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しおりを挟む瀬戸と通話してから3日後の夕方。
「超大型で猛烈な台風17号が、現在日本列島に接近しています。気象庁の発表によりますと、台風17号は中心気圧が900ヘクトパスカル、最大瞬間風速は80メートルに達しており、非常に強い勢力を保ったまま北上中です。この台風は広範囲にわたって暴風や大雨をもたらす恐れがあり、特に◯◯地方に接近する明日の夕方からは、最大限の警戒が必要です・・・」
畳に座り、橙矢と陽子が食い入るように居間のテレビを見つめる。
「まだ収穫前なのに、今台風が来るのはまずい」
「しかも直撃よ、これ。明日収穫しときましょ。追熟させれば出荷できるかもしれないし」
「そうしよう・・・中生みかんの方は諦めないといけないな」
「仕方ないわね」
こればかりはどうしようもない。農家にとって災害や病害は天敵であるが、人間がコントロールできるものではないのだ。そうわかっていても、せっかく育てたみかんを捨てなければならなくなることや、売上のこと、瀬戸との契約を果たせそうにないこと、一緒に収穫できなくなったことが次々に頭に浮かび、胸が張り裂けそうだった。
「・・・瀬戸さんに連絡しなきゃ」
「残念ね。せっかくだったのに」
「仕方ないよ」
声が震えそうになるのを必死に堪えながら、橙矢がスマートフォンを開いた。涙で滲む視界に瀬戸からのメッセージが映る。
「あれ?瀬戸さんからメッセージだ」
『今そっちに向かってる。しばらく泊めて』
「ええ?!」
驚いて声を上げた橙矢に、陽子がつられて驚く。
「何?!びっくりしたじゃないの!」
「ご、ごめん。なんか、瀬戸さん、こっちに向かってるって。しばらく泊めてって、言ってる」
「あら!それじゃあお布団出さないと。部屋はあんたのとこでいいわよね」
「ええ?!なんで?他に部屋あるじゃんか!」
「なんでって・・・まぁいいじゃないのよ」
「よくない!」
さっさと布団の準備をし始めた母のことは一旦置いておき、慌てて瀬戸にメッセージを返す。
『向かってるって、台風来るのにこっち来ちゃって大丈夫?店のことは?』
『橙矢の方が大事だから。店は柴田くんに任せたから大丈夫。着くまであと3時間くらいかかるかも。遅くなるけどごめんね』
瀬戸の言葉に、驚きで一瞬引っ込んでいた涙があふれた。
『ありがとう』
『橙矢、困った時は僕を頼ってって言ったでしょ。絶対なんとかするから。一緒に乗り越えよう』
『うん』
もう瀬戸が男だとか、自分では釣り合わないとか、遠距離とか、そんなことはどうでもよかった。
(やっぱり、俺、瀬戸さんのことが好きだ)
この危機を乗り越えられたら、気持ちを瀬戸に伝えよう。橙矢はぽたぽたと畳に涙を落としながら、両手で拳を握り唇を引き結んだ。
「瀬戸さん!」
「橙矢!迎えにきてくれてありがとう」
「そんなの、それくらい」
「・・・泣いた?」
瀬戸の冷えた手が橙矢の頬を包み、瞼を指が撫でる。
「泣いてないしっ」
「ふふ」
一瞬で真っ赤に茹だった橙矢に、瀬戸が笑う。そのまま優しくハグをされ、橙矢はおとなしく腕の中におさまった。
「こんな時だけど、会えて嬉しい」
「ぅ~!」
瀬戸が体を離すと、橙矢が袖を掴んでいる。
「お、俺だって、こんな時に、来てくれて、嬉しい」
「橙矢・・・」
「行こ。家で母さんが待ってる」
「う、ん」
橙矢が袖を離し、瀬戸の荷物を預かろうと後ろを見た。そこにあったのは大きなスーツケースが2個。
「なんか荷物多くない?こっちに結構いてくれんの?」
「いや、これは、調理道具とか材料とかで」
「調理道具?」
「滞在中に色々と試作しようかなって」
「はは、仕事バカだ」
二人でスーツケースをごろごろと押しながら笑い合い、橘宅へと向かう。
