僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 二人はこっちの世界に戻って来ても、ラブラブな空気を保ち続けた。気持ちは充分理解できても、この状態で神社に来させる訳にはいかない。とはいえそれを強要するなどできっこなかった僕と輝夜さんは、可能な限りゆっくり歩を進めて、後方数メートルにいる二人の時間が少しでも長くなるよう努めた。そのはずだったのに、末吉を間に挟んでゆっくりゆっくり歩を進めるうち、
 ―― 子供の歩幅に合わせて歩く夫婦
 になった気が、僕と輝夜さんはだんだんしてきた。それを、北斗と昴が見逃す訳がない。
「いよっ、熱いね二人とも!」「輝夜、恥ずかしがらずもっとくっ付いて!」
 系のヤジを、後続の二人から散々かけられるハメになってしまった。でもまあそれは、二人が外界に注意を払えるようになったという事だから、目的を達成したと考えて良いのだろう。ならば次なる僕の使命は、世界一好きな人を救い出す事。昴に心中を見透かされて恥ずかしいやら、と同時に見透かされているのだからいっそ開き直ってもっともっとくっ付きたいやらの混乱状態に、輝夜さんはなっていたのだ。その手を両手で優しく包み、僕は語り掛ける。
「石段を登る時間は、僕たち二人だけのために使おう」
 一瞬目を見張るも、
「はい、眠留くん」
 輝夜さんは満開の花を面に咲かせた。そして僕らは手をしっかり繋ぎ、雲一つない空へ続く石段を、ゆっくりゆっくり登って行った。それは恋人同士の時間に他ならず、一生忘れない甘やかない出になると僕は考えていたのだけど、蓋を開けてみるとそれは、誤解という巨大なオマケの付くい出となった。石段を登り切った場所で合流した北斗と昴と美鈴と話すうち、美鈴がこう言って頬を膨らませたのである。
「だってお兄ちゃんと輝夜さんが二人きりの時間を過ごせるよう石段の下で待ってくれている北斗さんと昴お姉ちゃんに、申し訳なかったんだもん」と。

 遡ること数分前、部活から帰ってきた美鈴は、石段の下にいる北斗と昴を目にするや、昴の苦悩が終わったことを確信したらしい。一昨年の五月に翔人の道を歩み始めた昴は、それを北斗に明かせぬ苦悩をずっと背負い続けてきた。それがすべて解消されたことを、石段の下で待つ昴を一瞥するなり美鈴は感じ取ったそうなのである。よって美鈴は昴に駆け寄りお祝いを述べ、しかしそれはすぐさま喜びの涙に変わり、そんな美鈴を昴が介抱する様子に、今度は北斗が涙を浮かべた。けどそこは、さすが北斗なのだろう。昴のためにこうも喜んでくれることへのお礼と、美鈴にも秘密を明かせぬ苦労をかけたことへの詫びと、翔人を目指すことになった抱負と覚悟を、北斗は美鈴に堂々と伝えた。男らしさと誠実さを見事に融合させた北斗の傍らで、昴は「北斗をこれからよろしくお願いします」と、美鈴に腰を折ったと言う。そんな二人を石段の下に待たせている兄の妹として、申し訳ない気持ちがこみ上げてきた美鈴は予定を前倒しし、翔人としての自分で二人の誠意に応える選択をした。そう美鈴は翔人としての挨拶を北斗と既に交わしており、そしてその理由が、「だってお兄ちゃんと輝夜さんが二人きりの時間を過ごせるよう石段の下で待ってくれている北斗さんと昴お姉ちゃんに、申し訳なかったんだもん」だったのである。
 という美鈴の誤解を、「いやいや違うって、二人きりの時間を最初にプレゼントしたのは僕と輝夜さんだから、北斗と昴はそのお返しをしてくれたんだよ」と可及的速やかに解きたかったが、それはできなかった。昴の苦悩が解消したことを、昴も含めて三人で手を取り合って喜ぶ娘達の邪魔をするなど、僕には絶対無理なんだね。
