嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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一緒に微睡む

3.

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「結麻さんが母と仲良くなってくれるのは、俺も嬉しいよ」
「……はい」

 頷くと、また優しく抱き締められた……。

 ――お母様がお風呂に入ると、伊吹さんは私を手招きして隣に座るように促した。
 少し間をあけて座ったのに、伊吹さんが身を寄せるように座り直したことによって、私と伊吹さんとの間の隙間は消えてしまっている。
 更には、手をキュッと絡めるように繋ぎ合わされて……。

「ねぇ、結麻さん」
「は、い」
「俺たちは母の前では恋人同士ですよね?」
「はい」
「しかも、同棲している」
「はい」
「同棲しているカップルが別々の部屋で眠るというのは、おかしいと思うんだけど。どう?」

 えっと、どう、って聞かれても、返答に困ります……。
 困り果てて伊吹さんを窺い見ると、いつも通りの美しい顔で、やっぱりいつも通り優しく微笑んでいた。

「……あ、の」
「今日は、同じ部屋で寝ようか」
「……え、え!?」
「主寝室のベッドは広いから、端と端で寝れば大丈夫」
「えっと、でも、」
「結麻さんの許可なしに、襲ったりもしないって約束します」
「えええ? えっと……?」
「……本当は抱き締めて眠りたいけど、それはなるべく我慢するから」
「あの……っ」
「じゃあ結麻さん、先に主寝室の方のバスルーム、使って良いですよ」

 ほらほら、と手を取ったまま私をソファから立ち上がらせる。

 えっ、待って待って、私、まだ心の準備が……!
 同じベッドで寝るってことだよね!?
 ……いやいや、無理でしょ!?
 いくら伊吹さんのベッドが広いって言っても、同じベッド、ですよ!?
 想像しただけでみるみる心拍が上がるし、顔も熱くなる。

 慌てふためく私を相も変わらぬ美しい笑顔で見つめる伊吹さんに、私は思わずクラクラしてしまった。
 耳元で伊吹さんに「ほら、着替え、取っておいで」と追い打ちを掛けるように囁き落とされ、私は自室へと着替えを取りにふらりと足を動かした。
 よろよろと歩きながら、これで良いのかどうか自問する。

 伊吹さんのベッドで、一緒に、寝る……?

 ひとりパニックになり、頭をブンブンと左右に振る。
 ちがう、ちがう、一緒に寝るんじゃなくて、同じベッドで……、あぁ、いや、一緒か、えええっと、…………とりあえず、気絶しそう……。

 のろのろと着替えを用意して覚束ない足取りでリビングに戻ると、伊吹さんは私が主寝室のバスルームへ向かうのを微笑みながら見送ってくれた……。

 バスルームでひとり身体を洗いながら、今晩をどうやって乗り越えるのかを考える。
 いや、乗り越えるのは無理かも知れない。
 たとえどんなにベッドが広くても、そんなに近い場所で眠るなんて……無理な気がする。

 今夜は眠れるだろうか……。

 ――お風呂から上がると、伊吹さんが「ん、髪、ちゃんと乾いてるね」と言いながら私の髪をスルリと梳いた。
 あたふたする私をリビングに残し、伊吹さんが寝室奥のバスルームへと消えていく。

 ……こ、こんなの、まるで本当の恋人同士みたいだ。

 伊吹さんは、お母様の前だから“恋人の演技”をしているだけだって分かっていても、どこか錯覚してしまいそうなぐらいに優しく、熱の籠もった瞳で見つめてくる。
 だめだと分かっていても伊吹さんへの気持ちを抑えられなくて、ドキドキが加速して、そして、切なくなる。
 伊吹さんは私のことを好きなわけじゃない。分かってる。
 そんなことは承知の上で、この同居を決めたはずだ。

 寝る前に少しお母様と三人で歓談しているけど、徐々に近づくその時に、少しずつ緊張も増していく。

 お母様が「私はそろそろ失礼するわね」と客室へと去ると、いよいよ、……。

「俺たちもそろそろ寝ようか」
「……はい……」

 端と端で眠るだけ……、たいした事ではないはずだ。

 伊吹さんがソファから立ち上がり、私の手を取る。
 お母様はもう客室へ行かれた。だからもう演技をする必要はない。
 それなのに、伊吹さんは甘く微笑んで、私を寝室へといざなう。

 今夜はきっと、眠れない夜になる――。
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