「大変な時によう来てくれたねぇ」
「急にすみません。お邪魔します」
瀬戸と家に帰り、三人で居間に腰を下ろす。口を開いて出てくる話題はもっぱら台風のことだった。
「母さんと話して、早生は明日できるだけ収穫して、追熟させようと思う。中生は今収穫しても食べられないし、そもそも台風が来るまでに収穫しきれないから、諦めるしかないかなって」
「わかった。僕も明日収穫を手伝うよ。中生の落ちてしまった実も何かに使えないか研究させてほしい。陽子さん、キッチンやオーブンは使ってもいいですか」
「もちろん!手伝えることがあったら何でも言ってね」
「ありがとうございます」
「よし、じゃあ明日からがんばろう」
少しでも台風の影響が小さくありますように。そう願いながら、三人は翌日に向け備えるのだった。
「お風呂いただいたよ」
「うわッ」
ジャージ姿の瀬戸が橙矢の部屋の扉を開けた。突然のことに橙矢の肩がびくつく。
「驚かせてごめん。陽子さんに、その、橙矢の部屋で寝てって言われて」
「あ、うん、狭いけど、どうぞ」
ぎこちなく瀬戸を招き入れ、横並びにされた隣の布団を手で示した。布団の上に座った瀬戸に、橙矢がドキドキと鼓動を早める。なんとなく三角座りになって膝に顔を埋めた。
「和室って落ち着くね」
心地よさげにそう言った瀬戸に顔を上げると、腕を伸ばして伸びをしている。
「俺はフローリングに憧れるけど」
「ふふ、ないものねだりだね」
瀬戸が布団に潜り込んだ。橙矢も同じように自分の布団に入り、瀬戸の方を向いて横になる。
「橙矢、手だけ繋いでいい?」
「ぁ」
「今度こそ変なことしないから」
「う~・・・」
瀬戸が橙矢を見つめながら甘く囁いた。今夜は酒も入っていないから何も言い訳ができない。それでも、瀬戸への想いを自覚してしまった橙矢には誘惑に抗うことなどできなかった。
橙矢がおずおず差し出した手は、すぐに瀬戸の指に絡みつかれ強く握られる。
「橙矢、明日からがんばろうね」
瀬戸がそう言いながら橙矢の指をさすった。頷くとそのまま手のひらを揉まれ、指と指の間をなぞられる。まるで愛撫をするような動きに、瀬戸に触れられている所がジンジンと熱をもった。その熱は背筋を通り、下肢に集まっていく。
「は、ぁ・・・」
橙矢がもじもじと内股を擦り合わせた。息が乱れるのを必死に堪える。
「橙矢?」
「ぅ、手、やめて、っ」
「ごめん」
手が離れ、橙矢は瀬戸に背を向けて体を丸めた。震えながら、必死に息を整える。
「橙矢、ごめん、怒ってる?気持ち悪かった?」
瀬戸が背を向けた橙矢に後ろから声をかけた。返事をしない橙矢に焦ったのか、近付いて顔を覗き込もうとする。
「あ、見んな、って!」
「橙矢?」
真っ赤になっているであろう顔を枕に押し付けながら、布団を深く被る。怒ってないと伝えても、瀬戸はしつこく橙矢に近付いてきた。このままでは股間が痛いほど張りつめていることが瀬戸にバレてしまう。それを隠そうと橙矢は必死に体を丸めた。
「橙矢、怒ってないなら顔見せて、お願い」
「無理っ!・・・あー!」
ついに瀬戸が橙矢の布団を引き剥がす。上気した顔に涙を浮かべ、下腹部を押さえて体を丸めている橙矢が瀬戸を見上げた。
「あ、見んなぁ・・・!」
「え、え、橙矢?」
「布団返せよぉ」
「橙矢、それ」
食い入るように股間を見つめてくる瀬戸に恥ずかしくなって、隠そうとうつ伏せになる。
「変なことは、しないんだろ、いいから向こう行ってっ」
「・・・していいの?」
「な、に」
「変なこと、していい?橙矢のそこ、僕がしてあげたい」
「は、は、瀬戸さ、んッ」
「もう無理。本当に嫌だったら蹴飛ばして」
なんで橙矢はすぐに僕の理性を飛ばそうとしてくるの、と恨みがましく耳元で囁かれ、そんなの知らないと首を横に振った。
