いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する

タジリユウ

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第2話 ラスボス一歩手前に出てくるやつ

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『……レベルの継承を終了します。以上ですべての継承が完了されました』

 永遠にも続くかと思われた苦痛の時間がようやく終わった。特に最後のレベルの継承とかいうやつが本気で死にそうなほどの痛みが身体中を襲った。よくいじめグループに殴られたり蹴られたりしたが、そんな痛みの比ではない。

「うう………………」

 あまりの痛みで気を失い、そしてまた痛みで起きるというのをひたすら繰り返していた。よくこんな苦痛を受けて気が狂わなかったもんだよ。それにしても大魔導士のやつ、ふざけやがって! なにが多少の苦痛だよ、本気で死ぬかと思った!

「くそっ!」

 大魔導士への怒りが湧き、何気なくすぐそばにある机を叩いた。

 ドゴオオオオン

「はあ!?」

 何気なく叩きつけた拳がいとも容易く机を粉砕した。

 ガタガタッ、バターン

 机を粉砕しただけではない。その衝撃で地面が大きく揺れ、部屋の両脇にあった本棚がいくつか倒れてくる。

「おい、なんだよこれ!?」

 地面が揺れてバランスを崩したせいで尻餅をついて左手も地面につく。

 ドドーン!

 今度は尻餅をついた場所と左手をついた場所が大きくへこみ、また地面が揺れた。

 なんだよこれ? 力が意味不明なくらいに強くなっている。というかこのままじゃ動くことすらできやしない。大魔導士だってこれでは生活だってできやしないだろうから何かあるはずだ。

「……ん、これか! 抑制スキル、オン!」

 恐る恐る地面を叩いてみる。

 ……よしっ、何も起きない。どうやらこのスキルで正解だったようだ。このスキルは自分限定だが、周りの環境に応じて、自動で自分の力を抑制してくれるらしい。

 先程、スキルを継承している時には頭の痛みで継承したスキル内容を把握している余裕はなかったが、なんとなくの感覚で俺が継承したスキルがわかる。なんて言えばいいんだろうな、自転車に乗る感覚みたいなもので、通常時は意識していないが、実際に自転車に乗ろうとしたら乗れるみたいな感覚だ。

「……あれ、なんでズボンがずり落ちるんだ?」

 激しい痛みやおかしな馬鹿力がおさまり、ようやく落ち着いてゆっくりと立ち上がった瞬間に、なぜか学校の制服のズボンがベルトごとずり落ちた。いざ死ぬときに私服のセンスを見られるのが嫌だったからわざわざ制服に着替えていたんだった。

「………………はあ?」

 おかしなのはズボンがずり落ちたことだけではなかった。いつもはピッチリと上半身に張り付いていたワイシャツにだいぶ余裕がある。そして何よりいつもはブクブクと膨れあがった俺の両手がすっきりとしている。

「これは……もしかしなくても痩せている気がする」

 小学校入学以来、ずっと太って痩せることのなかった俺の体型がなぜか痩せていた。俺だって男だ、一時はモテたくてダイエットをしようと思い立ったことが何回もある。だがその度にまったく痩せられず、すぐに挫折してきた。

「……しかも細いけどちゃんと腹筋が割れている」

 視線を下に移すといつもはぶよぶよだったはずの俺の腹が見事に割れていた。腹筋に力を入れて触ってみると硬い感触が伝わってきた。この身体の変化はなんだ? んっ、もしかしてこれか? 体型維持スキル、このスキルはスキル保持者の体型を最適化してくれるらしい。ひょっとすると大魔導士も元は太ってたりしていたのだろうか。

 しかしここまで来たらここが異世界であるということを信じるしかない。さすがに先程の長時間の痛みは間違いなく夢ではないということは断言できる。ワンチャンあるとしたらここが死後の世界という可能性はゼロではないか。とりあえずよくわからん力やスキルや魔法の検証は後にして大魔導士の手紙の続きを読もう。

