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第1話 神様がほしいもの
しおりを挟む「……んん、ここは?」
「おめでとう、君は選ばれたんだよ!」
パンッとクラッカーの音が鳴り響く。ゆっくりと目を開けるとそこには幼女がいた。
小学校低学年くらいでサラサラとした金色の長い髪、キラキラと輝く金色の瞳、人形のように整った顔立ち。金色の瞳なんて外国人でも見たことはないが、吸い込まれるようにとても澄んだ瞳だ。
……夢にしてももう少しまともな夢があるだろうに。なんで外国人の幼女なんだよ、別に俺はロリコンではないぞ。
「残念だけどここは夢じゃないんだよねえ~。そしてロリコンじゃないっていうやつに限ってロリコンが多いんだよ」
夢じゃないってどういうことだよ。
それに初対面の幼女にものすごく失礼なことを言われた。俺はもっと背が高くて胸の大きな女性が……っていうか今俺は喋ってなかったよな?
「頭の中を読んでいるからね。まあ君の女性の趣味はどうでもいいとして、君に残っている最後の記憶はどんなものだい?」
「記憶……ってあれ、俺死んじゃってない?」
俺に残った最後の記憶、それは横断歩道を歩いていた俺に猛スピードで突っ込んできたトラックの姿だった。
「ピンポンピンポーン! そう、草津人吉くん、20歳の若さで交通事故により死亡か。若いのに残念だったね」
「はああああ!?」
えっ、嘘!? 俺は死んだの!? てかここはどこだよ!
「ここは人吉くんの概念でいうと神の国になるね。そして君の目の前にいる僕こそが神様というやつだよ」
「………………」
あれ、一気にうさん臭くなった。目の前にいる幼女が神様? 神様って白い髭を生やしたおじいさんのイメージなんだけど。
「まったく人間たちは本当に失礼だよね。こんなに可愛い僕みたいな神様に対しておじいちゃんのイメージを持っているなんてさ」
そりゃ死んだ後の世界のことなんて誰も知るわけがないから、神様がどんな姿をしているかわかるはずがない。
「まあそりゃそうなんだけどね……というかそろそろ自分の口で話してくれないかな、人吉くん。これじゃあまるで僕がずっと独り言を話している痛い神に見えてしまうよ」
「……ああ、すまない。まだちょっと頭が混乱しているんだ。そもそも俺は本当に死んでしまったのか?」
「そうだね。さっきも言ったように人吉くんは交通事故で亡くなってしまったんだよ」
「マジかあ……」
まだやりたいことがいっぱいあったんだけどなあ……
それに俺自身のこともそうだが、両親と弟に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「そんな人吉くんに朗報だよ!」
「えっ、もしかして生き返らせてくれるのか?」
「残念だけどそれはできないんだ。だけど人吉くん、きみはものすごく運が良い!」
「いや、交通事故で死んでいる時点で、ものすごく運が悪いと思うんだけど……」
「細かいことは気にしちゃだめだよ! あんまり細かいことを気にしているとハゲるからね!」
「死んでいるのにハゲを気にしてもしょうがないんじゃ……」
「パンパカパーン! 君は選ばれたんだよ!」
俺のツッコミは華麗に無視された。そういえばこの幼女は最初にそんなことを言っていたな。
「人吉くんには別の世界に行ってもらうことになりました!」
「はあっ!?」
「そもそも普通の人が死んだ場合には、その魂は元の世界の輪廻に戻っていくだけで、今僕と話しているような元の世界であった自我なんて持たないんだよ。君には今そのままの肉体を持って、地球ではない僕の世界に転生してもらいたいんだよ」
あっ、これ知ってる。最近アニメとかでよくやっている異世界ものじゃん。というかトラックに轢かれたあと神様に会って転生とかテンプレそのままじゃん! 気付けよ、俺!?