仰向けにさせられ、下を脱がされる。飛び出したそれはすでに先端が濡れ、筋を浮かせて脈動していた。瀬戸が橙矢の足を広げ、その間に座る。体を前に倒し、ゆっくりとそこに顔を近づけた。
「はあっ、はあっ、瀬戸さんッ?!」
「ん、じっとして」
「うわああ!」
陰茎が温もりに包まれ、ぬるりとしたものが絡みついた。瀬戸の息が恥骨にかかって、嫌でもそれが口に入っているのだとわかる。
「あ、あ、あ、だめッ、そんなっ!」
瀬戸が根元まで飲み込み、じゅっと吸い上げた。思わず腰が突き上がり、喉奥にきつく締め付けられる。
「ん゙ん゙ぅ!これ、ああッ、だ、め」
腰から溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。じゅっじゅっと吸われ、舌が根元から亀頭へと絡みついて上下する。口腔全体で陰茎を締め付けながら唇がカリのくびれを小刻みに擦ると、橙矢の目の奥がチカチカと光った。思わず腰を揺すってしまう。
「あ、あ、あ、はあっ、はああっ!」
何も言わない瀬戸に不安になって目をやると、橙矢を飲み込みながら手で自分のものを扱いていた。ふうふうと苦しげに息を吐きながら、時折びくりと体を震わせている。
「あ、あ、だめッ、瀬戸さん、離、してッ」
「んん・・・」
瀬戸の淫靡な姿に橙矢が急速に高まる。腰の奥から熱が込み上げてきたのを感じ、必死に瀬戸の口から抜こうとするも、瀬戸が空いた手で腰をがっちりと掴んで離さない。それどころか喉奥で亀頭を飲み込み、裏筋を舌で揉み擦り始めた。
「や、あ、瀬戸さんッ、も、出るッ!だめ、だめっ!」
じゅ・・・っ。
「ああああ・・・ッ!あああ、ッんん!!」
「ん゙、ん゙」
優しく口を窄められ、吸い取られるまま精液を吐き出してしまった。こくりこくりと嚥下され、飲み込まれたままの亀頭が自然と揉まれる。
「ダメッ、ああっ、あ゙あ゙あ゙ッ!んッ!んッ!」
腰を突き出し、残滓をぴゅっと漏らした。喉奥から亀頭が抜け、全体を清めるように優しく舐められると、ぴくぴくと体が跳ねた。
気だるげな目で瀬戸を見ると、その手はまだ自身を扱いている。仰向けの橙矢にまたがり、熱い視線を向け荒々しく息を吐いた。悩ましく眉を寄せながら自分を見る瀬戸にたまらなくなり、瀬戸の頬に両手を添え優しく撫でる。途端に苦しげに唇を噛んだ瀬戸が低く呻いた。
「ゔ、ぁ゙、橙矢ッ」
「瀬戸さん・・・」
「出、る、はあっ、出るッ!・・・ん゙ん゙っ!」
橙矢の腹にぱたぱたと温かいものが降り注ぐ。瀬戸の腰がガクガクと震えていた。瀬戸の顔が近付いてきて橙矢がゆっくりと目を閉じる。唇が触れ合う寸前、瀬戸がぐっと息を詰める音が聞こえ、温かい体は離れてしまった。
正式に付き合っていない関係で、瀬戸なりに線引きをしているのだろうとはわかっている。寂しいが、そういう真面目な瀬戸も好ましかった。腹の上に散っている精液をティッシュで拭いてくれる瀬戸をぼんやりと眺めながら、橙矢は体の力を抜いた。
「また変なことしてごめん」
「謝んないで。俺が、勃った、せいだし」
「橙矢・・・橙矢は、僕のこと、どう思っ」
「明日も早いから、もう寝よ」
「うん・・・」
返事はいらないって言ったくせに。
橙矢も、このまま有耶無耶な関係を続けるべきではないとは思っている。なにより、橙矢自身が早く瀬戸に気持ちを伝えたかった。伝えて、抱きしめて、キスしたかった。でも、流れで伝えるんじゃなく、きちんとしたい。
沈んだ声で相槌を打つ瀬戸に申し訳なく思いながら、橙矢は布団を被り目を瞑った。
「もう風が出てきてる。さっさと済ませよう」
翌日、早朝。三人は身支度もほどほどに農園へと向かった。あんなことがあって、瀬戸と顔を合わせるのはなんだか恥ずかしいが、この大ピンチにそうも言っていられない。
「瀬戸さんも、悪いけどこき使わせてもらうから」
「もちろん」
まさか一緒に収穫する話がこうも慌ただしいものになるとは思ってもいなかった。瀬戸に専用のハサミを渡し、収穫の手順を伝える。なんとか暗くなる前までには収穫を終えたい。三人は黙々と作業を始めた。
「なんとか終わった~!!」
夕方4時。台風の進むスピードは遅いようで、風がそこまで強くないうちに早生みかんの収穫を終えることができた。
「二人とも疲れたでしょ。本当にありがとう」
「本格的に嵐になる前でよかったわね」
「無事に終わって何よりだよ。いてて、腕が攣りそう」
運動不足だと言って瀬戸が笑う。いっぱいになったコンテナを運び風通しのいいところに置いていく。
「追熟なんてほとんどやったことないぞ・・・しばらく日も差さなさそうだし、失敗したら瀬戸さんのところに納品できないかも。そうなったらごめん」
「失敗しても何か考えるよ。というか、このままの早生も何個か貰えないかな?使えないか試してみたい」
「もちろんいいけど」
橙矢が頷くと、さっそくいくつか瀬戸が見繕いはじめた。酸っぱそうなもの、甘そうなもの、といくつか橙矢がアシストして手渡していく。
そうこうしているうちに外の天気が荒れはじめた。窓や扉がガタガタと鳴る。
「停電とかしなきゃいいけど」
橙矢の言葉に頷きながら、瀬戸はキッチンに向かった。
「じゃあ陽子さん、遠慮なく使わせてもらいますね」
「ええ!横で見ててもいい?」
「あ、俺も見たい」
「ふふ、退屈かもしれないよ」
スーツケースから次々と調理道具を取り出すと、興味深そうに二人がこちらを覗いている。思わず微笑みながら手を洗い、袖を捲った。
ひとまず今の早生の味を確かめてみたい。甘そうなものと酸っぱそうなものをそれぞれナイフで半分に割り、実を一口ずつ齧る。
「ん、橙矢が言ってたとおりこっちは甘いし、こっちは酸っぱい。見ただけでわかるなんてすごいね」
「ま、まあ、生産者ですから」
「何を偉そうに、私でもわかるわよ」
照れる橙矢を陽子が小突いた。微笑ましい。
「うーん、でもやっぱりこの甘さじゃタルトには使えないな。極早生ほど酸味があるわけでもないし。よし、シロップ漬けにしてみようか」
手早く実を綺麗にし、鍋に水を入れて沸かす。沸騰したらスーツケースから重曹を取り出し、みかんと共に鍋に入れた。その間に別の鍋で湯を沸かし、保存用の瓶を煮沸消毒する。
「はあ~!さすがプロ、手際がいいねえ」
「かっこいい」
呟いた二人の声は、集中しはじめた瀬戸には聞こえていなかった。あっという間にシロップ漬けが出来上がり、冷蔵庫に入れる。
「うん。シロップ漬けはできた。これに合わせるのは・・・と。あ、陽子さん、冷蔵庫にあった生クリーム使ってもいいですか?」
「どうぞ~!」
「ありがとうございます」
瀬戸がヨーグルト、生クリーム、ゼラチン、砂糖を取り出した。手慣れた様子で生クリームを泡立て、そこにヨーグルトを混ぜる。ゼラチンを溶かし、そこに砂糖を入れしっかりと溶かした。それぞれを混ぜ合わせ、カップに注ぐ。
「よし、簡単なヨーグルトムースの出来上がり!」
冷蔵庫に入れて一息つくと、二人がパチパチと拍手をした。
次に酸味の強そうな早生みかんを選び、下処理をする。先ほどシロップ漬けにした分のみかんの皮も刻み、鍋に入れた。そこからはひたすらに煮る。焦げ付かないよう常にかき混ぜていると、すっかり涼しい季節なのに、瀬戸の額には汗が浮かんでいた。
出来上がったマーマレードを瓶に移し替え、冷ましているうちに、次の準備。
「陽子さん、卵とサラダ油使ってもいいですか?」
「ええ、いくらでも~」
「ありがとうございます」
