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第1話 魔王召喚
しおりを挟む「なんじゃこりゃあああああ!」
会社に出勤して働いて家に帰るいつも通りの日常、今日もその日常で終わるはずだった。しかし、それは前触れもなく突然に起こる。
家まで歩いてあと5分というところで、足元から突如光り輝く魔法陣のようなものが浮かび上がった。そしてその魔法陣の周りには、目には見えない謎の壁がある。
「え、何これ!? マジで出られないんだけど!」
目には見えない謎の壁、俺が叩いたくらいでは壊すことができなかった。いや、叩くというより、そもそも叩いた感触がないとでもいうのだろうか。
そして魔法陣はさらに光を増していき、それに伴い俺の意識がゆっくりと消失していく感覚がある。
「まさか、異世界!? 勇者召喚!?」
俺もいわゆる異世界ものというネット小説や漫画などはよく読んでいる。この現象は多くの異世界もので読んだことがある。強制的に異世界に召喚されて、勇者にさせられるやつだ!
俺の周囲に人はいない。ということは、俺が誰かの勇者召喚に巻き込まれたということではないらしい。
「てか俺今年で37歳のオッサンなんですけど~!!」
ちょっと待て。こういうのって普通は高校生が勇者召喚されるもんだろ!
召喚されるにしても、勇者のついでにオッサンが巻き込まれるとかいうもんじゃねえの!? こんなオッサンを勇者に召喚してどうすんだよ!
俺の叫びが周囲に響き渡るが、その叫びも虚しく俺の意識は消失していった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「う……うう……」
ここはどこだ……頭が痛い……
確か会社が終わって自宅に帰る途中で、いきなり変な魔法陣が出てきて意識が……
「おお、成功だ! やはり伝承は本物であったのか!」
「やったぞ、これで我々は助かるかもしれない!」
頭がボーっとする。
どうやら俺は地面に突っ伏しているらしい。この反応、やはり俺は異世界ものでよくある勇者召喚をされてしまったのか?
重い身体を動かしながら、なんとか両手を地面に突いて顔を上げる。
「どうか妾達をお救いください、魔王様!」
「………………魔王?」
勇者じゃなくて?
「んな!? リーベラ様、お下がりください! こ、こやつは人間でございます!」
いや何言ってんだよ。お前らだって人間じゃ……
「……っ!?」
絶句した。
俺の目の前には4人の人影がある。しかし、その全員が人の姿をしていない。さらにその後ろにはファンタジー小説や漫画の中で見るようなオーガや、リザードマン、サキュバスなどの異形の姿をした者が10人ほどいる。
リーベラと呼ばれていた俺の目の前にいる美しい女性。燃え盛る炎のような真っ赤な色をした長い髪を後ろで結いている。その瞳も髪と同様に美しい真紅の赤色をしていた。そしてその頭からは2本の立派な角が生えており、後ろからはトカゲのような尻尾が生えている。
「そんな馬鹿な!? 我の『魔王召喚の儀』は完璧だったはずだ!」
リーベラの横には、濃紺のローブを纏った骨がいた。……いやもう骨と表現する他にない。顔の部分は完全に骸骨で、ローブから出ている手足の部分は完全に骨だ。まるで昔学校の理科室に置いてあった人体模型にローブを着せたようである。
……てか魔王召喚の儀ってなんだよ! 勇者召喚じゃないのかよ!
「だがどう見てもこいつは人族だろうが! けっ、だから俺様は魔王召喚なんて反対だったんだ。勇者のクソ野郎は俺様がブッ殺してやる!」
銀色の美しい毛並みをした二足歩行するオオカミまでいる。ナイフなどとは比べ物にならないような鋭い爪や牙を持っており、身長は2mを越すような巨大で屈強な体躯をしている。
「……ふむ、此度の魔王召喚は失敗のようですね。まさかこんな力のカケラもない人族を呼び出すとは」
こっちはまだ人間と同じような姿をしているが、頭にヤギのようなツノが生えている。それに肌の色が薄い青色をしている。
……というかなんだよ。勝手に呼び出しておいてその言い草は! オッサンだってキレる時はキレるんだぞ!
「どうやらそちらの手違いのようですね。それなら元の世界に帰してほしいのですが……」
「ああん? 人族風情が喋ってんじゃねえよ」
「はい、すみません!」
……いや無理!
こんな怖そうな連中相手に啖呵など切れるわけがない。オッサンはキレる時はキレるが、滅多にキレることはないのである。
「なぜだ……なぜこんな結果になった? くそ、こうなればこの人間を徹底的に研究するしかない。頭の先からつま先まで解剖し尽くしてくれる!」
怖え~よこの骸骨! 解剖とかなにいってんだ!
