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4話 クロエ

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 リリアーナは嫌がらせされていると知ってもまったく気にしてないようだった。むしろ楽しそうに見えるのが怖い。お願いだから無茶はするなよとエミリオはくぎを刺したけれどちゃんとわかっているのかどうか。
 それにリリアーナがまったくダメージを受けていないからか嫌がらせは過激になってきている。最初は物が無くなるだけだったのがノートや教科書がびりびりに破かれたり靴がなくなったりしているのだ。
 今日はエミリオが所属している図書委員会の集まりがあるのでアルフィオにリリアーナのお目付け役をお願いしたけれど大丈夫だろうか。まあ長年付き合いのある幼馴染だから平気だとは思うが。

「ちょっと! ちゃんと話を聞いていますの?」
「あなたがやったんでしょう? はっきり言いなさいよ」
「ジェラルド様から愛されてないなんてお気の毒」

 委員会の集まりが終わった人の少ない放課後の廊下をエミリオが歩いていたら複数の女生徒たちの大きな声が聞こえてきた。思わず立ち止ると廊下の片隅で女生徒たちがクロエを取り囲んで責め立てていた。

「リリアーナ様にそんなことしたってあなたが愛されることはないんじゃなくて?」
「そうよそうよ!」
「……わたしは、リリアーナ様に嫌がらせなどしていません。証拠はあるのですか?」

 大勢で寄ってたかって一人を責めるなんてさすがにまずいのでは、とエミリオが出て行こうとした時鈴の鳴るような凛とした声が聞こえてきた。一見華奢で大人しそうなクロエは女生徒たち一人一人と視線を合わせて口を開いた。

「証拠って……! そんなのジェラルド様とリリアーナ様を見ていたら」
「そうよ! 婚約者なんて名ばかりで相手にもされていないじゃない」
「ジェラルド様はあなたなんて見もしないじゃない」
「確かにそうかもしれません。ですがそれがわたしがリリアーナ様に嫌がらせをした証拠にはなりませんよね? 何か言いたいことがおありならアルファーノ家に正式に書面でお伝えください。こちらもきちんとお返事をします」

 そこまで言われて家の名前まで出されれば未熟とはいえ貴族の子女である女生徒たちもそれ以上は口籠ってしまった。クロエは女生徒たちをかき分けてその場を去った。
 そして曲がり角でエミリオの存在に気がついたクロエ嬢は一瞬はっとした顔をして、それから無表情で頭を下げて通り過ぎた。

「クロエ嬢! あの……」
「なんでしょう。えっと……あなたは確かエミリオ様」
「そう、俺はエミリオ・オクタヴィア」
「リリアーナ様の双子の弟でしたね」

 足早に校舎を出るクロエ嬢を追いかけてエミリオは声をかけた。どうしてかと言われるとはっきりとは答えられないけれどなんとなく放っておけなかったのだ。女生徒たちには見えなかっただろうがクロエの少しだけ傷ついたような顔をエミリオは見てしまったのだ。

「その……大丈夫かい?」
「平気です。これくらい気にしません。そもそもあの方たちが言っていたことは、リリアーナ様への嫌がらせ以外は事実ですし」

 クロエは無表情のまま迎えの馬車の待つ正門への道を歩く。エミリオの家の馬車もそこで待たせているので自然と一緒に並んで歩くことになった。

「ジェラルド王子は何を考えているんだろう。っていうかそもそもリリは王子のことなんてなんとも思ってないんだよ」
「あの方は昔から自分の欲しいものはなんでも手に入れようとしますからね」
「それはアルも言ってたけど、君がいるのに」
「いいんです。昔からわたしはジェラルド様には嫌われているんです」

 どういうことだろう。エミリオの視線にちらりと紫の瞳を向けたクロエが呟いた。

「自分たちの意思でなく決められた婚約に反発しているんですよ。それにわたしは面白みのない性格ですから、ジェラルド様から見ても一緒にいても退屈なのです」
「君はそれでいいの?」
「え?」

 思わず聞いたエミリオに意外そうな顔でクロエが立ち止まる。初めて表情らしい表情を見たなとエミリオは場違いにも考えていた。

「この婚約はジェラルド王子もだけど、君の意志でもないだろう? 本当にこのままでいいの?」

 親同士が決めた、それも王家との婚約をそう簡単には覆せないことはわかっている。だけどこれではあまりにクロエが気の毒だと思ったのだ。クロエはまじまじとエミリオを見つめてそれから俯いた。

「仕方ありません。これがわたしに与えられた役目なのですから。辛くはないんですよ。わたしもジェラルド王子に恋愛感情があるわけじゃありません」
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