六畳半のフランケン

乙太郎

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つまるところボクら排他的社会人

何度目かの日常

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…聡君?

…つふつ

…トルくん?

…ふつふつふつ

…サトルさん。

…グツグツグツ

「おはようございます。サトルさん。」

霞んで映り込む、華奢な造形のキミ。
テレビに食いついて背中で迎えていた彼女も
…今では日々の始まりを共に繰り返すまっとうなパートナー。

んっ…ぐうぅ…

「あ、ああ。おはよう。ユリネ。」
「はい。只今の時刻は6時15分です。」

微かに明るんで六畳半。
上体を持ち上げて大きく背伸び。
彼女が6時15分というのであれば
やはりそのとおりなのだろう。

「っう…悪いね…いつもなら一人で起きられるんだけどな…」
「お構いなく。同居人としては
至極当たり前の行動規範のようですから。」


僕、青ヶ峰聡の朝は早い。
なにせ職場では中退いびり故の雑用担当。
作業場の準備をあらかた済ます為にも
本稼働の9時、その1時間前の8時には
いつも現場入りをしているのである。
僕の勤務先の整備工場は坂の上に位置する
この住処から歩いて30分と言ったところ。
居住区と車道交通の分離が進んだこの
宙羽ヶ丘の住宅街からの車通勤は
大回りを強いられて所要時間20分とどっこいどっこい。
そんなワケでガソリン代の節約も兼ねて
ハレのヒは決まって徒歩通勤を選択している。
要するに職場環境からして
7時半には家を出る必要がある朝を毎日送っているワケだ。

まず起きて身だしなみを整える。
歯磨き、うがい、顔洗い。
顔…あら…

…ツグツ
…ボコボコボコボコ!

カチっ
ひねる。否、しめる。
中止、中断、および…

「ねぇ…ユリネ…?」
「なんでしょう?」

混乱が理性による詮索を拒んでいる不可思議にて
一応、小休止の中庸。

「この…煮えたぎっている茶色の
ドロッとした液体は何…?」

カレー、じゃ、ない。

「回答。人体の代謝機能における必要栄養素補給のため
食料備蓄をミキサーにかけ加熱処理を施したもの。
、で、すよ?」

あー…

「待って。ちょっと待って。
…これは、どうして?」
「回答。蒼ヶ峰聡に対し当該行為が
ルーティンタスクに於けるストレスであると分析。
役割ロールを適用されていない者による代替を提案、
及び実演による検証結果。」

顔を洗ったんだから、目元と鼻を覆う。
用意していた白タオルでもって。
雫を拭い去る、拭い去る。
眠気と共に拭い去る、拭い去る。
覆って仰いで耽ってみせて。
早朝。惰性のライフワーク。
飛び入りのイレギュラーに
拙いワカバの社会人は一旦のタスク整理。

その…なんだ?
あれ…彼女なりの朝食で
これ…全くの善意、だったんだな?

「…本検証がサンプリングにおいて
不適であると判断。
…朝ご飯は廃棄処分いたします。」

だってのに。
かの提案者はアソビの無い所作で持って
ようやくの風変わりな成果物を
流しに傾けてしまおうとする。

「待って、ちょっと待って!
べ、別に責めてるわけじゃないよ!
あ、ありがとう。ただまぁ朝ご飯としちゃあ
余りにもプレーンかなぁってさ?
捨てるのも勿体無いし
とりあえずキッチン周りは不可侵で!ね?」

こてん。と首を傾げるユリネ。

「…わかりま、した?」

カコッ…
蓋をする。
ついでに冷蔵庫を開ける。
…おおよそ全滅。
…バタム

「いいや、どうとでもなる筈だ…
カレースパイスで臭みを…
いざとなればコンソメ顆粒で…」

どうとでもなるかもしれない。夕飯は。
未だ対面…否、直面することを避けていた問題に腕組みする。

「なぁ…ユリネ。」
「はい、なんでしょう。」
「今日は…僕からの朝ごはんは抜きだ。
お昼ですら、用意できやしない。」

別にワタシは朝ごはん、で事足りま、ーーー
「そういうわけにもいかないだろ?」

来るであろう返答を言い切るその前に遮った。
…流石にこんなゲテモノ。
仮にも病気明けの百合音に食べさせられないだろう。

「…でもキミには三食きっちり食べてもらわなくちゃ。」

ーーー、だから。当然ながら。

「このカギを、キミに預ける。」

ほら、てぇ出して。
掬い上げるように突き出された両手。
脱力したソレを片手で支えてしっかりと握らせた。

彼女は、ユリネは。
自らの手のひらに収まった金属板を
持ち手をやんわりと摘んで
その凹凸をまじまじと眺めている。
ボクは、蒼ヶ峰聡は。
降って湧いた、いや、現れを予期していた
彼女の兆し、転換点に思わず逡巡を繰り返していた。



