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一週間後(その四)
しおりを挟む「で? なんでお前が俺に会いに来るんだ?」
「……」
ここは警視庁近くの、とある喫茶店。
一番奥の角の席に、タイプの違うイケメン男性がふたり、向かい合って座っている。
春輝と錬、である。
春輝は壁を見て一人掛けの木の椅子に、錬は春輝に促され、壁を背にしたゆったりとしたソファに座っている。
錬は、注文したアイスティーがきてからもずっとテーブル上を見つめ、黙ったままでいる。
その状態に、しびれを切らした春輝がそう尋ねたのだ。
(コイツ、勝手に来ておいてダンマリか)
「はあ……、あのなあ、俺がたまたま通りがかったからよかったものの、そうでなかったらお前、捕まってたかもしれないんだぞ? わかってるのか?」
春輝はテーブルに片手をつくと、身を乗り出してそう言った。
警視庁前は、常に警備がされている。不審者はすぐに呼び止められる。
錬も例外ではなく、警備と揉めているところを春輝が見つけ、知り合いだと言って事なきを得たのだ。
(あのとき、俺を訪ねてきたって言っただろう。はあ、なんなんだよ一体……)
春輝はコーヒーカップに手を伸ばすとひと口飲み、そして、ふと思った。
(ん? 待てよ。……コイツ確か、あの日ユリと一緒だったんだよな。ユリはあれから帰って、コイツと会ったのか? だったら俺とのこと、聞いてるんじゃないのか? そしたら俺を……恨んでるよな? ……もしかして、俺を殴りに来た、とか?)
目の前の錬を見ると、相変わらずうつむいたままだ。
(ユリ……、俺はバカなことをした。大バカだ。上川課長は、ユリは普通に出勤してると言っていたが……そんなわけない。あんなこと……あんなひどいこと、俺にされて。そんなすぐに、普通に戻れるわけない。はあ……コイツに一発殴られて、それでユリの気が晴れるのなら、それくらいたやすいもんなんだが)
「ガタッ」
錬が突然立ち上がった。
* * * * * *
(なんだ⁉︎ やっぱりそうか? 殴りに来たのか? ……いいさ、さあ来い。理由はなんとでもつけて、お前のせいにはしないから。一発といわず、何発でも、気の済むまで殴ればいい!)
錬は立ち上がった勢いのまま、春輝に近づく。
春輝はコーヒーカップをテーブルに置くと、覚悟を決めて目をつむった。
「‼︎」
しばらく目をつむったままでいるが、どうやら頬や体に殴られた気配はない。
薄目を開けると、錬が目の前で頭を下げていた。
「すみませんでした!」
「へっ?」
「助けていただいて、ありがとうございました」
謝罪とお礼を言って深々と頭を下げる錬に、慌てて春輝は声をかける。
「いいよいいよ、もう。頼むから顔を上げてくれ! このままじゃ、俺は悪者だ」
周りの客たちが、何事かと春輝と錬を見ている。
錬は顔を上げると、もう一度一礼をして席に戻り、注文したアイスティーを半分ほど一気に飲んだ。
「……なんだ。俺を、殴りに来たんじゃないのか?」
「……なんでそう思うの?」
グラスをテーブルに置くと、春輝を見て逆に質問をする錬。
「あの日……ユリと一緒にいたんだろ? 引ったくりのあった日……ユリが、俺と会った後も……」
しばらく見つめ合った後、錬が答えた。
「……ああ」
「ふっ、やっぱりそうかあ……。はあ、……殴ってもらったほうがスッキリするんだけどな」
「……」
「なんだよ、なんでなにも言わない?」
「俺に殴られて解決しようとしたって意味ないだろ? そんなの自分でなんとかしろって話」
春輝は一瞬黙り込むと、大きなため息をつき呟いた。
「……はあぁ。なんだ……お前、大人なんだな」
「はあ? 俺が大人? 大人はアンタだろ? じゃないと困る。今日来た意味がなくなる」
「じゃあ……話が最初に戻るのか……。で? なんでお前は俺に会いに来たの?」
春輝の質問に、錬は先日の環との会話を回想した。
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