嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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永遠を

4.

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「もうほんと、大正解だわー」
「野村さんっ、もうやめてください~っ」
「あはは、照れてる照れてるー! かわいー!」

 野村さんにポフポフと頭を撫でられ、まるで子犬にでもなった気分だ。

 ……でも、本当に、とても嬉しい。大好きな職場の先輩に、そんな風に思ってもらえていて。

「……で、さぁ。若月ちゃんが同棲してるのって、もちろん専務と、だよねー??」
「あっ、あの……っ」
「え? まさか、違うの??」
「いや、あの、そう、ですけど、同棲ではなくて、」
「あーはいはい、世間ではそれを同棲と言うんですー。もう、愛されちゃって」
「……」

 もう返す言葉は見つからず、私は顔を赤くして金魚みたいに口をパクパクさせるだけだった。
 野村さんに勝てるはずもない……。

「あ、そうだ、急に仕事の話しになって申し訳ないんだけど、今日の午後は役員会議をすることにになったらしいから」
「あ、はい、分かりました」
「……多分、昨日の件を話し合うんだと思う」
「……」
「ちゃんと処分してもらわなきゃねー、アイツ。セクハラ部長。ああ、もう部長じゃなくなるよね、きっと」

 どう言う処分が下されるかは私には分からない。
 きっときちんと社内規定にのっとったかたちになるだろうと思う――。


 ――午後の役員会議が終わる頃に、私の席の内線が鳴った。

「秘書課、若月です」
『笹原です。これから各役員が役員室に移動するので、専務室にコーヒーを二つ持ってきて欲しいんですが、お願いできますか?』
「はい、分かりました、専務室にコーヒーを二つ、ですね」
『それと、野村さんには、社長室に日本茶を三つ、お願いしておいて下さい』
「社長室には日本茶を三つですね。分かりました」

 受話器を置いて、専務秘書の笹原さんからの伝言を野村さんに伝える。
 きっとすぐに会議室から移動して来られるだろうから、私たちは急いで給湯室へと向かった。

 私はコーヒーの準備、野村さんはお茶を準備する。

「緊急招集だったから社外取締役はオンライン参加だったし、今日いらっしゃってるのは、社長と副社長と、専務と、常務、あと篠宮取締役か……」
「あ、そう言えば私、篠宮取締役にはまだお会いした事がないです」
「あー、そっかー。普段は子会社の方にいるからねー」

 篠宮取締役は社長の弟で、子会社の社長を務めている。
 基本的に普段は子会社の方にいて、重要な会議の時だけこちらに来るらしい。
 こちらに来ることがあっても、必ずしもこのフロアに立ち寄るわけではないから、私はまだ一度もお会いしたことがい。
 社長の弟と言うことは、つまり、伊吹さんの叔父にあたる人だ。


「社長の弟さんなだけあって、篠宮取締役もダンディーで素敵よー?」
「そうなんですね……」

 伊吹さんはご自身でも父親似だとおっしゃっていたことがある。
 と言うことは篠宮取締役も間違いなく、とても素敵な方なのだろう。
 篠宮家の遺伝子、恐るべし……。

「じゃあ、コーヒー持って行ってきますね」
「はいはいー。私も社長室に行ってきまーす」

 それぞれの飲み物をトレーに乗せて、目的の役員室へと向かう。
 専務室をノックすると、笹原さんが扉を開けてくれた。

「若月さん、ありがとう。そのまま中まで持って行ってもらっていいかな?」
「はい、分かりました」

 笹原さんが、伊吹さんがいるであろう奥の部屋の扉をノックする。
 中から「どうぞ」と言う声が聞こえ、笹原さんが扉を開けた。
 笹原さんに「よろしく」と言って送り出され、私は初めて、専務取締役の部屋の中へと足を踏み入れる。

 専務へのお茶出しは基本的に、私か野村さんが入れたものを、笹原さんが中へと運んでくれる。
 社長、副社長、常務へのお茶出しも、基本的には同じように専属秘書が運ぶ。
 だから私がこの部屋に入るのは、ここへ入社してからが今日初めてだった。
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