上 下
36 / 89

三日目(その十三)

しおりを挟む


 車が走り出してしばらくすると、春輝は雑談をしてきた。
 どこそこの署でこんなことがあったとか、あの事件はどうとか。
 でも、こんな話をするために車に乗ったんじゃない。

「春輝、話ってなに? まさかこうやって雑談をするために誘ったわけじゃないでしょ」
「なんだ。そんなに早く帰りたいのか? さっきのレンとかいう奴のところに」
「あのねー、そんなこと春輝に関係ないでしょ。話がないなら帰るわよ」
「夕飯を一緒にどうだ? 好きだったろ? 花宿亭の生姜焼き定食」
「十五分って話でしょ。行かないわよ」

 花宿亭は、付き合っていたころにふたりでよく行ったお店だ。
 いろいろな定食があって、おいしくて、ゆっくり落ち着けて……本当に好きだった。
 でももう、過去の場所。今はただ、懐かしく思うだけ。

「あいつはユリのなんなんだ? まさか、彼氏ってわけでもないだろう?」
「だから、親戚の子だって言ったでしょ。それも全部春輝には関係ない話よ。そんな話をするなら降りるわ。車を止めて」

 やっぱり乗るんじゃなかった。

「待てよ。悪かった」
「……」
「あー、元気だったか?」
「言ったでしょ。私は元気よ」
「そうか。……その、ユリ、悪かった」

 春輝はまっすぐ前を見て、ハンドルを握ったままで言った。


   * * * * * *



「……なにが?」
「……」
「私と別れて、警視監の姪っ子と結婚したこと?」
「……そうだ」
「しかもたいした話し合いもできないままずっと放置されて、いつの間にか結婚されて、四十歳を過ぎたおばさん刑事デカは警視監の姪っ子に男を取られ、捨てられたって噂にされたこと?」
「……そうだ」
「ははっ……」

 なにを今更……こんな話。せっかく何年もかけて、忘れようとしてきたのに。

「それで? なんなの。まさか悪かったって、謝りたかったとでも?」
「ああーーずっと、謝りたかったのは事実だ」
「はっ。それで私にどう答えろと? あのときは辛かったって言えばいい? それとも、もう気にしてないって言えばいいの?」
「……」

 なによ。返事に困るくらいなら言わなきゃいいのよ……そんなこと。
 バカだな、私。なんでのこのこ車に乗っちゃったんだろう。
 涙が勝手に出てくる。情けないや……
 鼻を啜ると、春輝がこちらを気にしながら声をかけてくる。

「ユリ、ごめん。でも俺……」
「やめてっ! 言い訳なんか聞きたくない!」

 思わず大声が出る。

「私……もう、帰るわ。車を止めて」
「ユリ、落ち着いて話そう」
「なにを落ち着いて話すの? もういいから、降ろして!」

 あのときの辛かった気持ちが、一気に私の中に込み上げてきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~

一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが そんな彼が大好きなのです。 今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、 次第に染め上げられてしまうのですが……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...