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三日目(その九)
しおりを挟む「春輝……」
なに、なんで春輝がここに?
「ユリ、久しぶり」
電話では話したけれど、まさか会うことになるなんて。
突然の再会に、しばらくその場に立ちつくす。
「ユリさん! ……あの、違うんですよ。いろいろあって」
岡田くんが慌てて駆け寄り、しどろもどろに話し出す。
岡田くんは、三十代前半のなかなかの気遣いイケメン刑事である。
普段から他部門との対応をこなしたり、私を含めたパソコン苦手グループのフォローもしてくれる、とってもいい子なのだ。
そんな彼が話した事情を要約すると、こうだ。
* * *
まずは110番通報が入り、三課へ連絡が入った。
その時、一課の私の名前が出たことで三課の田中課長が「はあーっ?」となった。
田中課長は上川課長を敵対視していて、普段から仲が悪いのだ。
そして本日、たまたま三課の出勤率が少なく「じゃあ、一課から行ってもらえばいいじゃないか」と、田中課長が言いだした。
そして春輝が視察に来ていたこともあり「昔付き合っていたんだろ? 昔のよしみで成田警視正に戻ってきて行ってもらったらどうだ? ガッハッハ」と大笑いをかましたところ、土曜日まで日程が伸び、署内にいた春輝がたまたま通りかかり「では、私が行きましょう」となった。
その後、一課にいた岡田くんが一緒に来ることになったらしいのだが。
* * *
「あの、それでですね。上川課長が本日急な出張で、まだ連絡がつかなくて……」
「連絡がつかない?」
「警視監の話が長引いているんだろう」
春輝が話に割って入る。
「警視監に呼ばれているの?」
春輝は『さてね』とはぐらかすしぐさで小首を傾げてみせた。
まあ、上川課長のことはさておき、なんで春輝が来るかな。田中課長に喧嘩を売られたとはいえ、まさか本人がいるとは、あっちも思ってなかったわけだから。
「岡田くん、わかったから大丈夫。それより、春輝。あなたが田中課長の挑発に乗ったのが問題よ。向こうは冗談で言ったんでしょ。なのに本気にするなんて」
「……別に挑発に乗ったわけじゃあないさ。いいだろ、久々に現場に来てみたかったんだ」
「そんな勝手を言って……」
視線を感じ振り向くと、佐々木巡査が高揚した顔でこちらを見ている。
ああ、そうだ。こんな話をしている場合じゃない。
「佐々木巡査……」
「成田警視正っ!」
呼ばれるのを待っていたかのように、彼は大きな声で春輝に近づき、握手を求めた。
「自分、成田警視正のファンなんです! めっちゃカッコいいです! 憧れてます!」
突然の彼の行動にびっくりしたが……でも、そうか。彼は憧れの春輝を目の前にして、話しかけたくてウズウズしていたのか。
事件の話を進めたいってことではなかったのね、はは……
しかし、なるほど。ノンキャリアで警視正は大出世だし、春輝は見ためもかっこいいから憧れる警察官は多いのかもしれない。
春輝は少し困ったように、佐々木巡査の握手に応じている。
(……春輝、少し痩せた? 前髪、伸ばしてるのかしら。センター分けの髪型は変わってない。ノーネクタイのスーツ姿……相変わらず、決まってるのね)
春輝をしばらく見ていると、突然佐々木巡査がこちらを振り向き、私を見ながら言った。
「ここでおふたりに会えるなんて、自分はツイています! 自分の中でおふたりはベストカップルなんです。もし、そうなってくれたら……ああ、どんなに素晴らしいか」
それを聞いた岡田くんが、慌てて佐々木巡査の腕を引っ張りながら向こうへと連れていった。
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