上 下
25 / 39

襲撃 その5

しおりを挟む

 町に戻った俺たちはミリアの部屋へとやってきた。暢気のんきなもので、騎士団長がさらわれたことに気付いている騎士は一人もいないようだ。
これはもっと鍛えてやらないとダメだな……。

「イシュタル兄様、お話があるのですが」

 すでに夜中の2時だったが、俺は頷いてリーンを見た。
リーンは無言で去っていく。
俺はその背中に声をかけた。

「リーン、ありがとう」
「クロードさん……私は貴方を裏切ろうとしたんだよ……」
「だけど、最後は自分でケリを付けようとしたじゃないか」
「許してくれるんですか?」
「もう気にするな」

 普段のリーンならここで抱きついてくるところだけど、ミリアに気を遣ってか、頭を下げておとなしく出て行ってしまった。
二人きりになった部屋の中で俺はミリアに向き直る。

「立派になったな、ミリア」
「イシュタル兄様……、初めてお会いした時から、何となく似ているとは感じていたのです。ですが、ご本人とは思ってもみませんでした」
「あれから13年だ、それも当然だろう」
「お母様からは、兄様の行方は分からなくなってしまったと聞いていましたが、私は独自にずっと探していたのです」
「俺は神殿に入ってから名前を変えてしまったんだよ」

 特殊史料編纂室に入る前に、俺は過去の足跡をすべて消した。
神殿騎士団長のミリアでも見つけることは不可能だっただろう。

「もちろん私がお会いしたかったというのもありますが、兄様を探していたのには他にも理由があります。私だけではなくお父様も必死になって兄様の行方を捜しているのです」

 ミリアは難しい顔をして俺を見た。

「どういうことだ?」
「お母様が死んだことを兄様はご存じですか?」
「イルモア伯爵夫人、リセッタ殿が? いや、ちっとも知らなかった」

 イルモア家には関わらないようにしていたのだ。

「母は死ぬ前にとんでもないことを私に伝えてきました」

 ミリアの眉根まゆねが苦しそうに寄った。

「私はお母様の実の子ではありません。それどころかお父様の娘ですらないのです」

 まさに青天の霹靂ともいえる告白である。

「なんだと!? どういうことなのだ?」
「お母様とお父様の間にできた子どもは死産だったそうです。ですが、イルモア家での地位低下を恐れたお母様は、密かに生まれたばかりの赤ん坊を連れてきて、死んだ子と入れ替えました。それが私なのです」

 リセッタは実家の別邸で出産している。
だからそんなごまかしができたわけだ。

 そうか、それでようやく納得がいった。
どうしてオスマルテ帝国の召喚が上手くいかなかったのか疑問だったけど、これで説明がつく。
信じられないことだが、ミリアにはイルモア家の血が流れていなかったのだ。
魔界の大侯爵ビバルゾの化身を呼び出すにはイルモアの血が必要であり、それがなければ召喚が上手くいくはずもなかった。

「私は素性すじょうも知れない人間なのです。イシュタル兄様……いえ、貴方を兄と呼ぶのもおこがましい」
「バカなことを言うな。離れ離れではあったが、俺たちはずっと兄妹だ」
「兄様……」

 ミリアの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

「父上はこのことを?」
「はい。母上の葬儀が終わった後に私からご報告しました。それを聞いてお父様はお兄様の行方を捜しているのです」
「念のために訊くけど、父上は何のために俺を探しているんだ?」
「もちろん、兄様を次期当主として迎えるためですよ」

 やっぱり。
父上は悪い人ではないのだが、気弱で意志薄弱いしはくじゃくなところがある。
俺が神殿に放り込まれるときも、リセッタから俺をかばいきれなかったような人だ。
今さら家を継げと言われてもなあ……。
はっきり言って面倒だ。

「しばらく俺のことは父上には内緒にしてくれないかな?」
「なぜですか!? お兄様が行かなければ、イルモア家は養子を迎えなくてはならなくなります」
「それでいいんじゃないか?」

 血筋なんて別に絶えてもいいと思う。
有能な奴が領主になればその方が領民のためになる。
俺は内政とかには向いていない。興味の欠片もないのだ。

「兄様、どうか考え直してください」
「そんなこと言われても、俺はこれでも司祭だぜ」

 神官に結婚は許されていないのだ。
まあ、高位神官たちには大抵愛人がいて、隠し子が何人もいる奴がたくさんいるけど……。

還俗げんぞく(神官から一般人に戻ること)していただくことはできないでしょうか?」
「そんなこと言われてもなあ……、ガイア神に誓いを立ててしまったし、神官だから世継ぎを作ることもできない。相手もいないしなあ」

 そう言ったとき、チラッとリーンの顔が思い浮かんだ。
俺とリーンの子どもが伯爵家の世継ぎ? 
想像するだけで寒気がするのはなぜだ? 
ろくな治世にならない気がするぞ。

「子なら私が産みます!」
「はっ? ミリア……何を言って……」

 俺も動揺していたが、妙なことを口走ったミリアの動揺もひどかった。

「いえ、その、兄様が私でよければの話です。私たちに血のつながりは……、いえ、そうじゃないっ! なんというか、もののたとえというか、願望というか……じゃなくて、そういう未来があってもいいような悪いような……」

 ミリアなりにイルモア家の未来を憂いているということか?

「とにかく、その話は一旦置いておこう。今はミリアをアスタルテへ送り届けるのが先だ」
「はい……」

 厄介ごとは先延ばしにするのが俺の主義だ。
特に継ぐ予定もない家のことなど知ったことじゃない。
当面は知らんぷりを決め込むことにしよう。
それよりも今はやるべきことがある。
まずは聖百合十字騎士団をアスタルテへ送り届ける。
それが終わったらレギア枢機卿だ。

 今回の落とし前はきっちりと付けてもらおうじゃないか。
ミリアを害そうとしてただで済むと思わせてはならないのだ。
俺たちに喧嘩を売れば、どういう結果を招くかをわからせなければならない……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!  2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

伯爵家に仕えるメイドですが、不当に給料を減らされたので、辞職しようと思います。ついでに、ご令嬢の浮気を、婚約者に密告しておきますね。

冬吹せいら
恋愛
エイリャーン伯爵家に仕えるメイド、アンリカ・ジェネッタは、日々不満を抱きながらも、働き続けていた。 ある日、不当に給料を減らされることになったアンリカは、辞職を決意する。 メイドでなくなった以上、家の秘密を守る必要も無い。 アンリカは、令嬢の浮気を、密告することにした。 エイリャーン家の没落が、始まろうとしている……。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO
恋愛
薬師のロンは剣士セウと共に山奥で静かに暮らしていた。 庭先で怪我をしていた白豹を助けると、白豹を探す王国の兵士と銀髪の美しい男リングが訪れてきた。 尋ねられても知らんぷりを決め込むが、実はその男は天才的な力を持つ薬師で、恐ろしい怪異を操る男だと知る。その男にロンは目をつけられてしまったのだ。 性別を偽り自分の素性を隠してきたロンは白豹に変身していたシェインと言う男と、王都エンリルへ行動を共にすることを決めた。しかし、王都の兵士から追われているシェインも、王都の大聖騎士団に所属する剣士だった。 シェインに巻き込まれて数々の追っ手に追われ、そうして再び美貌の男リングに出会い、ロンは隠されていた事実を知る…。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...