【ああ、ちなみに拒否権はないから。このメッセージをここまで読んだら自動的に承認したとみなして勝手に継承魔法が発動するからな】

 ……さっきはここまで読んだんだったな。大魔導士からの手紙をそのまま破り捨ててやりたい気持ちをなんとか抑えて先を読む。

【まあねえとは思うが初めてのことで躊躇するやつもいるかもしれないからな。なあに、礼なんていらねえよ、この力を自由に使ってくれればそれでいいさ】

 ……礼どころかあんたがまだ生きていたらとりあえず一発ぶん殴っていたと思うぞ。

【慣れるまでしばらくかかるだろうが、今のおまえにできることは感覚でわかるはずだ。少なくともそこいらの古龍や魔王ごときには負けねえくらいの力はある。ぶっちゃけこっちの世界なら軽く征服できるくらいの力はあると思うぜ。

 どうせ俺が死んだ後の世界だし自由にしてくれて構わねえぞ。それこそ世界を滅しちゃってもいいんじゃねえか?】

 こいつマジ最悪だな! 大魔導士と呼ばれるくらいだから実力は相当凄いのかもしれないが性格は最悪だぞ。

【あとはついでだがこの家と家の中にある物も全部使ってくれていいからな。遊び半分で作ったやつもかなりあるが、大抵は国宝級の魔法具だから売ってもいい。それと趣味で鍛冶の真似事もやっていていろんな武器や防具も作ってみたから、気に入ったのがあれば使ってみてくれ。

 最後にお前の世界と繋がっている扉はこの家がある限り周囲から魔力を取り込んで半永久的に繋がっているはずだ。詳しいことは本にまとめておいたから気になったのなら読めばいい。

 長々と書いたが、おまえの人生が幸せになることを祈る。一度きりの人生だ、せっかくなら自由に、そして楽しく生きろよ! それじゃあな!

 ハーディ=ウルヌス】



 ……ふう、とりあえず事情は大体理解した。とはいえ理解はしたが、頭が全然追いついてきていない。

 というか異世界かあ、これからどうしよう? 死ぬつもりだったのだが、ここまで突拍子のないことばかり起きて、もはやいじめとかどうでもよくなってきた。それに今日はもうこれ以上死にそうな目にあうのは懲り懲りだ。



 粉砕した机、倒れてしまった本棚やへこんでしまった床はいったん置いておいて、入ってきた扉とは別の扉をあける。さすがに今回は死体が待ち構えているなんてことはなく、机や食器棚、ベッドや洗面台などの生活感あふれる部屋があった。そして更に次の扉を開けた。

「……森だな」

 そこは緑色の木々が生い茂る大きな森の中だった。そんな一面森の中にポツンとこの大魔導士の家が建っている。古いレンガ造りの家で、長い間ほっとかれたのか、蔓や葉っぱがかなり絡み付いている。

 そして家の周りには簡易な柵がある。柵が壊れていないところを見ると、動物などがこの家に近づかないような仕掛けがあるのかもしれない。

 よし、外に出れたことだし本当に魔法が使えるのか試してみよう。一応感覚的には自転車に乗れるくらいの感覚で魔法が使えるはずなんだが、試してみないことにはなんとも言えない。

「ファイヤーボール!」

 とりあえず魔法の定番といえばこれだな。右手を前に出して呪文名を唱える。これでもしも魔法が発動しなかったらかなり痛い人に見えるな。呪文も頭の中に浮かんだが、特に威力が落ちるわけでもなく魔法が撃てるっぽいので詠唱は省いた。

「おお!!」

 前に出した右手の先の何もない空間から火の玉が現れ、だんだんと大きくなってきた。アニメや漫画とかではよくある光景だが、実際に見てみると感動するな。こんなに近くに火があるのに熱くないし、質量保存の法則とか言い出したら負けなんだろうなあ。

「……てか、でかいでかいでかい!」

 初めは拳くらいの大きさしかなかったファイヤーボールの巨大化が止まらず、すでに1m以上になっている。俺の勝手なイメージだとファイヤーボールって大きくてもバスケットボールくらいの大きさまでなんだが!

