嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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貴方の想い人

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 ――お仕事デートの最後に観覧車で涙を流し続けた私に、伊吹さんは優しく声を掛けて、本当にとても優しく接してくれて。
 繋いだ手を、決して離さないでいてくれて……。
 逆にそれが私にはとてもつらくて、どうしようもなかった。
 自分勝手だと分かっているから、ますます気持ちが落ち込む。

 ――でも、仕事に私情は持ち込まない。

 そもそも秘書課でのこのお仕事は、カフェのマスターと伊吹さんにお世話していただいたお仕事だ。
 紹介していただかなかったら、今頃私はその辺でのたれ死んでいたかも知れない。

 デート翌日の月曜日。

 私は初出社の日と同じぐらい気合いを入れて、仕事に臨んだ――。


「えーっ。テーマパークのお土産ー? もしかすると、デートだった!?」
「いえ、まぁ……、たまたま招待状をもらったとかで、ちょっと……」
「若月ちゃん可愛いもんねー、そりゃ彼氏ぐらいいるかー。え、どんな人!?」
「えっ? えっと、いや、彼氏では、なくてですね……」

 昨日のお土産を先輩の野村さんに渡したところ、朝からこんな風に詰め寄られることに……。

「はいはい、若月ちゃんの主観は、却下ーっ」
「ええ!?」

 まさか我が社の専務である伊吹さんと一緒に行ったとは言えず、誰と行ったかと言うところを伏せて曖昧な感じでお土産を渡したら、この反応だった。

 女の子同士で行ったとは思ってもらえないのかな……。
 普通に女の子のグループも結構いたんだけどなぁ。

「若月ちゃんの彼氏って、どんな人ー???」

 興味津々で聞いてくるので、私はもう一度「いや、あの、彼氏じゃないです」と返した。

「またまたー。若月ちゃん可愛いから、彼氏の一人や二人や十人、いや、いっそ百人ぐらいいても、おかしくないよねー!?」
「の、野村さん、百人もいたらダメだと思いますし、そもそも一人もいませんっ」
「いやいや、その手は食わないわよ!?」
「どんな手ですかっ」

 どうやら完全に誤解されているらしい。
 何度も「彼氏じゃないです」と言っても、なぜか全然信じて貰えない。
 そうこうしているうちに始業時間になったので、私は諦めて仕事に没頭することにした。

 ――野村さん、私、彼氏いませんからね……!?

 昼休憩の時にも野村さんに何度か「彼氏ってどんな人?」と攻撃を受け、そのたびに「いません」と繰り返し、最後まで納得して貰えないまま、終業時刻を迎えた。
 ……な、長かった。

「若月ちゃん、お疲れ様ー。彼氏によろしくねー」

 手を振って先に帰って行く先輩に頭を下げ、私も帰り支度を始めた。
 今日は伊吹さんは取引先との会食で帰りが遅いので、私は久しぶりに、あのカフェに寄って帰ろうと思っていた。

 普段なら定時を少し過ぎた頃に会社を出てスーパーで夕飯の食材を買って帰り、二人分の夕飯作りをするところだけど、今日は伊吹さんの夕飯は必要ない。
 ひとりだし適当に残り物で作れば良いかな。

 と言うわけで、私は二週間ぶりに、カフェ『infinity』に足を運んだ。
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