「テンプレとかいうのはよく分からないけれど、アニメは知っているよ。そうそう、あんな感じで魔法とかドラゴンとかがいる世界だね」
しかも魔法とかドラゴンとか完全にテンプレのファンタジーな世界じゃん! というか今さらながら知ったが、この幼女は俺がいた世界の神様ではなかったらしい。
「実は人吉くんの世界のあるものがどうしても僕の世界にもほしいんだよ」
「あるもの?」
「それはねえ……」
この世界の神様がほしがるもの……それは一体……
「温泉宿だよ!」
「なんでだよ!?」
いや、なぜに温泉宿!? もっとこう電気とか核の技術とかならまだわかるけれど、なんで温泉宿になるんだよ!
「実はこの前、人吉くんの世界で僕たち神様の忘年会があったんだけどさあ……」
「神様の忘年会ってなに!?」
相手が幼女の神様だろうとツッコまずにはいられなかった。そんな普通の会社の忘年会みたいに言われても!?
「そりゃ僕たちみたいな神様だって、たまにはみんなで集まって飲んだり騒いだりもするさ。それで今回の会場が人吉くんの世界の温泉宿だったんだけど、これが本当に最高でさあ!
広くて解放的な大浴場に立ち上る湯気、ひとたび湯に入れば日々の身体の疲れが溶けてなくなっていくようなあの感覚、そして温泉のあとに出てきたあの料理やお酒……そのどれもが忘れられないんだよ!」
「………………」
初めて日本の温泉宿にやってきて、その魅力に一発で取りつかれてしまう外国人も結構いたりするんだよね。まさか別の世界の神様もそんなことになるとは誰も思っていなかっただろうけど。
「そんなわけで人吉くんの世界の神様に頼み込んで、温泉宿に詳しい死んでしまった魂を僕の世界に送ってもらったわけなんだよ」
なるほど、それで実家が温泉宿をやっている俺が選ばれたってわけか。
そう、俺の実家は昔から続いている温泉宿だ。子供のころから両親と弟や他の従業員と一緒に宿を支えてきた。確かに俺は普通の人より温泉宿の知識を持っている。
「人吉くんには僕の世界で温泉宿を作ってほしいんだ。僕の世界の住民も君の世界の温泉宿の良さを味わえば、きっと君の世界の温泉宿みたいな施設を作ってくれるはずさ!」
……まさか異世界に行ってやってほしいことが温泉宿を作ることだとはなあ。まあ魔王を倒しに行けとか、世界を救えなんて言われるよりもよっぽど良かったけれど。
「そしてもしも人吉くんがこの話を受けてくれるのなら、君のご家族が多少幸運になるようにこちらで便宜を図らせてもらうよ」
「……そうか、それならこの話はありがたく受けさせてもらうよ」
「ありゃ、これは意外だったね。しばらく考えたりすると思ったのにな」
「俺にとっては残された家族だけが心残りだったからな。便宜を図ってくれるのなら、嬉しい限りだ。それに俺もこのまま死ぬよりは、異世界で温泉宿を作ってみるほうが面白いだろうしな」
恋人や好きな人なんかはいないからどうでもいいが、家族のことだけは心残りだった。むしろ俺から神様に家族のことをお願いしたいと思っていたところだ。
「……ふふ、人吉くんみたいな家族思いの子は嫌いじゃないよ。それじゃあ契約は成立だね!」
幼女がそう言うと、俺の身体が光り始めていく。
「えっ、ちょっと待て! まだ詳しい説明は何も聞いていないぞ!」
「僕もそれほど暇じゃないんだよ。これから君の世界のアニメを楽しまなくちゃいけないんだ。やっぱりアニメはリアタイが一番だよね!」
「めちゃくちゃ暇だな!」
暇すぎるだろ、この駄女神! というか神様がリアタイとか言うな!
「詳細な説明は僕の部下が現地でするから、その子に聞いてね。それじゃあ草津人吉くん、第二の人生は君にとって良いものであることを祈っているよ。落ち着いたら僕も遊びに行くから元気でね!」
俺の意識はゆっくりと消えていった。
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