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一ヶ月後(その八)

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「おはようございます!」

 翌朝、部屋の扉を開けると、みんなが一斉にこちらを向く。
 まずは成田課長のデスクに向かい頭を下げる。

「課長、昨日は申し訳ありませんでした!」

 顔を上げ、姿勢を正す。

「本日より、気持ちも新たに一所懸命やりますのでよろしくお願いします!」
「なんだ、もういいのか?」
「はい、もう大丈夫です」
「ーーそうか、わかった」

 成田課長はそれ以上なにも言わず、視線をデスクの上に戻した。
 一礼をし、振り返ると今度はみんなに頭を下げる。

「皆さん、ご心配をおかけしました! 本日よりまた、よろしくお願いします」
「ユリさん。もういいんですか?」
「ユリさん、無理したらいかんよ? なあ、島ちゃん」
「……ああ、島やん。木花、大丈夫なのか」
「はあ。俺ならもう少しズル休みするのに。もったいない……」
「木花は真面目なんだよ。お前と一緒にすんじゃねーやい」

 いつもと変わらないみんながそこにいるのが嬉しかった。
 うん。私は大丈夫だ。がんばろう。がんばれる。

 一日終わりの夕方、鑑識との話を済ませると、自販機の缶コーヒーが目に付き突然のコーヒーブレイクタイム。

「はふー」

 奥にある椅子に座り、しばし休憩。

(ここで飲むのって初めてかも。ちょっと奥まっててゆっくりできそう。たまにはいいよね)

「こら、サボってんな」
「んぐっ」

 急に声をかけられ振り向くと、成田課長が自販機の横からひょこっと顔を出す。

「びっくりさせないでくださいよー」
「ははっ、悪い」

 成田課長はコーヒーを買うと、私の横に座った。


   * * * * * *


「こんなところに自販機があるんだな」
「ええ。私、初めてここで飲みました」
「そうなのか」
「はい」

 たわいない会話をしていると、成田課長が意外なことをきいてきた。

「ユリ。……錬っていう奴と、あれから会ったのか?」

 缶コーヒーを持つ手が止まる。

「……どうして……春輝が、そんな、こと?」

 思わず春輝と呼んだことに、私は気づいていない。

「……」
(上川課長の送別会のときにはきけなかったが、あれからアイツ、錬は……ユリに会いに来てはいないんだ。このごろずっと様子が変なのは……たぶん、これが原因だろう)
「親戚じゃ、ないんだろ? ……彼」

 春輝の質問に、言葉が出てこない。

「……このごろ元気がないのは、そのせいなんだろう? ……ユリ、バカげているだろうけど、俺、まだお前のことが好きなんだ。俺は、お前の力になりたい。俺でよければ話を聞くからーー」

 春輝がそう言ってユリのほうを見ると、うつむいたまま、缶コーヒーを持つ手がカタカタと震えているのがわかった。

(俺はバカだ。こんなこと、きくんじゃなかった。しかも、署内で)
「ーーごめん。俺、先戻るわ」

 立ち上がろうとした春輝の上着の裾が、クイっと引っ張られる。

「ユリ?」
「……たの」
「えっ?」
「会いに行ったけど、いなかったの……」
「……」
「どこかに、引っ越して、いなく……なってた……ううっ」

 大粒の涙がユリの目からこぼれると、春輝は思わずユリを抱き締めていた。

(俺が守らなきゃ。上川課長の代わりでいい。俺が、ユリを守る)
「辛いことをきいて、悪かった。……今は、胸を貸すから、泣きたいだけ泣けよ」
「ううっ、うっ、春輝……ごめ……」

 抱き締められ、春輝の胸の温かさを感じる。

(あったかい、春輝の胸……。このまま、錬のことも、環くんのことも、忘れられたらいいのに。ふたりのことを、忘れるくらい、季節ときがうんと早く過ぎればいいのに)

 自販機の陰に隠れるようにして、ふたりはしばらくの間抱き合っていた。


    * 一ヶ月後 終わり * 

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