78 / 89
一年後(その三)
しおりを挟む扉をゆっくり開けると風除室があり、もう一枚扉が現れる。
深呼吸してその扉を開けると、カランコロンと可愛い音が鳴った。
(誰も……いない)
広さは二十畳……十坪くらいだろうか。
正面にある低めのカウンターは大きなL字型の木のテーブルで、手前と左奥で八席の椅子が並んでいる。椅子はどれも少しくすんだ薄めのブルーで、濃いめの木の色と雰囲気が合っていてオシャレだ。
カウンターの天井には吊り戸棚があり、横に付いている小さなランプがそれぞれ優しい光を放っている。中のカウンターとテーブルの上にある様々な色、形のボトルたちが、よりオシャレ感と暖かみを出しているように感じる。
左の壁際にはふたつの小さなテーブル席があり、その足元に置かれている手荷物入れのカゴが可愛い。
テーブル席の手前、つまり入り口の左には上着をかけられるハンガーがあり、お客さんにとっては嬉しい配慮だろう。
決して広くはないが、店全体が優しく暖かな雰囲気に包まれていて、どこかあの部屋に似ている。
そう、去年の今ごろに出会った彼らと四日間……正確には三日間と少しだけ、過ごしたあの部屋に。
「ご予約の方ですか?」
懐かしく甘い声がカウンターの奥から聞こえる。
顔を向けると、ひとりのイケメン男性が奥から出てくる。
年齢は二十二歳、身長一七九センチ、細身な体つきに長い手足。サラリとしていた黒髪はくせ毛っぽいウェーブに変わり、全体的に短くなりちょっとワイルド感が増した雰囲気だ。
服装は白の半袖Tシャツ、黒のパンツに黒白のスニーカー。そして、濃い青のエプロンを身につけている。お店の制服だろうか。
「いえ……予約は、していない、です」
声が震える。
「いらっしゃいませ。お客様、本当に予約されていませんか?」
カウンターの奥からまた、声をかけられる。
* * * * * *
するともうひとり、男性が出てくる。
最初の彼と全く同じ声、同じ顔。
年齢は同じく二十二歳、身長一七九センチ、細身な体つきに長い手足。優しい色合いのブラウンの髪は、ウェーブから更にパーマがかかりクルッとふんわりしている。やはり短くなり、後ろで結いてはいないようだ。
服装は薄い青の半袖Tシャツ、黒のパンツに黒白のスニーカー。そして、濃い青のエプロンだ。最初の彼とは色違いのTシャツを着ている。
「はい……予約、していないと、ダメ、ですか?」
「そうですね。ウチはご覧のとおり、席数が少ないので。基本、予約とさせてもらっています」
ブラウンの髪の彼は、穏やかな笑顔でそう言った。
「お客様、念のため、名前を伺えますか?」
最初に出てきた黒髪の彼が言う。
「木花、ユリ……」
「コノハナ、どう書くんですか?」
「木の木に……花の花」
「下の名前はカタカナでユリ。コノハナユリ。このはなゆり。この花は百合です、か?」
「……そうよ、悪い……?」
涙がこぼれる。
「可愛い名前ですね。それに、歩く姿は百合の花、って言いますもんね」
カウンターから出てきた、錬が言う。
「うっ、うう……えぐっ、錬……」
「お客様、木花ユリ様ならすでに予約済みですよ。……僕らのプチリス。あんまり遅いから待ちくたびれちゃったよ、ユリちゃん」
環くんもカウンターから出てきて、そう続けた。
「た、環ぐん……うえーん、うぐぅ……」
あふれ出す涙を、止めることができなかった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる