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自分の選んだ道
4.
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「ただいま……」
パンプスを脱ぎ小さくそう呟くと、リビングのドアが開いた。
「結麻さん、おかえりなさい」
「ただいま帰りました。……あの、今日は急に、すみませんでした」
「いえいえ。野村さんと一緒だったんでしょう? たまには同僚と食事に行くのも良いと思いますよ」
「……はい」
「ただ……」
「……?」
「迎えに行ったのに」
「……え?」
「遅い時間にひとり夜の街を歩いて帰ってくるとか、俺の心臓がもたない。今度から迎えに行くから、連絡して」
「……えっと、」
駅から歩いて数分しかかからないから大丈夫です、と答えようとする前に「反論は聞かないからね」と返され、私は思わず口をパクパクさせてしまった。
伊吹さんはふわりと微笑みながら私に一歩近づくと、いつものように私の手を取る。
スルリと指を絡ませて、満足したような表情で私を見つめていた。
……どうしてこの人は、私のことをこんな風に丁寧に扱おうとするんだろう。
そりゃあ、お母様の前で演技をするために少しはこう言うことも必要なのかも知れないけど、本物の恋人なんかじゃないから、普段からここまでする必要があるだろうか。
そう思うけれど……彼の手を振り払うことなんて私には到底出来ない。
たとえ本物の関係でなくても、いまこの一瞬だけだったとしても、伊吹さんと一緒にいられて、こんなに近くに存在できて、触れることが出来る……。
こんなしあわせを、自ら手放せるわけなんか、ない……。
愚かだと分かっているけれど……。
伊吹さんに手を引かれ、リビングへと向かうと――
「……!?」
リビングのドアの向こうは、なぜだか花で溢れていた。
心臓が、思わずドキリと音を立てる。
「い、伊吹さん、これ……は……?」
「結麻さんと恋人になって、1ヶ月でしょう? だから、お祝いに」
「……っ」
まさか、そんな返事が返ってくるとは思いもしなかった。
恋人……? 偽の、なのに……?
しばらく茫然と飾られた花々を見つめる。
そして、この飾りが、伊吹さんひとりでは到底出来ないであろう事に、気付いてしまった……。
テーブルだけでなく、そこかしこに飾り付けられた綺麗なアレンジメントは、きっとあの女性が……この場に来て飾り付けたはずだ。
……そんなの、どう捉えて、どう考えれば良い……?
私は、どうすれば良いの……?
まだ言葉すら交わしたことがなかったあの頃、私は伊吹さんと彼女が仲良く手を振り合っている場面を、“infinity”で何度も、何度も、行くたびに目にしてきた。
ふたりはとてもとても親密そうで、見るたびにすごく胸が苦しくなった。
今はカフェに行く機会が減っているからそれを目にする事もなくなったけれど、――その代わりがこれなのだとすれば……神様はとても意地悪だ。
私の心を何度でも、奈落の底へと、容赦なく突き落とす。
「……っ」
また、涙を堪える時間がやって来たらしい。
私は笑顔を無理矢理、顔に貼り付ける。
「綺麗ですね、すごく……」
その言葉に嘘はないけれど。
「素敵です……」
この言葉にも、嘘は、ないのだけれど……。
それでも、心から、本心からそう口にしたわけではないと言う私しか知らない事実が、更に私の心を痛めつける。
もしも……もしもこれが本当の恋人同士だったとしたら、どんなに嬉しかったことだろう。
どんなにしあわせだったことだろう。
だけど…………。
「結麻さん」
伊吹さんの優しい声に、私の手をきゅっと握る伊吹さんの暖かい手に、ますます涙が込み上げそうになる。
でも、泣くわけにはいかなくて。
私は、奈落の底で、笑ってみせる――。
「……伊吹さん、ありがとうございます」
「うん」
ほら、大丈夫。
伊吹さんは、私の笑い泣きを、疑っていない。
喜びの涙――、そう見えてくれたなら、二度目の演技も、大成功だ。
ねえ。私って、演技うまくない?
女優になれそうでしょ?
主演女優賞、貰えそうじゃない?
レッドカーペット、歩けそうじゃない?