 まあでも以前と違い、翔家翔人を含むそれら諸々を全部理解した北斗が、僕を慰めるよう肩を優しく叩いてくれるようになったのだから、誤解を解くのを後回しにするくらい全然かまわないだろう。
 なんて僕の考えは後から振り返ると、浅慮以外の何物でもなかったのである。

 それはさて置き、境内から場所を移した拝殿内。
 翔人としての祖父母と、同じく翔猫としての猫達を北斗に紹介する時間は、和やかさと笑いに終始した。それは多分、翔人の道に北斗がそろそろ足を踏み入れることを祖父母と猫達は予期し、心の準備を終えていたからなのだろう。僕と末吉以外の皆には、視覚情報としてそれが明瞭に見えていたような気が、僕は何となくした。
 拝殿で行われる紹介の義も、残すところ精霊猫のみとなった。ここまでずっと和やかさと笑いが溢れていたから、このままそれが続くと僕は思っていたけど、それは違った。空中に出現した光の渦から十二匹の精霊猫が降臨したとたん、北斗がカチンコチンに硬直してしまったのだ。翔家翔人と関りを持った直後ではいかに北斗といえど、水晶を始めとする精霊猫達の放つ神気の前では、蛇に睨まれた蛙になるしかなかったのである。
 もちろん精霊猫達はそれを察し、北斗に優しく挨拶した。しかしその柔和さがかえって北斗に、精霊猫達の偉大さを悟らせたらしい。北斗は礼に則った自己紹介をするのが精一杯で、続く歓談時も、心身の硬直状態を自力で解くことが出来ずにいるようだった。自力で無理なら他者が助けるのは当然であり、本来なら親友の僕がそれをするのが一番自然なのだけど、それは躊躇われた。水晶に心酔しきっている昴にとって、水晶の偉大さを北斗が理解している光景は、喜ばしい出来事だったからである。翔人について北斗に明かせぬ一年十ヵ月越しの苦悩が消え、そこに眼前の光景の喜びが加わった昴は、四千年の記憶を持つ僕をも驚かせるにこにこ顔になっていた。それを一秒でも長く続けさせてあげたいという僕の真情が、北斗への助力を躊躇わせていたのだ。
 そんな僕を、ある意味助けてくれたのだろう。重要事項なので繰り返すが、躊躇う僕を「ある意味」助けてくれたのは、美鈴だった。僕と北斗と三人娘の中で唯一、石段の一幕を誤解している美鈴は、その誤解を北斗の緊張を解く話題として取り上げたのだ。昴が今とても良い表情をしていることを、石段下での表情にさりげなく結びつけ、そして「そういえばこんな事があった」と偶然思い出したていを装い、ただの誤解を真実としてぶちまけたのである。大吉は僕の胸中をおもんばかり苦笑しているだけだったが、中吉と小吉は美鈴の試みの成就こそが最善と判断したのか、僕の不誠実さを叱った。昴は咄嗟にそれを訂正しようとするも、そのためには自分と北斗のラブラブ振りを説明する必要性に思い至り、顔を赤くして俯くだけだった。そんな昴に輝夜さんが何かを耳打ちし、それに顔を爆発させた昴は何だかんだで輝夜さんとキャイキャイ始め、その輪に美鈴が光の速さで加わる。といった具合に、心底楽しげにしている三人娘の邪魔など、僕にできる訳がない。僕はさっきの昴以上に俯き、「美鈴の誤解を可及的速やかに解かなかったことがこの事態を招いたんだ、僕の浅慮だったんだ」と、自分に言い聞かせていた。
 そんな僕を救えるのは、つまり僕の冤罪を晴らせるのは自分しかいないと、北斗は気づいたらしい。事の真相を、北斗は皆に話して聞かせた。理路整然としつつも堅苦しくなく、描写に富みつつも饒舌ではないという、自分の得意分野を活かして真相を説いた北斗は、皆から大層感心されていた。北斗自身もそれを足掛かりに、心身の硬直状態を自力で解消できたみたいだから、万々歳なのである。しかも、
「そうだったのにゃ。おいら全然気づいていなかったにゃ、北斗ありがとにゃ」
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