 さすがにこんな大きなファイヤーボールを気軽に試し撃ちなんてできやしない。俺が必死になってファイヤーボールが小さくなるように念じると、目の前にあったファイヤーボールが少しずつ小さくなっていき、そのまま消滅した。

「あぶねえ! にしてもすごいな、これが大魔導士の魔法か」

 ただの初級魔法であるファイヤーボールでさえ、かなりヤバそうな威力だった。これ最大火力の魔法とかをぶっ放したらこの辺り一面が更地になりそうで怖い。試すにしても慎重に試したほうがよさそうだ。

 そして火魔法だけでも何十種類も使えそうだし、他の様々な属性魔法を含めたら、使える魔法の数は千種類を超えるんじゃないのか? この世界の大魔導士という人がどれくらいいるのかはわからないが、これだけの魔法を使える人が何人もいたら、冗談じゃなく世界を滅ぼせそうだな。……いや滅さないけどさ。



 そのあと少しの間、森の木を的にしていろいろな魔法を試してみた。中級魔法も試してみたのだが、威力を控えめにした風魔法でさえ、一発で10本ほどの大木を薙ぎ払った。本気でこの辺り一帯を更地にするなんて簡単にできそうである。

「……ん!? なんだろう、この感覚は?」

 この家を挟んだ反対側から何かの気配が感知できた。これは気配察知スキルの力か。もうしばらくするとこの家までやってきそうだ。

 やってくるのが人にしろ動物や魔物にしろこの格好はまずい。急激に痩せたことにより、ダボダボになったワイシャツとダボダボになったズボン。ズボンに至ってはベルトの一番きつい穴で止めているにもかかわらず、今にもずり落ちそうである。さらに言ってしまえばズボンを履いていなかったらパンツすらもずり落ちそうである。

 どうしよう、あの扉で一度元の世界に帰るか? 大魔導士から継承した力もあることだし、隠れつつ状況を伺ってみるのが一番かな。とりあえず家の中にあった鎧とかを借りて着替えよう。



「とは言ってもどれを身につければいいんだよ……」

 家の中に戻って防具や武器を見てみるが、どれがいいのかさっぱりわからない。大魔導士が趣味で作ったとか書いてあったが、どれもこれも趣味というには立派すぎる。RPGで言うならゲーム終盤レベルだと思う。

 継承したスキルの中に鍛冶スキルもあったから俺にも作れるのかもしれないが、今はそんなことを言っている場合ではない。とりあえず見た目で一番強そうな鎧を身につけた。普段の俺の力では絶対に持ち上げることができない重さの鎧も軽々と持ち上げることができたのはレベルを継承した力のおかげだろう。

 武器についてはものすごく強そうな剣や槍があったのだが、接近戦をする気なんてまったくないので、これまたやばそうな装飾品がたくさん付いている杖を選んだ。いざとなったらあの扉から元の世界に逃げ出そう。



「隠密スキル、オン!」

 隠密スキルを使い、気配を消して家の陰に隠れながら何者かの気配がする方へ向かう。隠密スキルは俺自身の気配を限りなく消して、他の者に見つからないようにするスキルだ。

「まじかよ……」

 家の陰から様子を窺うとそこには一体のオークと思われる豚の化け物がいた。しかし絶対にあれはただのオークなどではない。俺がアニメや漫画とかでよく見たオークは上半身裸で棍棒を持った知性の低そうな魔物だ。

 だが家の前にいるあいつはどう見てもそんなレベルのやつではない。体格も3m近くあり、見た目だけなら俺が身につけたものと同等レベルの鎧を身につけている。そしてその大柄なオークの身の丈と同じくらいの大剣を携えている。

 あんなでかいやつがあんなでかい大剣を振ったとしたら、大抵の物など紙切れに等しいだろう。どう考えてもオークキングとかオークエンペラーとかラスボス一歩手前時に出てくるやつだ。

 そしてオークはゆっくりとこの家に近付いてくる。うん、これは絶対に無理。諦めて元の世界に逃げよう。普段からいじめられていた俺が大魔導士の力を継承したところで勝てるわけがない。というよりどんな人でもあんな化け物に挑もうなどとは思わないだろう。

 ガンッ!

