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目が覚めたら
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私は手を合わせて「いただきます」と口ずさみ、レンゲを粥へと沈める。細かく裂いた鶏肉と、赤いのはクコの実だろうか。彩りにネギの緑が添えられている。
この人、男なのに私よりもきっとずっと料理が上手そう……、どう言うことだ……。もはや敗北感しか感じない……。
すくい上げた粥にフーフーと息を吹きかけ、口の中へと運ぶ。優しい鶏スープの味が口いっぱいに広がり、とてもしあわせな味がする。
「……おいしい」
「ほんと? よかった」
私の前の席に座った彼がニコニコと見守る中、私はふたくち目、みくち目を口へと運ぶ。本当に美味しい。アルコールで疲れ切った胃袋に、優しく染み渡る。
あぁ、しあわせ……。
思わず、ほぅ、としあわせのため息をつく。優しさだけで構成されている世界に迷い込んだみたいな、不思議な感覚に陥る。
なぜだろう……。
胃袋が、身体が、心が、ほかほかと温かい。
生きているしあわせを噛みしめているうちに、いつの間にか目の前の器は空になっていた。この粥は、魔法の粥なのか……?
私は「ごちそうさまでした」と手を合わせて、顔を上げる。目の前には相変わらずニコニコと私を見守っている、綺麗すぎる男が座っている。
「お粗末様でした。全部食べてくれてありがとう」
彼はそう言ってから、驚くほど滑らかな仕草で立ち上がり、私の目の前にある空の器を手に取った。
「あっ、あの、片付けは、私が……」
「ありがとう。大丈夫だよ、亜矢さんは座ってゆっくりしてて」
「う……、はい……」
亜矢さん、と名前を呼ばれて、思わずビクリとする。そうだった、彼の名前、思い出せてないんだった……。
何だったっけなぁ、相当酔ってた時に聞いたんだろうなぁ、本当に全然思い出せない。最悪だ。社会人としてあるまじき失態。
深く反省していると、チャイムの音が鳴り響いた。彼はインターフォンのモニターを眺め、はぁ、とため息をつく。
「あー、もう来た。優秀すぎるのも困りものだなぁ。ごめん、ちょっと待ってて、受け取ってくるものがあるから」
ひらりと身を翻し、彼は部屋を出て行った。
その間に、私はこの部屋をぐるりと見回す。
大きなアイランド型のキッチンだけど、中の設備はどうやら業務用のもののようだ。
家庭用では見たことがないような大きな五徳のガスコンロ……こう言うのテレビで見たことがある、レストランの厨房なんかで使われているようなやつ。
無骨な感じのする業務用のキッチンがブルックリンスタイルのインテリアに上手くマッチしている。
「ごめんね、お待たせ」
そう言いながら戻ってきた彼の手には大きめの紙の手提げ袋が握られていて、それを私の方へと差し出した。
「はい、これどうぞ」
「……へ?」
「亜矢さんが着てたスーツとブラウス。クリーニングに出しといた」
「え……!?」
「バスローブ姿が色っぽいから僕としてはまだ見てたいんだけど、クリーニングを頼んだところが有能すぎて……。すぐ出来ちゃった」
いたずらっ子みたいにペロッと舌を出して笑う彼……。
あー、ねえちょっと。それ、狙ってやってたら、怒るからね?
綺麗な顔してそう言うことやるの、ホントに反則。
服を脱がせた経緯を聞こうかと思ったけど自分から脱いだ線も捨てきれない。
酔っ払って勝手にストリップショーを始めたのだとしたら恥ずかしすぎて、結局それについては触れることが出来なかった。
どっちにしたって、酔って迷惑をかけたことには変わりはない。
「あ、えっと、クリーニング、ありがとう。その、お代は……」
「ああ、いらない。僕が勝手にやったことだし。それに、僕も払ってないから。ホントに大丈夫」
「でも……」
「ほんとに大丈夫だから。て言うか、聞かれても値段分かんない」
「えっ。……えっと、じゃあ、ありがとう……」
「うん」
「き、着替えて来ます……」
「はい。……ふふ、ちょっと残念」
「……っ」
だからっ。そう言うの、ほんっとうに狙ってないよね!?