手慣れた様子で瀬戸が卵を卵黄と卵白に分けていく。卵黄をかき混ぜ、グラニュー糖、油、水、薄力粉を加えて生地を作った。別の器でふわふわのメレンゲを作る。二つを混ぜ合わせスーツケースから特徴的な型を取り出すと、二人が歓声を上げた。
「シフォンケーキだ!!」
「ふふ、正解」
型に生地を流し入れ空気を抜き、オーブンに入れる。焼き上がりまでの間に生クリームを泡立て、使い終わった道具を洗った。
焼き上がったシフォンケーキの出来は上々だ。型から抜き、薄めに切り分けた。マーマレードを塗り、生クリームをたっぷりと盛る。もう一枚のシフォンケーキで挟めば、早熟みかんのシフォンサンドの完成だ。
三切れ分作り、二人にも手渡す。お預けをされた犬がヨシと言われたように、キラキラと輝いた目でシフォンサンドを見つめた。
「召し上がれ」
「いただきます!」
「いただきますー!」
瀬戸も一口頬張る。ほろ苦いマーマレードに甘めのホイップが合わさり、なかなかに美味しい。一作目としては上出来だ。
「なにこれ美味し~!ふわふわ!」
「美味い!やっぱ瀬戸さん天才だわ」
「ふふふ。さて橙矢、改善点やアドバイスをどうぞ」
「ゔ・・・言っていいの?」
「もちろん」
橙矢のリクエストは、シフォンサンドに蜂蜜を少し塗ってみる、その分生クリームは甘さ控えめで。マーマレードは皮の割合を減らす方が好きかもしれないとのことだった。加えて、チョコレートシフォンでも食べてみたい、その場合は蜂蜜なしでこの甘さの生クリームを使ってみてほしい、と。
「あはははは!!」
「何?!俺変なこと言った?!」
突然笑い始めた瀬戸に橙矢が慌てる。瀬戸は笑いすぎて滲んだ涙を拭きながら、首を横に振った。
「違う違う、あまりにも的確で。的確どころか、僕以上だよ」
「へ?」
「マーマレードの皮を減らすとか、ホイップの甘さとか、別の味のシフォンケーキにするとかは僕も思ったんだけど、橙矢がいつも僕以上に気付いてヒントをくれるから、楽しくなっちゃった」
「別に大したこと言ってない、けど」
「ふふふ。新作があっという間に出来そう」
そうして瀬戸は時間のある限り試作品を作り続け、三人とも晩ごはんがいらないくらいにお腹いっぱいとなったのだった。
その夜、台風は予想通りの雷雨をもたらした。窓に雨が叩きつけられ、常に外から何かがぶつかっているような音がする。今回の台風の厄介なところは進むスピードが遅いことだ。そうなると長い時間荒天が続き、どうしても被害の規模が大きくなる。みかん畑への影響も凄まじいだろう。橙矢も先ほどまでの明るさが消え、落ち着かなさげにうろうろと歩き回っていた。
「橙矢、こっちに来て。もう寝よう」
橙矢の手を引き、後ろからすっぽりと抱きかかえる。やはり不安だったのか、おとなしく腕の中におさまってくれた。何があっても、僕がなんとかする。そう誓って、橙矢をぎゅっと抱きしめ、そのまま抱き合って眠った。
翌日も一日中雨だった。風がおさまったのは夕方になってからで、畑を見に行こうとする橙矢を、日が落ちるまで時間がないから今日はやめておこうと必死に止めた。
どれだけ美味しいものを出しても、食べ終わるとすぐに表情が沈んでしまう。橙矢を元気付けたい。ずっと笑っていてほしい。それなのに、自分はこんなにも無力だ。
今日、仕込んでいたシロップ漬けとヨーグルトムースを合わせて食べてみたが、何かが足りなかった。何が足りないのか色々と試してみても、瀬戸にも橙矢にもわからなかった。
夜、また橙矢を後ろから抱きしめる。大丈夫だよと何度も橙矢に言い聞かせながら頭を撫でた。橙矢は静かに頷いて何度もありがとうと言った。甘えるように体を預けてくれた姿に思わず自分の欲が勃ち上がったが、必死に隠してそのまま同じ布団で眠りについた。
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