「こんな雑魚など研究する必要もないでしょう。今ここで殺せばよろしいのでは?」
こっちの肌が青いやつは性格最悪だな! 周りを見渡しても本当に異形の姿をした者しかおらず、人間がひとりもいない。
「待て、それでは非情な人族共と何も変わらないではないか! 彼は我らの都合で別の世界から無理やり連れてこられた、この世界の者とは関係のない者であるぞ! 元の世界に帰してやるのが道理であろう!」
先程リーベラと呼ばれていた赤い髪の女性が俺の前に立つ。どうやら俺をかばってくれているらしい。
「馬鹿め! 俺達がどれだけ人族に苦しめられたと思っているんだ。たとえ世界が異なっていたとしても、人族はすべて皆殺しだ!」
「それに今の魔王召喚の儀によって、召喚に必要であったエネルギーはすべて使い切ってしまっている。これでは少なくともあと10年間は新たなる召喚や元の世界への帰還はできんな」
「そ、そんな!」
勝手にこの世界に呼んでおいて、帰れないとかふざけんなよ!
「リーベラ、どけ! そいつを始末する!」
「ジルべの馬鹿者! 実験台にすると言ったであろう! たとえ人族であれ、別の世界から来た貴重なサンプルだ。殺すくらいなら我によこせ!」
「私もデブラー殿に賛成です。殺す前に今回の失敗の原因を研究することが必要です」
こいつら、殺すことは前提かよ!
「デブラーもルガロも貴様ら正気か! 魔王軍四天王の誇りはどこへ行ったのだ!」
「魔王軍四天王など、最早何の意味も持たぬ! 魔王様がいないのに何が魔王軍四天王だ?」
「ぐっ……それは確かにそうだが……」
ちょっとリーベラさんとやら、そこは引かないでくれ! 俺の命がかかっているんだぞ!
「ええい、もういいであろう。パラライズ!」
骸骨がその右手に持つ青色の大きな宝石が付いた杖を振るう。それと同時に光り輝く雷のような何かが猛スピードで俺のほうへ飛んできた。
パキンッ
「んな、何だと!?」
放たれた雷は俺の体に触れる直前にパキンッと音を立てて消失した。
「き、貴様! 一体何をした!?」
「い、いや。別に何も……」
どうやら雷……もしかしたら麻痺させる魔法かもしれないが、その魔法が消失したことはよほど想定外だったらしく、デブラーと呼ばれていた骸骨がものすごい剣幕で捲し立てる。何をしたと言われても、本当に俺自身は何もしていない。
それにしても今のが魔法なのか……いや、これだけ人外の者の姿を見て今更だが。
「もういいだろ! この人族はこのまま殺してやる!」
「待てジルべ!」
「やめんか、馬鹿もの!」
リーベラとデブラーの制止を振り切り、巨大な体躯を持ったオオカミのジルべが右腕を振るい、その鋭い爪をこちらに向けた。
……あ、これ死んだわ。
今まで生きてきた37年間の人生が走馬灯のように思い浮かんでくる。
幼いころに両親を事故で亡くしてしまい、高校を卒業するまでは児童養護施設で育った。そのあとは両親の遺してくれたお金で大学を卒業して今の会社に入社し、人並みに働いてきた。
自分でいうのもなんだが、両親がいなかった割に、特にひねくれたりせずに普通の人と同じように育ってきたと思う。女っ気はなかったが、休みの日は友人と遊んだり、仕事終わりに会社の人達と飲みに行ったりと、ひとりでもそれなりに楽しく暮らしていたつもりだ。
それが望んでもなく異世界に召喚されて、わけのわからないうちに死ぬなんてな。
………………てか走馬灯長くない? というか死ぬ間際で時間の流れが遅くなっていると思っていたけれど、実際に時間の流れが遅くなってね?
よく見るとジルべの鋭い爪がゆっくりと俺のほうへ向かってくるが、このスピードなら全然避けられる。一瞬冗談かとも思ったが、周りにいたリーベラとデブラーの動きも遅くなっている。
あれかな、冗談じゃないなら一発くらいお返ししてもいいよな。何せ向こうは俺を殺そうとしているんだ。一発くらいブン殴ろう。
時間の流れが遅く感じている中、ジルべの鋭い爪をかわしつつ、右拳を敵の相手の顔面に当てるように動く。いわゆるボクシングのクロスカウンターの形だ。
「へぶっ!」
あっ、時間の流れが元に戻った。
それと同時に俺の右拳がジルべにヒットし、猛スピードで後ろの壁までふっ飛んでいった。そしてそのまま気を失ったのか動いてこない。殴った右手も全然痛くないし、それほど力を入れた覚えはないんだけどな……
「んなっ! 四天王の中でも一番の力を持つジルべ様がたった一撃で!?」
「動きがまったく見えなかったぞ!」
えっ、四天王の中でも一番強いの? やつは四天王の中でも最弱とかではなく?
ええ~と、ここは異世界なんだよな。異世界もので定番のアレをやってみるか。
「……ステータスオープン!」
あっ、なんか半透明のウインドウが出てきた。
――――――――――――――――
西尾 仁 37歳
【種族】人族
【職業】魔王
【スキル】
■四大元素魔法
■空間魔法
■障壁魔法
■思考加速
■魔王威圧
■状態異常耐性
■身体能力強化
:
:
――――――――――――――――
………………どうやらオッサンは魔王みたいだわ。
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