上 下
4 / 78
目が覚めたら

しおりを挟む
 私は手を合わせて「いただきます」と口ずさみ、レンゲを粥へと沈める。細かく裂いた鶏肉と、赤いのはクコの実だろうか。彩りにネギの緑が添えられている。
 この人、男なのに私よりもきっとずっと料理が上手そう……、どう言うことだ……。もはや敗北感しか感じない……。

 すくい上げた粥にフーフーと息を吹きかけ、口の中へと運ぶ。優しい鶏スープの味が口いっぱいに広がり、とてもしあわせな味がする。

「……おいしい」
「ほんと? よかった」

 私の前の席に座った彼がニコニコと見守る中、私はふたくち目、みくち目を口へと運ぶ。本当に美味しい。アルコールで疲れ切った胃袋に、優しく染み渡る。

 あぁ、しあわせ……。
 思わず、ほぅ、としあわせのため息をつく。優しさだけで構成されている世界に迷い込んだみたいな、不思議な感覚に陥る。
 なぜだろう……。
 胃袋が、身体が、心が、ほかほかと温かい。

 生きているしあわせを噛みしめているうちに、いつの間にか目の前の器は空になっていた。この粥は、魔法の粥なのか……?
 私は「ごちそうさまでした」と手を合わせて、顔を上げる。目の前には相変わらずニコニコと私を見守っている、綺麗すぎる男が座っている。

「お粗末様でした。全部食べてくれてありがとう」

 彼はそう言ってから、驚くほど滑らかな仕草で立ち上がり、私の目の前にある空の器を手に取った。

「あっ、あの、片付けは、私が……」
「ありがとう。大丈夫だよ、亜矢さんは座ってゆっくりしてて」
「う……、はい……」

 亜矢さん、と名前を呼ばれて、思わずビクリとする。そうだった、彼の名前、思い出せてないんだった……。
 何だったっけなぁ、相当酔ってた時に聞いたんだろうなぁ、本当に全然思い出せない。最悪だ。社会人としてあるまじき失態。

 深く反省していると、チャイムの音が鳴り響いた。彼はインターフォンのモニターを眺め、はぁ、とため息をつく。

「あー、もう来た。優秀すぎるのも困りものだなぁ。ごめん、ちょっと待ってて、受け取ってくるものがあるから」

 ひらりと身を翻し、彼は部屋を出て行った。
 その間に、私はこの部屋をぐるりと見回す。

 大きなアイランド型のキッチンだけど、中の設備はどうやら業務用のもののようだ。
 家庭用では見たことがないような大きな五徳のガスコンロ……こう言うのテレビで見たことがある、レストランの厨房なんかで使われているようなやつ。
 無骨な感じのする業務用のキッチンがブルックリンスタイルのインテリアに上手くマッチしている。

「ごめんね、お待たせ」

 そう言いながら戻ってきた彼の手には大きめの紙の手提げ袋が握られていて、それを私の方へと差し出した。

「はい、これどうぞ」
「……へ?」
「亜矢さんが着てたスーツとブラウス。クリーニングに出しといた」
「え……!?」
「バスローブ姿が色っぽいから僕としてはまだ見てたいんだけど、クリーニングを頼んだところが有能すぎて……。すぐ出来ちゃった」

 いたずらっ子みたいにペロッと舌を出して笑う彼……。

 あー、ねえちょっと。それ、狙ってやってたら、怒るからね?
 綺麗な顔してそう言うことやるの、ホントに反則。

 服を脱がせた経緯を聞こうかと思ったけど自分から脱いだ線も捨てきれない。
 酔っ払って勝手にストリップショーを始めたのだとしたら恥ずかしすぎて、結局それについては触れることが出来なかった。
 どっちにしたって、酔って迷惑をかけたことには変わりはない。

「あ、えっと、クリーニング、ありがとう。その、お代は……」
「ああ、いらない。僕が勝手にやったことだし。それに、僕も払ってないから。ホントに大丈夫」
「でも……」
「ほんとに大丈夫だから。て言うか、聞かれても値段分かんない」
「えっ。……えっと、じゃあ、ありがとう……」
「うん」
「き、着替えて来ます……」
「はい。……ふふ、ちょっと残念」
「……っ」

 だからっ。そう言うの、ほんっとうに狙ってないよね!?
 ……もうっ。

 顔が赤くなりそうなのをクルリと背中を向けることで隠して、私はベッドルームへと急いで駆け込んだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

処理中です...