにまだ見たことがない。それでも彼はとても親切で働き者だということをコーデリアは知っていたので悪い感情は持っていなかった。
 少し冷めてしまったハーブティーを見つめて呟いた。

「……笑顔ができないのは、悪いことではないのでしょうか」

 クローズ家に居た頃、周囲からは気味悪がられるか馬鹿にされるかのどちらかだった。それに今日は子供を怖がらせてしまった。だからやはりいいことだとは思えないけれど。

「コーデリアは笑えるようになりたいの?」
「……ですが、私の笑顔は醜いのです」
「なんですって?」

 急に眉をひそめて顔色を変えたグレンダにコーデリアはおろおろとしてしまった。
 当然の事実を言っただけなのに、どうして急に怒り出したのだろう。何か粗相をしてしまっただろうかと戸惑っているとグレンダがカップをテーブルに置いて身を乗り出してきた。

「ふれんらさま?」
「こーんなに可愛い女の子の笑顔が醜い? そんなことあるわけないでしょ!」

 急に頬を摘ままれてコーデリアは大きな瞳を何度も瞬いた。そのままグレンダに抱きしめられる。

「大丈夫、あなたは醜くなんかないわ。無理はしなくていいけど、いつかきっと自然と笑えるようになるから安心してちょうだい」
「グレンダ様……」
 
 グレンダの言葉を聞いていると、自然の瞳から涙がこぼれた。それがどうしてなのかはわからないけれど、子供の頃に母親に抱きしめられた時のことを思い出していた。ずっと不安で戸惑っていた心が落ち着いていくようだった。


 自室に戻ったコーデリアは一人ベッドで天井を見つめていた。
 今日は色々なことがあった一日だった。
 笑顔ができないことで子供に怖がられてしまった。けれどそんなコーデリアをアルフレッドは否定しなかった。そしてグレンダは温かく抱きしめてくれた。
 子供の頃醜いと言われてから笑顔の作れなくなったことが、ずっとコーデリアの胸の中に暗い影を落としていた。それはコーデリアにとって罪のようなものだと思っていた。
 けれどそれは真実なのだろうか?
 自分の胸の内に沸いた疑問にコーデリアは戸惑っていた。

(そういえばアルフレッド様はどうして休暇中だというのに私の手伝いをよくしてくださるのかしら)

 せっかくお忍びでの休暇なのだからもっとのんびりして過ごせばいいのに、なぜか彼はよくコーデリアを助けてくれる。今日だって教会の補修を手伝ってくれた。彼とユージーンがいなければできなかったことなので本当に感謝しているのだが、考えてみればとても不思議だった。
 彼はコーデリアを一度も不気味だなんて思ったことはないと言った。
 舞踏会の夜に見た王子としての姿と、この村で過ごす自由気ままな姿がどうにも繋がらなくてよくわからなくなる。
 アルフレッドはどうして自分に関わってこようとするのだろうか。
 それが彼の持つ生来の明るさと人の良さなのだろうか。

「……不思議な人」

 薄暗い部屋の中でぽつりとコーデリアの声が響いた。


 ――翌朝、カーテンを開けると外は眩しいくらいに一面雪が積もっていた。

「おはようございます、コーデリア様。すぐに暖炉に火を入れますね」
「おはよう、デビー。あら? カレン、今日は早いのね」

 ノックの後部屋へデビーが炭を持って部屋へ入って来た。ちょうどその時開いた扉から廊下を歩くカレンの姿が見えた。いつも朝に弱いカレンは一番後から起きてくるのだ。

「ああ、おはようコーデリア! 今日はちょっと予定があるのよ」
「……そのスカート、とても素敵ね」
「でしょう? 私の新作なの。ミモザの柄よ」

 カレンはすでに着替えていて、上機嫌でひらりとミモザの花柄のスカートを靡かせて見せた。村の中心部にある洋裁店に勤めているカレンは洋裁が趣味でもあった。

「ギルバート様とデートなんですよね」
「で、デートなんかじゃないわよ。ただお茶に呼ばれただけ!」
「ここへ来た日に迎えに来てくれた方ね」
「そうそう、隣領の子爵の息子でね。幼馴染なの」

 デビーの言葉にカレンは少し赤くなって反論した。コーデリアはこのアンカーソン領へやって来た日に荷馬車で迎えに来てくれた青年を思い出す。彼はアンカーソン領の隣のノールズ領の子爵の息子だという。
 カレンはデートではないと否定するけれど、その表情はとても嬉しそうだ。

「じゃあ、私は先に食堂に行ってるわね。二人とも早く来てよ」

 照れくさそうにそう言うとカレンは軽い足取りで一階へ降りて行った。
 コーデリアとデビーは思わず顔を見合わせる。

「カレン様はわかりやすいですね」
「……えっと、もしかしてギルバート様のことを?」
「バレバレじゃないですか! 気づかなかったんですか?」
「仲が良いのだろうとは思っていたけど」

 呆れた顔でデビーに言われてコーデリアは首を傾げた。初日に会って以降、時おりギルバートの姿は見かけていた。確かにカレンととても親しそうだったが、今まで恋愛に縁が無さ過ぎてコーデリアにはイマイチその感覚がわからない。その点デビーはまだ子供だが恋やお洒落の話が好きなようだった。

「なんだか素敵ね」
「え?」
「恋をしているカレンのことよ。……何か、私にできることはないかしら」
「コーデリア様がですか?」
「カレンにはここに来てからとても良くしてもらってるもの。何か応援できたらいいんだけど」

 ふと、思いついたまま呟いただけだった。カレンはコーデリアにとって初めてできた友人のようなものだ。愛想の無い自分に親切にしてくれる彼女の力になりたいと思った。ふとデビーの声が途切れたので視線を向けると不思議そうにコーデリアを見つめていた。

「どうしたの?」
「いえ、なんだか雰囲気が変わられたなあと思って……」
「そう、かしら……。自分ではよくわからないけど」

 日々の生活が変化したことで自分でも気がつかないうちに何かが変わっていたのだろうか。頬に手を当てて首をかしげるコーデリアをデビーがなぜか嬉しそうに見つめていた。

「以前より明るくなられました」
「明るく? 私が?」

 驚いてコーデリアは思わず聞き返してしまった。クローズ家に居た頃は義母のイザベルや妹のダイアナに陰気臭いと言われていたのに。自分でもにこりともしない自分は暗い人間だと思っていたくらいだ。
 もし変わったのだとすれば、それはこのアンカーソン領で出会った人々のおかげだろう。
 デビーもクローズ家にいた頃より笑顔が増えた気がする。

(……ここに来て良かったのかもしれない)

 最初こそ戸惑い申し訳なく思うことが多かったけれど。
 アンカーソン村での日々はコーデリアの心を確実に癒してくれているようだった。
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