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第36話 日々の食事

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「いや、さすがに毎日お客さんに出すような立派な食事を出すわけないだろ。これまでの料理はお客さんへ出すためにいろいろと研究していたから豪華だったかもしれないけれど、今日からは普通のまかないになるぞ」

 これまではこっちの異世界の人たちに元の世界の味付けが受け入れられるかを確認するために、お客さんに出すくらいのクオリティの料理を出してきたが、今日からは温泉宿の営業が始まった。

 さすがにまかないにまでそこまで手間をかけていられない。それに3人とも結構な量を食べるからな。毎回お客さん達と同じものを出していたら、食費がヤバいことになってしまう。

「嘘でしょ……」

「いえ、そんな話は聞いておりません」

「横暴なのじゃ!」

「いや、最初から話していたからな!?」

 うちら従業員の食事はまかない料理だって最初から説明してきたぞ! なんで今初めて聞いたみたいな感じで言うんだよ。

「さすがにみんなの分の料理にまで高価な食材は使えないだろ。まあ普通の温泉宿とかだったら、余った食材とかで多少は豪華なまかないになるんだけど、ストアの能力があるから余った素材も出ないからなあ……」

 実際にうちの実家でも余った食材やお客さんに出せないような食材を使って、日々の食事は普通の家に比べたらかなり豪華なものとなっていた気がする。刺身とかも数日に一度は食べられたからな。

 しかしこのストアの能力で購入する物は必要最小限のものにすることができるし、魚は切り身単位で購入できる。野菜も一個から購入できるため、余る素材はほとんどないに等しい。

 温泉宿を営業するにあたって無駄な食材が出ないことは非常にありがたいが、従業員的には嬉しくないのかもしれない。

「それでは食費を支払いますので、お客と同じ料理をいただくということは可能ですか?」

「……まあ、それなら大丈夫だけれど、別にまかないもそこまで酷いものを出すつもりはないぞ。さすがに豪勢な料理は出せないけれどさ」

「じゃあ僕もお客様と同じ料理がいい! 食費くらいなら全然出すよ!」

「妾もそれでいいのじゃ! 給料とやらから引いておいてくれればよい」

「……わかった、じゃあそうするよ」

 よくよく考えてみたら、確かにこの3人はお金のために働いている感じじゃなさそうだもんな。どちらかというと給料を上げるよりも日々の食事をグレードアップしてあげたほうが喜ぶのかもしれない。

 ……というかポエルに至っては天使は食事を必要としないんじゃなかったけ? まあそれほどこの宿の食事を楽しみにしているのなら嬉しい限りだ。

 それにお客さんと同じ料理でいいなら、まかないと分けて作らなくていい分、手間はそれほどかからなくなるからありと言えばありか。



「よし、お待たせ。明日からはお客さんたちの分と一緒に作れるから、もっと早くできると思うよ」

 今日お客さん達に提供していた料理を俺を含めた4人分新たに作り直した。明日からはお客さんの料理と一緒に作るので、もっと早い時間帯に従業員で晩ご飯を食べることができるだろう。

「待ちわびたのじゃ!」

「お腹空いた~」

「ええ、だいぶお腹が空きましたね」

 ダウト! 天使は腹が空かないって話は忘れていないからな。

「それじゃあ今日は1日お疲れさま。まだ初日だけど、みんなのおかげで無事に乗り切れたよ。明日からもよろしく、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 キンッと透明なジョッキがぶつかって、ガラスの澄んだ音が鳴り響く。

 お酒については平日だと次の日もあるから、1杯だけ許可することにしてある。さすがに無制限にすると酒に弱いロザリーあたりが次の日使い物にならなくなりそうだからな。

 とはいえ、俺としても仕事終わりに1杯くらいは酒を飲みたいので、酒は1杯だけということにした。……元の世界でも仕事終わりのビールだけは欠かせなかったからな。……リアルに仕事終わりの1杯はその日の支えになるよね。

「ぶはあああ! やっぱり身体を動かしたあとの酒はたまらんのう!」

「いや、ロザリーはゴーレムたちに任せてほとんど身体を動かしてないだろ……」

 相変わらず小さな身体でおっさんのようにビールを飲むロザリーに一応ツッコんでおいた。本人が動かなくとも、今もフロントで働いてくれているゴーレムたちの活躍は素晴らしいからまったく問題ないけど。

「うん、こっちの煮付けも本当においしいね! 脂の乗った魚の身にこの甘辛い味がしっかりと染み込んでいて、ホロリとくずれてたまらないよ!」

「それにこの味は白いご飯ととてもよく合いますね。そして相変わらず天ぷらもおいしいです」

 魚の煮付けも意外と難しかったりするんだよな。あまり煮すぎると身が崩れてしまったり、味が染み込みすぎてしまったりして、その逆もまた然りだ。

 うちの実家の板長はあんな田舎の温泉宿にはもったいないくらいの腕だったんだよな。そんな板長に小さいころから料理の腕を鍛えてもらったことは幸運だった。まあ、まさかその腕を異世界で振るうことになるとは思ってもいなかったけれど。

「さて、食べながらでいいから今日のことについて話そうか」
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