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あの時も、いまも
3.
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「……っ」
思わず私は目を逸らす。けれども、二人がそこに存在することに変わりはない。
時折楽しそうな女性の声が漏れ聞こえてきて、耳を覆いたくなった。
「……ねぇ、伊吹も…………よぉ」
「俺が………でも………?」
話の内容までは、分からない。
だけど……親密そうに肩を寄せ合って眺めているそれは――ウエディングドレスのカタログだった……。
「……、……伊吹の……良い……。だから、伊吹に選んで……。いいでしょ? お願い」
「…………なら、これが良い」
「……ねぇ、…………」
一部分しか聞こえてこない会話。
どうしたって、聞こえなかった部分を補いたくなる私のバカな頭を、誰かどうにかして欲しい……。
ねえ、誰がどう聞いても、女性が男性に『一緒にウエディングドレスを選んで欲しい』と言っているようにしか聞こえないと思わない……?
ああ……、
やっぱりふたりは、もうすぐ結婚をするんだ――。
分かってはいたけど……。
それでもやっぱり、とても……とてもショックだった。
衝撃的な事実を知ってしまい、思わず私は俯いて、ギュッと唇を噛む。
……伊吹さんは、今日は一日、取引先との会合なんだと勝手に思い込んでいた。
私は伊吹さんの秘書じゃないから彼の細かいスケジュールまでは把握していない。お互い、いつもと違うスケジュールの時だけ報告する、と言う約束をしているだけだ。
私たちはプライベートな時間まで報告し合う関係性にない。だから、仕事の合間に婚約者に会うなんて約束を、私が聞いているはずもない……。
落とした私の視線の先に、さっき検索していた不動産情報の画面が目に入る。
……そうだよね。
もう本当に、出て行かなきゃ、ね。きっとそろそろ潮時なんだ……。
伊吹さんが結婚したら、当たり前だけど、私はただの邪魔者。
今だってきっと、私の存在はかなり邪魔なはずなのに……彼女はとっても寛大な人だ。
私だったらきっと、我慢できない。
嫉妬して、悲しくて泣いて、みっともない姿をさらすに違いない。
伊吹さんの隣にいられる権利は、私には無い。
だから、私に残されている選択肢は伊吹さんの隣なんかじゃなくて、あの部屋からさっさと出て行くことだけだ。
……新しい住処が会社から少しぐらい遠くたって、いいじゃない。
むしろそれぐらいの方が、結婚した二人を見かけたりしなくて丁度良いかも知れない。
私は再びスマホと向き合い、不動産情報と対峙した。
かなり時間をかけて検索した結果、いくつかここならと思える物件も見つかった。
また近いうちに不動産屋に足を運ばなくちゃ――。
それからほんの数日後のこと――。
その日の午後も、私は野村さんの隣で仕事に精を出していた。
仕事をしている時は一時的に色んな事を忘れられるから、それなりに忙しいことがとてもありがたかった。
不意に私のデスクの電話が鳴り、私はワンコールで受話器をとる。
かけてきた相手は、総務課の片瀬さんだった。
『記念誌の原稿を書いてるんだけど、過去の資料が欲しいの。書庫にあると思うから、探してきて欲しいんだけど』
「分かりました。どんな資料でしょうか」
必要な資料の内容を聞き取ってメモをし、電話を切った。
「なにー? 資料ってー?」
「あの、総務課の片瀬さんが、書庫で資料を探してきて欲しいとのことで……」
「片瀬かぁ。なんであの子、自分で行かないかなぁ。大丈夫? 分かる?」
「はい。分からなければ、内線で教えて貰っても良いですか?」
「もちろんいいよー。はい、これ鍵ねー」
「ありがとうございます。ちょっと行って来ます」
「はいはい、行ってらっしゃいー」
書き取ったメモと野村さんから受け取った鍵を持って、私は階下の書庫へと向かった。
思わず私は目を逸らす。けれども、二人がそこに存在することに変わりはない。
時折楽しそうな女性の声が漏れ聞こえてきて、耳を覆いたくなった。
「……ねぇ、伊吹も…………よぉ」
「俺が………でも………?」
話の内容までは、分からない。
だけど……親密そうに肩を寄せ合って眺めているそれは――ウエディングドレスのカタログだった……。
「……、……伊吹の……良い……。だから、伊吹に選んで……。いいでしょ? お願い」
「…………なら、これが良い」
「……ねぇ、…………」
一部分しか聞こえてこない会話。
どうしたって、聞こえなかった部分を補いたくなる私のバカな頭を、誰かどうにかして欲しい……。
ねえ、誰がどう聞いても、女性が男性に『一緒にウエディングドレスを選んで欲しい』と言っているようにしか聞こえないと思わない……?
ああ……、
やっぱりふたりは、もうすぐ結婚をするんだ――。
分かってはいたけど……。
それでもやっぱり、とても……とてもショックだった。
衝撃的な事実を知ってしまい、思わず私は俯いて、ギュッと唇を噛む。
……伊吹さんは、今日は一日、取引先との会合なんだと勝手に思い込んでいた。
私は伊吹さんの秘書じゃないから彼の細かいスケジュールまでは把握していない。お互い、いつもと違うスケジュールの時だけ報告する、と言う約束をしているだけだ。
私たちはプライベートな時間まで報告し合う関係性にない。だから、仕事の合間に婚約者に会うなんて約束を、私が聞いているはずもない……。
落とした私の視線の先に、さっき検索していた不動産情報の画面が目に入る。
……そうだよね。
もう本当に、出て行かなきゃ、ね。きっとそろそろ潮時なんだ……。
伊吹さんが結婚したら、当たり前だけど、私はただの邪魔者。
今だってきっと、私の存在はかなり邪魔なはずなのに……彼女はとっても寛大な人だ。
私だったらきっと、我慢できない。
嫉妬して、悲しくて泣いて、みっともない姿をさらすに違いない。
伊吹さんの隣にいられる権利は、私には無い。
だから、私に残されている選択肢は伊吹さんの隣なんかじゃなくて、あの部屋からさっさと出て行くことだけだ。
……新しい住処が会社から少しぐらい遠くたって、いいじゃない。
むしろそれぐらいの方が、結婚した二人を見かけたりしなくて丁度良いかも知れない。
私は再びスマホと向き合い、不動産情報と対峙した。
かなり時間をかけて検索した結果、いくつかここならと思える物件も見つかった。
また近いうちに不動産屋に足を運ばなくちゃ――。
それからほんの数日後のこと――。
その日の午後も、私は野村さんの隣で仕事に精を出していた。
仕事をしている時は一時的に色んな事を忘れられるから、それなりに忙しいことがとてもありがたかった。
不意に私のデスクの電話が鳴り、私はワンコールで受話器をとる。
かけてきた相手は、総務課の片瀬さんだった。
『記念誌の原稿を書いてるんだけど、過去の資料が欲しいの。書庫にあると思うから、探してきて欲しいんだけど』
「分かりました。どんな資料でしょうか」
必要な資料の内容を聞き取ってメモをし、電話を切った。
「なにー? 資料ってー?」
「あの、総務課の片瀬さんが、書庫で資料を探してきて欲しいとのことで……」
「片瀬かぁ。なんであの子、自分で行かないかなぁ。大丈夫? 分かる?」
「はい。分からなければ、内線で教えて貰っても良いですか?」
「もちろんいいよー。はい、これ鍵ねー」
「ありがとうございます。ちょっと行って来ます」
「はいはい、行ってらっしゃいー」
書き取ったメモと野村さんから受け取った鍵を持って、私は階下の書庫へと向かった。
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