……もうっ。
顔が赤くなりそうなのをクルリと背中を向けることで隠して、私はベッドルームへと急いで駆け込んだ――。
この人、男なのに私よりもきっとずっと料理が上手そう……、どう言うことだ……。もはや敗北感しか感じない……。
すくい上げた粥にフーフーと息を吹きかけ、口の中へと運ぶ。優しい鶏スープの味が口いっぱいに広がり、とてもしあわせな味がする。
「……おいしい」
「ほんと? よかった」
私の前の席に座った彼がニコニコと見守る中、私はふたくち目、みくち目を口へと運ぶ。本当に美味しい。アルコールで疲れ切った胃袋に、優しく染み渡る。
あぁ、しあわせ……。
思わず、ほぅ、としあわせのため息をつく。優しさだけで構成されている世界に迷い込んだみたいな、不思議な感覚に陥る。
なぜだろう……。
胃袋が、身体が、心が、ほかほかと温かい。
生きているしあわせを噛みしめているうちに、いつの間にか目の前の器は空になっていた。この粥は、魔法の粥なのか……?
私は「ごちそうさまでした」と手を合わせて、顔を上げる。目の前には相変わらずニコニコと私を見守っている、綺麗すぎる男が座っている。
「お粗末様でした。全部食べてくれてありがとう」
彼はそう言ってから、驚くほど滑らかな仕草で立ち上がり、私の目の前にある空の器を手に取った。
「あっ、あの、片付けは、私が……」
「ありがとう。大丈夫だよ、亜矢さんは座ってゆっくりしてて」
「う……、はい……」
亜矢さん、と名前を呼ばれて、思わずビクリとする。そうだった、彼の名前、思い出せてないんだった……。
何だったっけなぁ、相当酔ってた時に聞いたんだろうなぁ、本当に全然思い出せない。最悪だ。社会人としてあるまじき失態。
深く反省していると、チャイムの音が鳴り響いた。彼はインターフォンのモニターを眺め、はぁ、とため息をつく。
「あー、もう来た。優秀すぎるのも困りものだなぁ。ごめん、ちょっと待ってて、受け取ってくるものがあるから」
ひらりと身を翻し、彼は部屋を出て行った。
その間に、私はこの部屋をぐるりと見回す。
大きなアイランド型のキッチンだけど、中の設備はどうやら業務用のもののようだ。
家庭用では見たことがないような大きな五徳のガスコンロ……こう言うのテレビで見たことがある、レストランの厨房なんかで使われているようなやつ。
無骨な感じのする業務用のキッチンがブルックリンスタイルのインテリアに上手くマッチしている。
「ごめんね、お待たせ」
そう言いながら戻ってきた彼の手には大きめの紙の手提げ袋が握られていて、それを私の方へと差し出した。
「はい、これどうぞ」
「……へ?」
「亜矢さんが着てたスーツとブラウス。クリーニングに出しといた」
「え……!?」
「バスローブ姿が色っぽいから僕としてはまだ見てたいんだけど、クリーニングを頼んだところが有能すぎて……。すぐ出来ちゃった」
いたずらっ子みたいにペロッと舌を出して笑う彼……。
あー、ねえちょっと。それ、狙ってやってたら、怒るからね?
綺麗な顔してそう言うことやるの、ホントに反則。
服を脱がせた経緯を聞こうかと思ったけど自分から脱いだ線も捨てきれない。
酔っ払って勝手にストリップショーを始めたのだとしたら恥ずかしすぎて、結局それについては触れることが出来なかった。
どっちにしたって、酔って迷惑をかけたことには変わりはない。
「あ、えっと、クリーニング、ありがとう。その、お代は……」
「ああ、いらない。僕が勝手にやったことだし。それに、僕も払ってないから。ホントに大丈夫」
「でも……」
「ほんとに大丈夫だから。て言うか、聞かれても値段分かんない」
「えっ。……えっと、じゃあ、ありがとう……」
「うん」
「き、着替えて来ます……」
「はい。……ふふ、ちょっと残念」
「……っ」
だからっ。そう言うの、ほんっとうに狙ってないよね!?
……もうっ。
顔が赤くなりそうなのをクルリと背中を向けることで隠して、私はベッドルームへと急いで駆け込んだ――。
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