――だけど。
主役の隣に、好きな人はいないのだ。
ひとりだけで、赤い絨毯を歩いて行く。
この絨毯は、ずっと、ずーっと先まで続いているけど、ずっとひとりで……たったひとりで、歩き続けなきゃいけない。
それが、私の選んだ道……。
ちょっと、……ほんのちょっとだけ、寂しい、かな。
だけど、自分のくだした選択だ、責任を取らなくてはならない。
最後まで貫き通します。
だから……どうか、私の演技に騙されたままでいて下さい……、私の嘘を、見破らないで……。
どうか……、
どうか…………。
パンプスを脱ぎ小さくそう呟くと、リビングのドアが開いた。
「結麻さん、おかえりなさい」
「ただいま帰りました。……あの、今日は急に、すみませんでした」
「いえいえ。野村さんと一緒だったんでしょう? たまには同僚と食事に行くのも良いと思いますよ」
「……はい」
「ただ……」
「……?」
「迎えに行ったのに」
「……え?」
「遅い時間にひとり夜の街を歩いて帰ってくるとか、俺の心臓がもたない。今度から迎えに行くから、連絡して」
「……えっと、」
駅から歩いて数分しかかからないから大丈夫です、と答えようとする前に「反論は聞かないからね」と返され、私は思わず口をパクパクさせてしまった。
伊吹さんはふわりと微笑みながら私に一歩近づくと、いつものように私の手を取る。
スルリと指を絡ませて、満足したような表情で私を見つめていた。
……どうしてこの人は、私のことをこんな風に丁寧に扱おうとするんだろう。
そりゃあ、お母様の前で演技をするために少しはこう言うことも必要なのかも知れないけど、本物の恋人なんかじゃないから、普段からここまでする必要があるだろうか。
そう思うけれど……彼の手を振り払うことなんて私には到底出来ない。
たとえ本物の関係でなくても、いまこの一瞬だけだったとしても、伊吹さんと一緒にいられて、こんなに近くに存在できて、触れることが出来る……。
こんなしあわせを、自ら手放せるわけなんか、ない……。
愚かだと分かっているけれど……。
伊吹さんに手を引かれ、リビングへと向かうと――
「……!?」
リビングのドアの向こうは、なぜだか花で溢れていた。
心臓が、思わずドキリと音を立てる。
「い、伊吹さん、これ……は……?」
「結麻さんと恋人になって、1ヶ月でしょう? だから、お祝いに」
「……っ」
まさか、そんな返事が返ってくるとは思いもしなかった。
恋人……? 偽の、なのに……?
しばらく茫然と飾られた花々を見つめる。
そして、この飾りが、伊吹さんひとりでは到底出来ないであろう事に、気付いてしまった……。
テーブルだけでなく、そこかしこに飾り付けられた綺麗なアレンジメントは、きっとあの女性が……この場に来て飾り付けたはずだ。
……そんなの、どう捉えて、どう考えれば良い……?
私は、どうすれば良いの……?
まだ言葉すら交わしたことがなかったあの頃、私は伊吹さんと彼女が仲良く手を振り合っている場面を、“infinity”で何度も、何度も、行くたびに目にしてきた。
ふたりはとてもとても親密そうで、見るたびにすごく胸が苦しくなった。
今はカフェに行く機会が減っているからそれを目にする事もなくなったけれど、――その代わりがこれなのだとすれば……神様はとても意地悪だ。
私の心を何度でも、奈落の底へと、容赦なく突き落とす。
「……っ」
また、涙を堪える時間がやって来たらしい。
私は笑顔を無理矢理、顔に貼り付ける。
「綺麗ですね、すごく……」
その言葉に嘘はないけれど。
「素敵です……」
この言葉にも、嘘は、ないのだけれど……。
それでも、心から、本心からそう口にしたわけではないと言う私しか知らない事実が、更に私の心を痛めつける。
もしも……もしもこれが本当の恋人同士だったとしたら、どんなに嬉しかったことだろう。
どんなにしあわせだったことだろう。
だけど…………。
「結麻さん」
伊吹さんの優しい声に、私の手をきゅっと握る伊吹さんの暖かい手に、ますます涙が込み上げそうになる。
でも、泣くわけにはいかなくて。
私は、奈落の底で、笑ってみせる――。
「……伊吹さん、ありがとうございます」
「うん」
ほら、大丈夫。
伊吹さんは、私の笑い泣きを、疑っていない。
喜びの涙――、そう見えてくれたなら、二度目の演技も、大成功だ。
ねえ。私って、演技うまくない?
女優になれそうでしょ?
主演女優賞、貰えそうじゃない?
レッドカーペット、歩けそうじゃない?
――だけど。
主役の隣に、好きな人はいないのだ。
ひとりだけで、赤い絨毯を歩いて行く。
この絨毯は、ずっと、ずーっと先まで続いているけど、ずっとひとりで……たったひとりで、歩き続けなきゃいけない。
それが、私の選んだ道……。
ちょっと、……ほんのちょっとだけ、寂しい、かな。
だけど、自分のくだした選択だ、責任を取らなくてはならない。
最後まで貫き通します。
だから……どうか、私の演技に騙されたままでいて下さい……、私の嘘を、見破らないで……。
どうか……、
どうか…………。
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