上 下
22 / 78
ドライブでもしませんか?

しおりを挟む
『元気?』
「うん、げんき……」

 やっぱり彼の言葉をそのまま返すだけの私に、彼がほんの少し笑った音が耳に届く。
 ふふ、と言う、彼のいつもの笑み。その表情を思い出してしまって、なぜだか急に顔が熱くなる。

『亜矢さん、今から、ヒマ……?』
「……え、っと……」

 つき合っていた人とは一か月前に別れた。いまは残業にさえならなければ、毎日毎晩がヒマだ。けれどそんな恥ずかしい事情を自分から暴露できるはずもなく、見栄を張って言い淀んでみたりする。

『予定とかないなら、ドライブでもしませんか?』
「ドライブ……」
『うん』

 この時間から……? きみの仕事は……? 今からが稼ぎ時だったりするんじゃないの……? それとも今日は、お休みなの……?
 疑問ばかりが頭に浮かぶけれど、言葉には出来ずに全てを飲み込む。

『……イヤ?』

 彼の言葉を聞くと同時に、悲しそうに眉尻を下げてシュンとしている彼の姿が脳裏に浮かんだ。
 飼い犬の方のメープルも、私の体調が悪くて散歩に連れて行ってあげられない時とても悲しそうな表情をしていたっけ……。もっとも、弟に連れて行ってもらえると分かった途端、ブンブンと激しく尾っぽを振って喜んでいたけれど。

「えっと、……イヤじゃ、ない」

 私が行くと言わなければ、もしかすると他の女性を誘ったりするんだろうか。私に尋ねたのと同じように、可愛い声音で小首を傾げて「イヤ?」なんて聞いたりするんだろうか……。犬のメープルみたいに、私じゃなくても、誰でも良かったりするんだろうか……。

 そんな風に思ってしまって。そう思った次の瞬間には「イヤじゃない」と返事をしてしまっていた。

 ……どうかしてる。

 五つも年下で、しかもチャラくて、もしかしてホストで……。全然、私の好みじゃない。そんな男の誘いに乗るなんて、本当にどうかしてる。
 分かってるのに……。

 夕飯も済ませて、なんならお風呂も済ませてた。テレビでニュースでも見ながら適当に時間を潰して、あとは寝るだけ。そんな状態で、これから外出……?
 ほんと、どうかしてる。

 まだ少し半乾きの髪を慌てて乾かして、念入りにブロー。さすがにこの時間からフルメイクをするのはイヤだから、ほんの少しだけ粉をはたいて、唇に淡めの色のリップをのせる。
 私のこの派手な顔なら、目元メイクをしなくても結構ちゃんとメイクをしたように見えてしまうのがコワイ。
 まじまじと鏡を見つめたあと、ビューラーで睫毛をくるんとカールさせた。たったこれだけでますます派手な顔になって、自分の顔が心底キライになりそうだ。

 出来ればもっと可愛げのある顔が良かった、例えば後輩の若月ちゃんみたいな顔とか、同期の美紀みたいな。けれどもそれは無い物ねだりにしか過ぎなくて、私はこの派手な顔と一生付き合っていくしかない。
 どうやっても彼女たちみたいにはなれない、整形する以外には。整形なんて現実的じゃないし、だからと言ってもうどうしようもないから本当に嫌になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

処理中です...