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第21話 温泉宿『日ノ本』

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「さて、いよいよ今日から温泉宿『日ノ本』をオープンするぞ!」

 異世界の街から戻ってきて2日後、いよいよ本日から温泉宿の営業を始める。

 それにあたってこの温泉宿の名前もすでに決めてある。名前は日ノ本で、当然ながら元の世界の日本からとった名前だ。温泉宿の内装は日本の和のものを中心にしてあるのでちょうどいいだろう。

「いよいよですね。ぜひこの温泉宿の素晴らしさをみなさんに味わっていただきましょう」

「大丈夫かなあ、何か失敗しちゃいそうで怖いよ……」

「はあ……働きたくないのう……」

「………………」

 不安だ……ものすごく不安だ……

 この2日間は徹底的に接客やお客さん相手にキレないように教えたつもりだが、ものすごく不安が残る。

「はい、この温泉宿の心得を復唱! まずはポエル」

「ひとつ、何かあったらヒトヨシ様を呼ぶこと」

 そう、とりあえず何かあったら責任者である俺を呼ぶこと。実際の仕事でもそうだが、何か分からないことがあったら、適当なことを言うよりも分かる人に聞くことが大事である。

 その他、トラブルがあったら、本当に緊急事態の時以外はまずは俺を呼んでもらうことにしている。

「オッケー、次はフィアナ」

「え~と、絶対にやりすぎてはいけない。たとえ相手から攻撃してきたとしても、できる限りは相手を殺さないこと」

 この温泉宿に来るお客は全員が良い客であるとは限らない。ここには珍しいものなども多いし、よからぬことを考え、襲いかかってくるやつも出てくるだろう。

 もちろん手加減が難しい場合もあるだろうが、できる限りは生かしてこの世界の衛兵とかに突き出したい。さすがにこの温泉宿で人死には勘弁である。

「オッケー、最後はロザリー」

「お客様のことをできる限り考えるじゃったな」

 温泉宿は関係なく、日本の接客レベルはかなり高くなっている。さすがにみんなにそこまで求めるつもりはないが、できる限りはお客さんの気持ちになって接客を行ってもらいたい。

「はい、オッケー! その心得をできる限り守ってね」

「了解!」

 ビシッと背筋を伸ばすフィアナ。社畜であったフィアナなら、上司の命令は絶対だから大丈夫だろう。異世界の街へ行くまでにその辺りのことをちゃんと指導しておくべきだったな。

「できる限りは守りますよ」

 そもそもポエルには戦闘能力がないから、たぶん大丈夫だろう。

「も、もちろん妾も大丈夫じゃぞ!」

 となると一番不安なのはロザリーになる。だが、ここ数日間一緒にいてロザリーを観察してみたが、本当に元魔王なのかと疑うほど、そこに残虐性のようなものは見られなかった。

 どうやら人族との戦いを望んでいなかったというのは本当らしいな。

 ちなみにこの心得を守らないようなら、軽い罰で食事抜きとなり、それでも言うことを聞いてくれない場合には解雇もあるとみんなには伝えてある。こちらとしても脅すようなことは言いたくないのだが、どうしても抑止力は必要だ。

「……それじゃあ、引き戸の条件を変更してお客さんの呼び込みを始めるぞ」

 不安ではあるが、精一杯できる限りの準備はしたつもりだ。あとは出たとこ勝負といこう!

 両手を引き戸に触れて、大まかな条件をイメージする。今回は初めての営業ということで、共通語かつ一番多く使われている通貨の地域を指定している。

 いろんな地域の人を招待したいところだが、まだお釣りなどの通貨の準備もできていないし、そのあたりは少しずつ広げていくとしよう。

 引き戸が少し光った。これで条件を満たした地域で人里から離れた宿を求める人の前にこの引き戸が現れるはずだ。

「さて、これで準備はオッケーだ」

 時刻は夕方、従業員を募集するわけでもなく、宿を求めている人はかなり多いだろうから、すぐにお客さんは現れるだろう。

 初めての営業ということで、お客さんが3組来たら引き戸を閉じる予定だ。一応客室自体は5部屋作ってあるし、最悪の場合にはポイントを使ってすぐに客室を追加することも可能である。

 お客さんをもっと受け入れることは可能だが、まずはみんなが接客に慣れることが第一である。

「それじゃあ、お客さんが来たら順番に接客を頼むぞ」

「わかりました」

「うん!」

「わかったのじゃ!」
 
 ガラガラガラッ

 引き戸がゆっくりと開いていく。どうやらこの温泉宿初めてのお客さんがやってきたようだ。

「「「いらっしゃいませ、ようこそ温泉宿『日ノ本』へ!」」」

「うおっ!?」

「なんだここは!?」

「なに!? やっぱり罠なの!」

 記念すべき初めてのお客さんはどうやら3人組の人族の冒険者のようだ。3人とも10代後半ほどで俺と同じか少し下くらいの年齢に見える。

 1人目は茶色い髪をしたイケメンの男で、金属製の胸当てと籠手を身に付けており、ロングソードを両手で持ってこちらへと向けている。

 2人目も茶色い髪で身長が180くらいある長身の男だ。こちらは動物あるいは魔物の素材を使って作ったと思われる胸当てを身に付け、盾と小型の剣を両手に持っていた。

 3人目は金髪の女性で、2人と比べると軽装な防具を身に付け、こちらに向けて弓を引いている。

「いらっしゃいませ、こちらは温泉のある宿でございます。まずは武器を下ろしてください」
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