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第8話 勇者

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「……この門はやっぱり魔法の類。でもなんであんな誰もいないような森の中に扉が?」

 どうやらこの人がやってきた引き戸は森の中に出現しているらしい。ポエルに言われていたように、こちらの世界の人の言葉はちゃんと理解できているようだ。

 温泉宿に入ってきたのは短髪で容姿の整ったイケメンの男だ。高価で強そうなファンタジーチックな防具を身に付けている。持っている長い剣もとても高価そうで立派な装飾まで入っているから、もしかしたら高名な冒険者だったりするのかもしれない。

 ただし、その高価そうな装備品はすべて血や泥にまみれて汚れており、本人の髪はボサボサだ。肌は荒れ切って、目の下には遠くからでもはっきりと見えるくらいの黒々としたクマがある。

「いらっしゃいませ。表に貼ってあった求人を見てくれた従業員希望の方でよろしいですか?」

「……ん、従業員? ……ああ、そうだね。もう今の仕事以外だったらなんでもいいや。頼む、ここで働かせてほしい」

 なんかいろいろと大丈夫か、この人? 精神的にだいぶ病んでいるみたいなんだけど……

 よっぽど今の仕事が忙しいのかな……

「とりあえず簡単な面接をさせてください。少し汚れているみたいなので、こちらのタオルで汚れを落としてください。あっ、靴はそこで脱いで上がってきてください」

「ああ、わかった」

 冒険者風の男はこちらの言う通り、ちゃんと靴を脱いで防具や剣についている汚れを落としてから温泉宿へ入ってくれた。暴れたりする気はないらしい。

 どうやらこの引き戸はちゃんと仕事を求めている者の前に現れてくれたようだな。

 フロントの前に置いてある高級なソファとテーブルへ男を案内をした。

「……すごく柔らかくてフカフカした椅子だね。それに見たこともない造りの宿だ。もしかするとここは僕達の国じゃないのか?」

「ええ、実はこの温泉宿の入り口は魔道具になっていて、いろいろな場所につながっているんですよ。俺の国の宿はこんな感じになっています。それではこれから簡単な質問をさせていただきますね」

 一応この温泉宿の引き戸は魔道具ということにしてある。神様からもらった能力だと言っても分からないだろうし、変に勘繰られても嫌だからな。

 人を雇うかは面接で決めることになる。この世界には履歴書なんてものはないだろうし、嘘をついても確認のしようがない。この面接の問答だけで、この人がどういう人かを見定めないといけないから集中するとしよう。

「まずこちらの宿の仕事ですが、基本的にはお客様への接客、料理の手伝い、掃除などといった様々な仕事をしてもらう予定ですが、そちらは大丈夫でしょうか?」

「……接客はやったことがないからあまり自信はないが、他は大丈夫だと思う」

 ふむふむ、正直にそう言ってもらえるのは逆に好感が持てるな。人には得手不得手があるものだし、苦手なことは他の者でカバーすればよい。むしろこの人に求めるのはこの温泉宿の護衛としての能力だ。

「なるほど。接客のほうは慣れていってもらえれば大丈夫ですし、他の従業員でフォローもできますから。ちなみに今の仕事は何をしているんですか?」



「………………」

 んん? 俺の聞き間違いかな。今勇者とか聞こえたんだが……

「ええ~とすみません、ちょっと良く聞こえなかったので、もう一度教えてください」

「勇者だ」

「………………」

 聞き間違いではなかった。冗談ではなく……?

「えっと、具体的にはどういうことをしていたんですか?」

「僕の場合は実戦へ出る前に魔族との停戦協定が結ばれて世界が平和になったから、国の指示で強い魔物の素材をひたすら集めているんだ」

「な、なるほど。ちょっと失礼します」

(ポエル、この異世界って人族と魔族って戦争をしていたの?)

 隣に座っているポエルにひそひそと話をする。この人の目の前でこういった内緒話をするのはあまりよろしくないが、確認はしておかなければならない。

(はい。ですが、3年ほど前に人族と魔族の戦争は終結し、今争いはありません。一部の国ではすでに人族と魔族で交易を始めておりますよ)

(ふむふむ。とりあえず今は人族と魔族での戦争はしていないんだな)

 そういえばあまり深く考えていなかったのだが、この世界で大きな戦争とかがなさそうでよかった。さすがにそんなに危険な世界で温泉宿とかを開くのはちょっと躊躇われるもんな。

(この人が勇者って言うのは本当なの?)

(それは私にもわかりません。勇者は何人もおりますし、その国によって勇者の定義も異なります。ちなみに剣技とかを見てもどれくらい強いかはわかりませんよ。私は見た目通り清楚でか弱い乙女なので)

(………………)

 あの毒舌で清楚なのかは置いておくが、少なくとも戦闘経験がまったくない俺にもこの人が本当に勇者なのかは分からない。というかこの世界には勇者が複数いるのなら、別にそれを確認する必要はないのか。

「なにか自分の力を示せるようなものはあったりしますか?」

「そうだね、この鎧と剣はかなりの良いものだよ。あとは……」
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