…いつかは、やらなくちゃいけないことなんだ。
退院後の度重なる定期検診。
すっかり瑕疵なしと言い渡された健康面だが、
それ故に通院の目的は専らユリネのメンタルケアに移っていた。

「叶芽百合音さん?
あれから何かご気分の悪いようなことは?」

こてん。と首を傾げるユリネ。

「いいえ。一切ありません。
検査結果を見れば明らかですが?」
「…それは良かった。
では、彼とお話があるので一旦外でお待ちください。」

さあ、叶芽さん…こちらですよ…

無表情に覆われていても
何か腑に落ちない様を滲ませながら
彼女はナースに誘導によって退室した。

「ふぅ…」

深い溜息。
込められているであろうイロは当然、
付添のボクの気持ちを曇らせる。
だが一切の遠慮が向けられていない以上、
蒼ヶ峰聡にそんな反応を感じさせることまで
恣意的なものなのだとはっきり理解できた。

…ですか」
「…はい。そうみたいで…」

重苦しい空気感に思わず苦笑い。
精神科医の先生はヘタレ自称パートナーの態度に
一層表情を曇らせる。

「そうみたいで。じゃないですよ。
貴方、それでも叶芽さんの伴侶、なんでしょう?
コレは貴方がた二人の問題なんですからね。」

白衣に身を包んだ年配の男性。
言い諭すような体をとってはいるが。


それと立ち去る際のナースの冷たい目線…
そりゃあ有名人か。
何度もこの病院にはやっかいになっている。
そして現場第一線で数々の患者を見てきた
彼らからしてみれば。

ーーー、完全にボクが悪の元凶てわけね…

「一切ない、わけないんですよ。
ケースの少ない治療ですから
はっきりしたことは分かりませんが
彼女の肩甲骨から首筋、頬にかけての熱傷痕。
皮膚表面の再建手術を行いましたが
戻せたのは変色、壊死の可能性のある表面だけで
傷はそのまま、感覚神経だって治療出来るものじゃないんです。
どんな後遺症があるかなんて診る側の我々では分からない。
向き合えるのは彼女とパートナーの貴方だけなんですよ。」
「は、はい…」
「恐らく彼女が不調を訴えないのは
その不調を自らの心を麻痺させて
直視しないようにしているからでしょう。
身体の負傷も心に深く刻まれた傷も
繰り返していく生活がある程度まで癒してくれます。
ですが1番苦しいのは、傷を負った当初の
自認の至らない遊離した感覚から、日常に戻るリハビリ期です。
今は気丈に振る舞っている彼女ですが
少しずつ社会復帰の意思が垣間見えるような
行動が出てきた時は彼女の側で寄り添いながら
不安定な叶芽さんを応援してあげて下さい。
それが我々、当事者以外に出来る
唯一無二のメンタルケアなんですから…」


ソファの前にて立ちつくし、視線を揃える彼女…
映える長髪の合間から。
垣間見、うなじの熱傷痕。
有機的、なめらかなボディーライン。
対称にその肌色に走る幾何学模様。

手持ち無沙汰な座席の空間。
セオリーに未だ不慣れなタチも相まって
のっぺりとした病棟に不揃いのアシンメトリーが
検診に訪れる老人たちの視線を集めている。


「定期検診、済みましたか?」

診療室を出て、声を掛ける一拍。
そんな一幕の間隙を彼女は気取って
半身、振り返る。

「あ、ああ…待たせたね」

ご丁寧に正面入り口まで御見送り。

わ、わざわざありがとうございます

屋外にて降り注ぐ光源に
ロータリー側を俯く彼女に代わって受け答え。

唐突、応対が済んでふらっと歩みを進める。

「ちょ…危な、ーーー」

タクシー、送迎のクルマをぬって。

「…?」

歩幅、ストロークとは不自然に
とうに対岸で立ち止まる彼女。


手を、取るべきだった。
取れなかったのか、取らなかったのか。
今となっては、自分でも定かではないが。



「ーーー、トルさん。
いかが、なさいましたか?」

彼女が斜め下から覗き込む。

「…あぁ。いや、なんでも。」

でもまあ。はっきり言えるのは。

「もうこんな時間だ。そろそろ行くとするよ。
…一通り、出来るよね?分からなくとも
連絡してくれて構わないからさ。
ホラ、教えたろ?この前、電話の使い方。」

彼女は今、ボクの手を必要としていないってコトだ。

「はい。いってらっしゃいませ。」

権利と義務。
ささやかな喜びを分かつ重たいスチールドア。
バタンと閉めて、鍵をまわ、ーーー

「………」

そんなルーティンは、今日限り…かもな…
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