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第21話 討伐隊

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 ジャンと再会して4日が経ち、討伐隊は早朝から迷宮前ゲート内に集合していた。
戦闘要員56名にポーター45名と治癒士1名が随行する。
治癒士なんて珍しいなと思っていたら、この人はラリー・ホップス大尉という軍医で、冒険者ではないそうだ。
軍人よろしく厳《いか》めしい顔つきをしている。
今回は国からの依頼なので特別に派遣されたそうだ。
戦闘は避け、ベースキャンプとなる地点にポーターたちととどまることになっている。
野戦病院のようにならないことを祈ろう。
 初日、討伐隊は早い速度で移動した。
今日中に2区にあるレビの泉まで行って野営を行う予定だ。
倒した魔物の解体はせず、魔石だけを回収して移動時間の短縮をはかった。
 大急ぎで1区を駆け抜けた俺たちはレビの泉でキャンプを張っていた。
みな強行軍に疲労の色をにじませている。
「メグも疲れたかい?」
ふくらはぎをさすっているメグに声をかける。
「大丈夫です。何度か迷宮に潜るうちに体が出来てきたみたいな気がするんです」
うんうん、成長期だもんね。
べ、別にやらしい目で見てないぞ! 
18歳未満は守備範囲外なのだ。
疲れているメグには元気が出る蜂蜜レモンキャンディーをあげよう。
「お、ずるいぞメグだけ」
ジャンはうるさい。
だが、こいつには今回の募集の口利きをしてもらったからな、キャンディーくらい分けてやるか。
「しかし、おっさんは見かけによらずタフだよな。筋肉とかなさそうなのに」
俺は内緒で回復魔法を自分にかけてるのだよ。そうでなかったらついていけるもんか。
「少しは尊敬したか?」
「けっ! 荷物をゴブに持ってもらってるくせに!」
あ、バレましたね。

 翌日は「星の砂」のポーターをした時にゴールド・バグを狩った3区を経て6区の入口までたどり着くことが出来た。
報告にあった通り6区に入ってから魔物の数が急増している。
ホップス大尉の元に運ばれてくる怪我人も増える一方だ。
切り傷や打ち身の軽症ばかりなのだが、負傷者の数は時間とともに増加していった。
前線では激しい戦闘が行われているのだろう。
 俺たちポーターも忙しくなってきた。
これまでは移動優先だったがここからは解体作業に追われることになる。
主にレッドボアと呼ばれる体重200キロを超える巨大イノシシの牙を集めていった。
このレッドボア、肉は食用になり、大変美味なのだがその巨体ゆえに解体が非常に大変だ。
また、量が多すぎて持ち帰れないので牙だけを回収するように指示が出た。
だが、すべての肉を遺棄《いき》するのももったいないし、せっかくだから食べてもみたい。
そこで俺は素材錬成、料理スキル、生活魔法を駆使して、血抜きをし、内臓を抜き、骨を取り去り、正肉を作っていく。
まともに解体すれば4時間はかかる作業を20分でやってしまった。

 6区内に確保された安全圏の部屋で後方部隊は今夜の野営の準備をしていた。
総勢102人もいるので夕飯の準備も大変である。
火を熾《おこ》しレッドボアの肉を次々と焼いていった。
ジャンが張り切って皆に指示を出していた。
あいつはいわゆる鍋奉行になるタイプだ。
メグは肉を見つめる眼差しが真剣すぎて怖かった。
肉の油がしたたり落ち、火の中に落ちてジュワっと匂いが広がる。
「おお! 今夜はレッドボアの焼肉か!!」
「旨そうな匂いだな」
討伐隊の面々が帰ってきて、野営地は途端に騒がしくなっていった。
喧騒の中食事が始まる。
肉はシンプルに塩と胡椒だけの味付けだ。
こういう時、こういう場所では凝った料理よりも、こんな野趣あふれる食べ方の方が旨いだろう。 
大飯ぐらいの冒険者が100人もいるので、瞬く間に肉が食べつくされていく。
とても足りそうにないので大慌てでもう一体のレッドボアをスキルと魔法を使って解体した。
焼肉は大好評で終わった。
夕食の後、何人かにパーティーに勧誘された。
生活魔法持ちは優遇されるという話は本当だった。
びっくりしたのはホップス大尉に軍に勧誘されたことだった。
大尉の助手として働いてみないかと誘われたが、丁重にお断りしておいた。
さすがに軍人は恐ろしくて無理だ。