 踵を返して家の中に戻ろうとした時、後ろから大きな音がした。振り返ってみるとオークがこの家の柵の一歩手前で止まっている。あんなやばい奴があんな小さな木の柵を乗り越えられないわけはないはずだが。

 オークが手を前に出すと柵の一歩手前のところでに侵入を阻まれていた。これはもしかしたら大魔導士の家を守るための障壁か何かか? これはいけるんじゃないのか?

「ウガガ!?」

 侵入を拒まれたオークはその場で侵入を拒んでいる壁のようなものを確認している。頼むから諦めてそのまま帰ってくれ!

「ウガ!」

 だが、俺の願いも虚しく、オークはその手に持った大剣を振り上げる。

「おいバカやめろ!!」

 そしてオークはその大剣を思いっきり振り下ろした。

 ギィン!!

「ウガ!?」

 だが大魔導士の障壁が勝ったようで、あの恐ろしいオークの一撃を弾き返した。しかしオークはそのくらいでは諦めてくれない。また大剣を振り上げ、障壁を破壊しようと何度もその大剣を振り下ろす。

 このままで障壁は持つのか? 今のうちに逃げたほうがいいのか?

「っ!!」

 やばい、もしかしたら大変なことに気づいてしまったかもしれない!あの元の世界と繋がっている扉だが、大魔導士はカギを開け、別世界の俺が扉を開いたと書いてあった。もしかしたらこの世界の者も、もうこの扉を通って元の世界に来れるのかもしれない。つまり、あのオークが扉を通って俺の世界にやってくる可能性があるということだ。

 どうしよう、どうしよう!

 あんな化け物が俺のアパートにやってくる? アパートの人達に逃げるように伝えるか? いや、こんなデタラメな話を信じてくれるわけがない。

 あのオークが元の世界にやってきた後のことを想像してしまう。さすがにあんな恐ろしい化け物であろうとも科学兵器やミサイルを使えば倒せるだろう。だが自衛隊が到着するまでにどれだけの時間がかかる? それまでの間にどれだけの人が死ぬ? 何十人、下手をすれば何百人の人があの化け物に蹂躙されるに違いない。

「……やるしかないか」

 いくらなんでもそんなことをさせるわけにはいかない。どうせ一度は捨てようとした命だ。俺は覚悟を決めた。

 継承した魔法の中で威力が高く、なおかつピンポイントの範囲で撃てる魔法、これだ!

 上級雷魔法であるライトニングキャリバー、狭い範囲に雷の剣を撃ち落とす魔法らしい。上級魔法の上に極大魔法というのがあるっぽいが、どれほどの威力になるのかわからない。まだ障壁は持っているからこれが駄目なら極大魔法を順番に試してみよう。もしかしたら弱点属性なんかもあるかもしれない。

 ふう?

 怖い、もしかしたらターゲットを俺に変えてこちらに向かってくるかもしれない。だがやるしかない!

「ライトニングキャリバー!!」

 杖を前に掲げ魔法を発動させる。先程まで試していた初級魔法や中級魔法を使っていた時とは異なり、身体の中から何かが抜けいく感覚があった。もしかしたらこれが魔力というものを消費した感覚なのかもしれない。

 オークの遥か上空に巨大な雷の剣が生成される。オークも気付いたようだがもう遅い。

「いっけええええ!!」

 バリバリバリバリ

「ウガアアアアアア」

 光り輝く金色の雷の剣がオークを襲う。思ったよりも凄まじい威力だ。こんな魔法に耐えられる生物なんて存在するのか?

 土煙が舞う中、様子を伺う。頼むぞ、立ってくれるなよ!

 ゆっくりと土煙が引いていく。そしてそこには立ち上がるどころかケシズミになったオークの残骸だけが残っていた。
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