僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

休暇明け初日、1

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 学期間休暇が終わり、後期初日の十月六日。
 朝のHRが始まる二分前の、教室。
「みんなお早う、久しぶり!」
「「「「久しぶり~~!」」」」
 文化祭実行委員の九人と、僕は朝の挨拶を交わしていた。
 学期間休暇を、委員疲れの回復に充てた僕ら十人はこの五日間、委員としての交友を意図的に絶ってきた。男特有のおバカメールを智樹や久保田と、友人同士の近況報告メールを那須さんや香取さんと交わすに留め、委員掲示板に顔を出すことも僕らは控えた。唯一の例外が昨夜午後八時五十五分に智樹が突如送ってきたメールで、そこに記された「明日のHR前、教室で委員十人と二分ほど語らいたい」との文面に僕は文句を二つ言いたかったが、メールの最後にことさら目立つ書体で「返信不要、特に眠留」と但し書きされていたため引き下がるしかなかった。就寝時間五分前を狙って送ってきたことと、HR前の二分という個所の二つに不平を言いたかったのだけど、ああも強調されたら諦めるしかなかったのである。
 それはさて置き、明けて今日。HR前の教室で五日ぶりの再会を果たした同僚達は皆が皆、回復を完全に済ませた若さ漲る顔をしていた。とりわけ那須さんはそれに加えて美少女要素が、いや要素とも呼ぶべき大人の雰囲気が増していて、心臓がドキリと跳ねてしまった。その誤魔化しも兼ね、
「智樹テメエ、やっぱ二分前は僕だけだったんだな!」
 僕は智樹を強烈なヘッドロックで締め上げてゆく。幸い久保田を始めとする男子委員がすぐ乗っかってくれたのでドキリの指摘は免れたが、それは武士の情けに過ぎず、ホントはみんな気づいていたと思う。というか、心臓ドキリからヘッドロックに至るこの一連の出来事は、休暇の五日間を文化祭の準備に捧げた那須さんに報いるべく、香取さんが発案したというのが真相なのだろう。事実上の接客責任者に立候補した那須さんは、接客業に向いていない事を自覚しているにもかかわらず、実家の経営する店舗で五日間働き接客技術を学んだ。その愚痴や苦悩を赤裸々に聴いたのは香取さんしかおらず、事実僕も那須さんと交わした近況メールでそれらを目にしたことは無かった。とはいうものの心配でならなかった僕は学期間休暇が始まる直前、香取さんとも仲が良い大和さんに事情を説明し、香取さんの五日間の様子をそれとなく見守ってもらっていた。それによると最初の三日を空元気で過ごしていた香取さんは、四日目の朝に外出してそのまま外泊し、そして休暇最後の昨日の夜、那須さんと一緒にAICAで寮に返って来たとの事だった。然るべき理由のある女子寮生が午後七時以降に帰寮する場合、寮間近までのAICA乗車が特別に許可されるらしく、初めてその特別許可をもらった那須さんを案じた大和さんは、昨夜二人を迎えに行ったと言う。大和さんは非常に心配していたが二人は思いのほか元気で、ただ午後九時十分という時刻だったこともあり、僕へのメールはタイマーを用いて今朝五時に届けられた。待ちに待った二時間半後、登校中にやっと大和さんとメールのやり取りをした際、「私へのお礼はHR二分前の順守だけでいいから」と念押しされた事から、
 ―― 二分前と智樹がメールに書いたのは僕だけ
 を確信するに至ったのである。それと並行し、確信までは行かずとも準確信的な「二分を守った方がみんな盛り上がる気がする」との閃きもあったのでそれに従ったけど、まさか心臓が跳ねるとは思わなかった。那須さんはいつもと変わらない制服姿だし、失礼を承知で強化視力を使っても化粧の類は一切していなかったのに、大人の女性の魅力をなぜああも感じたのだろうか。などと智樹の首を締め上げながら考察していると、千家さんの顔がふと脳裏をよぎった。どういう巡り合わせか那須さんについての相談事は、千家さんにするのが最近のお約束になっている。相談すると千家さんはとても喜んでくれるし、出雲での荒海さんのアレコレも訊いておきたかったし、向こうもそれを訊いてほしくてウズウズしている気がしきりとしたから、僕はもうすぐ始まる櫛名田姫との楽しいメールのやり取りについて思いを馳せていた。
 それが、隙になったのだろう。
「勝機を見つけたり!」
 智樹はそう言い放つや首をスポンと抜き僕を後ろから羽交い絞めにし、そしてそれを待ってましたとばかりに、野郎共が僕の一斉クスグリを開始した。そんな男子達に女の子たちは、
「文化祭実行委員の後期の仕事始め、成功したね!」
「「「成功したね~~!」」」
 などと意味不明なことを宣いつつ、キャイキャイ盛り上がっていたのだった。

 続くHRの最中、ちょっとしたサプライズがあった。連絡事項の時間に挙手した智樹が二十組の文化祭委員長として、那須さんの献身を公表したのである。皆はとても驚き口々にお礼を述べ、「応援に行きたかった」と訴える女子が予想どおり続出した。那須さんはその子達へ、接客業に向いていない自分を見られるのが恥ずかしかったことを正直に告げ、そして「下手なりに頑張ったから皆さんよろしくお願いします」と、ほがらかに笑った。その笑顔が堪らなく魅力的でまたもや心臓が跳ねるも、僕に注目するクラスメイトは一人もいなかった。皆が皆、似たような状態だったからだ。お昼のパワーランチが始まる前に少しでもその秘密を解明しておきたかった僕は、連絡事項の時間が終わるや2Dキーボードを出し、千家さん宛のメールを大急ぎで綴った。
 メール送信がどうにかこうにか間に合い迎えた、一限目。十人の同僚達と、クラスHPの実行委員掲示板でチャット会議を開いた。当初は一限目の最初の十分だけを充てる予定だったが、皆と語らう時間は楽しく、また有意義すぎて、気づくと五十分まるまるを使ってしまっていた。けどその甲斐は充分あり、接客訓練の大筋が決定し、そしてお昼のパワーランチで細部を詰めれば、放課後までに訓練スケジュールをクラスHPにアップする目途を立てることができた。僕らは大満足し、一限終了のチャイムに身を浸した。
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