「はあ…レッドボア…美味しかったですね…」
片付けをしながらメグがしみじみと言う。
どうやら肉が好きらしい。
ちなみに俺は肉食系の女子が好きだ。
「私、あんなにおなか一杯肉を食べたのって生まれて初めてです。ああ、幸せです。冒険者になってよかった」
そんなに肉が好きなら、素材錬成で乾燥させたレッドボアの干し肉を分けてあげよう。
「実は内緒で干し肉を作ったんだ。後でメグにも分けてあげるね」
「!! ありがとうございます!」
嬉しさにメグが抱きついてきた。
うん、鎧の感触しかしませんな。
この子もわかってて抱きついてきたでしょうし。
メグ……罪な子……。
「お、ずるいぞメグだけ」
ジャンはそればっかりだな。
「わかった、わかった、お前にもやるって」
片付けを終えて、髪についた焼肉の匂いを落としてから寝た。
本当に生活魔法は便利だ。

 翌日も討伐隊は6区での間引きを継続した。
重傷者もでず士気も高く、討伐は順調に進んでいたかに見えた。
だが迷宮は俺たちが考えるほど甘くはなかったのだ。
ちょうどベースキャンプでは昼食の準備に差し掛かろうという時刻だった。
ポーターたちは食事の準備をするもの、解体を続けるものとそれぞれが忙しく働いていた。
俺はジャンとメグと一緒に大なべに湯を沸かしている最中だった。
治癒士もいるということで、ベースキャンプには護衛のベテラン冒険者が3人ついていた。

護衛の一人が「ヒュンッ」と鋭い風切り音を聞いた。
「なんだ今の音は?」
横にいた護衛仲間に声をかけると、既にその仲間の胴体から上がなくなっていた。
 それは災厄と呼ばれる類《たぐい》のものだった。
護衛を襲ったのは巨大なカマキリの化け物だった。
全長は6メートルは超えているだろう。
声をあげる間もなく、鋭い鎌がもう一人の護衛の首を飛ばしていた。
カマキリの後ろから続々と他の魔物も集まってきている。
レッドボアの死体が放つ匂いに釣られてやってきた魔物たちだった。
「敵襲ぅぅぅぅっ!!」
キャンプのあちらこちらで怒声と悲鳴があがる。
3人目の護衛が鎌を剣で受けたのはいいがそのまま跳ね飛ばされて壁に激突した。
護衛が三人ともやられたせいでポーターたちの指揮系統は崩壊してしまう。
なだれ込むモンスターを相手にあちらこちらで乱戦状態になっている。
「うが!」
ものすごい音がして振り返ると、ヒュージアントの攻撃をゴブがタワーシールドで防いでくれていた。
俺がホルスターからハンドガンを抜くより早く、メグのメイスがヒュージアントの胴体にめり込んだ。
だがそのメグの肩を別のヒュージアントが嚙みつく。
俺は銃弾を至近距離でヒュージアントに打ち込んだ。
「メグ!」
ジャンが駆け寄りメグを助け起こす。
怪我を負って意識を失っているようだが死んではいない。
だが次から次へとヒュージアントはやって来る。
「このままじゃ治療もできない。俺とゴブが牽制する。いったん退こう」
「わかった!」
ジャンは軽々と鎧を装備しているメグを担ぎ上げた。
さすがだ。
俺にはできない芸当だな。
ゴブのタワーシールドの影からハンドガンで敵を撃ちつつ後退する。
2丁目のハンドガンの弾が切れかけた頃、何とか敵の追撃を逃れた。
実際あと2匹いたらかなりやばかったと思う。
すぐにメグの傷を確認する。
だいぶ出血している。
ライフポーションを出してメグの傷にかけた。
「おっさんそれは?」
「ライフポーションだよ」
メグの傷はみるみる塞がっていった。
「よくそんな高価なもの持ってたな」
しばらくしてメグの意識も戻った。
「あれ、私どうして?」
「回復薬をかけたけど、傷の具合はどう?」
「すみません! そんな高価なものを……」
「いいんだよ。メグは命の恩人だからね」
大したものではない。
たとえ貴重なものであってもメグの命にはかえられない。
メグの傷も言えたので俺たちは更に後退した。
ベースキャンプの方から戦闘音が聞こえてきたが、救援に戻る余裕はなかった。
なんとか生き延びてくれと祈るばかりだ。

 ポケットの地図で現在位置を確認する。
初心者講習で最初に教わったことだ。
今いるのは広い回廊だ。
こんなところでグズグズしていたらいつ魔物に襲撃されるかわからない。
近くに安全を確保できそうな小部屋があるのでそちらに移動した。
15分ほどで小部屋の前に到着したがすぐに扉を開けることはしない。
これも初心者講習でならったことだ。
罠の有無を確認してから耳をつけて中の音を拾う。
足音などは聞こえてこない。
「ゴブ、頼むぞ」
ゴブがシールドを構えながらドアを開ける。
その後ろにジャンとメグがいつでも攻撃できるように態勢を整えている。
俺は最後尾で援護だ。
 鉄のきしむ音をさせながらドアは開いた。
6畳ほどの広さの小部屋に魔物の姿はない。
ドアノブに赤い布を巻き付け、ドアを封鎖し、俺たちは大きな安堵のため息を漏らした。
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