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靴擦れするほどに

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 とても良い匂いがしてきて、私のお腹がますます空腹を訴え出す。何を作ってるんだろう?そう言えばあの日の朝の中華粥もとても美味しかったな……。
 お粥ぐらいなら私にも作れるんじゃないかと思って、実は家で一度作ってみようとしたんだけど……結果、鍋を燃えないゴミに出すはめに……。

 お粥って、米をドロドロになるまで煮るだけだよね? それなのに、見るも無惨な黒い物体になるだなんて……。

 自分の失敗を思い返している間にも彼はてきぱきとキッチンで作業をしている。そのあまりの手際の良さに、思わず見惚れてしまうほどだ。見た目はまぁまぁのチャラ具合なのに、この手際、ただ者じゃないな。
 あっという間にテーブルの上には美味しそうな食事が用意され……。

「出来たよ。亜矢さん、こっち来て」

 そう声を掛けられ、テーブルへと移動する。前と同じように椅子を引かれて、そこへ腰を下ろした。

「今夜のメニューは、ビーフシチューです」

 とても美味しそうな匂いを放っていたのは、これだったか。目の前にサッとサーブされて、私はそれに思わず魅入る。
 お肉がゴロゴロと入っていてとても美味しそう。他にもサラダ二種類とバゲット、赤ワインも用意されていた。
 至れり尽くせりで、まるでレストランに来たかのような錯覚さえ覚える。

「どうぞ召し上がれ」

 空腹にはあらがえず、私は「いただきます」と口ずさんで、シチューをぱくり。

「……おいしっ」

 お肉はスプーンでもすぐにほぐれるほどの柔らかさ。味も、とてもコクがあって、まるでお店のシチューみたいでびっくりするぐらい美味しい。深い味わいが赤ワインによく合っていて、どちらも止まらなくなりそうだ。
 私の反応を見た彼がホッとした表情になる。

「良かった。苦手なものとかあったらごめんね?」
「あ、ううん、大丈夫、好き嫌いない、から」
「そう? それなら良かった」

 好き嫌いは多分、ほぼない。誰かが自分のために作ってくれたものなら、だいたい何でも食べる。と言うか、自分が作ったもの意外は、ほぼ何でも食べられる。

 彼が作ったシチューがあまりにも美味しすぎて、あっという間に食べ終えてしまった。
 これは本当にこの男が作った食べ物なのか? もしかすると誰かプロが作ったものを皿に盛っただけなのでは……?
 私は食べられればいいから、別にそれでもいいけど。

 本当にあっという間に空になって、私のお皿だけ底に穴でも空いてるんじゃないかな、それか最初から入ってなかったかも、なんて思うぐらい美味しかった。

「おかわりあるよ?」
「……」

 いや、でも、もうこんな時間だし……。と思いつつも、「じゃあ、ひとくちだけ……」と、ついお皿を差し出してしまった……。

 気を付けろ、そのひとくちが、デブの元――。

 詠み人知らずの句が頭に浮かぶけれど、こんな美味しい食べ物を前にして我慢しろと言う方が無理と言うもの。

 そんな私の心の中を知ってか知らずか。
 顔の綺麗な男は、私がリクエストした“ひとくち”の倍の量を盛りつけて、にっこりと笑みながら「どうぞ」と私の前にお皿を置いた。

「ありがとう……」

 神様、欲深い私をお許し下さい……。
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