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貴方の想い人
3.
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カフェからマンションまではそう遠い道のりではないので、送っていただく必要は無いって何度も断ったけれど聞き入れて貰えず……。
カフェを出ると、道を挟んだ向かい側にある小さなお花屋さんが目に入る。
明るくライトアップされた美しい花々で溢れるそのお店は、まるでキラキラと輝く宝石のようだ。
花屋の店員である女性が、今から花束でも作るのだろうか、花を何本も選んで手に取っている。
私は思わず彼女から目を逸らした。
――見なければ良かった、見えないふりをすれば、良かったのに……。
彼女の姿を見ると、思い出したくない記憶が次々に蘇る。
「……結麻ちゃん? どうしたの?」
楓さんに声を掛けられ、私はハッと我に返った。
「ご、めんなさい、なんでも、ないです」
「……そう?」
「はい」
様子のおかしい私の顔を、楓さんが心配そうに覗き込む。
「なんでもない、です。行きましょう」
私はなんとか気持ちを切り替えて、足を踏み出した。
歩きながら、お互い名前以外のほんの少しの自己紹介をし合うと、楓さんは私より一歳年上だと言う。
「歳もほぼ変わらないんだし、敬語じゃなくていいよ?」
そう言って笑う彼は、やっぱりマスターが纏う雰囲気とよく似ていた。
楓さんは昼間の責任者らしいから、マスターが安心して任せられる人をと思って選ぶ時、自らと同じ雰囲気の人を、と思ったのかも知れない。
マスターと同じくとても優しい雰囲気だから、やっぱり話しやすいし、なぜだか安心できる。
ついつい話しすぎてしまいそうになるほど、マスターも楓さんも、聞き上手だ。
だけど――。
私は一度敬語で接してしまうとそれ以降は言葉を崩すのは苦手で、それを説明すると楓さんは「そっか。まぁ強要するようなことはしたくないから」と言ってくれた。
私が敬語で話すのは、本当はそれだけが理由じゃないけれど……。
マンションが見えてきた。
「送って下さって、ありがとうございました」
「どういたしまして。おやすみ、結麻ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
深々と頭を下げる私に、楓さんは笑いながら手を振った。
エントランスをくぐりながら振り返ると、楓さんはまだ手を振っている。
私はもう一度、ペコリと頭を下げた。
――玄関でパンプスを脱ぎながら、ふぅ、と小さく息を吐き出す。
楓さんと一緒じゃなかったら、私は、きっと……。
携帯をポケットから取り出し、まだ伊吹さんからの連絡がないことを確認する。
同居させてもらうことになった時に、お互いの帰宅時間を知らせ合うことを取り決めていた。
いつも私が先に帰っていて、夕飯の支度をしながら伊吹さんからの連絡を待つのが同居を始めてからの日常だった。
今はまだ8時すぎ。
取引先との会食なら、帰宅するのはまだまだ先だろう。
リビングのソファにドサリと腰を下ろし、ソファのふかふかの背もたれに背中を預ける。
優しく包み込むようなこのソファは、少し伊吹さんに似ている。
伊吹さんの持ち物は、どれも全部、どこか優しい。
伊吹さんが意識して選んでいるからなのか、それとも、伊吹さんが選んだ物だから私が勝手にそう感じてしまうのか……。
最早どちらなのか分からないけれど……。
そして……。
つい数十分前の出来事と同時に、何ヶ月も前のことを、頼んでもいないのに勝手に思い出してしまう私の頭の中を、誰かどうにかして欲しい……。
何度思い出して、何度こんな切なくつらい気持ちになればいいのか……。
楓さんがいなければ、カフェからの帰り道、私はきっと……いや確実に、泣いてた――。
――私の中でもまだ、ここ二週間ほどの急激な状況の変化には戸惑うばかりだった。
カフェを出ると、道を挟んだ向かい側にある小さなお花屋さんが目に入る。
明るくライトアップされた美しい花々で溢れるそのお店は、まるでキラキラと輝く宝石のようだ。
花屋の店員である女性が、今から花束でも作るのだろうか、花を何本も選んで手に取っている。
私は思わず彼女から目を逸らした。
――見なければ良かった、見えないふりをすれば、良かったのに……。
彼女の姿を見ると、思い出したくない記憶が次々に蘇る。
「……結麻ちゃん? どうしたの?」
楓さんに声を掛けられ、私はハッと我に返った。
「ご、めんなさい、なんでも、ないです」
「……そう?」
「はい」
様子のおかしい私の顔を、楓さんが心配そうに覗き込む。
「なんでもない、です。行きましょう」
私はなんとか気持ちを切り替えて、足を踏み出した。
歩きながら、お互い名前以外のほんの少しの自己紹介をし合うと、楓さんは私より一歳年上だと言う。
「歳もほぼ変わらないんだし、敬語じゃなくていいよ?」
そう言って笑う彼は、やっぱりマスターが纏う雰囲気とよく似ていた。
楓さんは昼間の責任者らしいから、マスターが安心して任せられる人をと思って選ぶ時、自らと同じ雰囲気の人を、と思ったのかも知れない。
マスターと同じくとても優しい雰囲気だから、やっぱり話しやすいし、なぜだか安心できる。
ついつい話しすぎてしまいそうになるほど、マスターも楓さんも、聞き上手だ。
だけど――。
私は一度敬語で接してしまうとそれ以降は言葉を崩すのは苦手で、それを説明すると楓さんは「そっか。まぁ強要するようなことはしたくないから」と言ってくれた。
私が敬語で話すのは、本当はそれだけが理由じゃないけれど……。
マンションが見えてきた。
「送って下さって、ありがとうございました」
「どういたしまして。おやすみ、結麻ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
深々と頭を下げる私に、楓さんは笑いながら手を振った。
エントランスをくぐりながら振り返ると、楓さんはまだ手を振っている。
私はもう一度、ペコリと頭を下げた。
――玄関でパンプスを脱ぎながら、ふぅ、と小さく息を吐き出す。
楓さんと一緒じゃなかったら、私は、きっと……。
携帯をポケットから取り出し、まだ伊吹さんからの連絡がないことを確認する。
同居させてもらうことになった時に、お互いの帰宅時間を知らせ合うことを取り決めていた。
いつも私が先に帰っていて、夕飯の支度をしながら伊吹さんからの連絡を待つのが同居を始めてからの日常だった。
今はまだ8時すぎ。
取引先との会食なら、帰宅するのはまだまだ先だろう。
リビングのソファにドサリと腰を下ろし、ソファのふかふかの背もたれに背中を預ける。
優しく包み込むようなこのソファは、少し伊吹さんに似ている。
伊吹さんの持ち物は、どれも全部、どこか優しい。
伊吹さんが意識して選んでいるからなのか、それとも、伊吹さんが選んだ物だから私が勝手にそう感じてしまうのか……。
最早どちらなのか分からないけれど……。
そして……。
つい数十分前の出来事と同時に、何ヶ月も前のことを、頼んでもいないのに勝手に思い出してしまう私の頭の中を、誰かどうにかして欲しい……。
何度思い出して、何度こんな切なくつらい気持ちになればいいのか……。
楓さんがいなければ、カフェからの帰り道、私はきっと……いや確実に、泣いてた――。
――私の中でもまだ、ここ二週間ほどの急激な状況の変化には戸惑うばかりだった。
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