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十九章
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では、何を狙っていたのか?
それは、時間。
バランスを崩しよろめいた事は、二本角から六十分の一秒という時間を奪った。それを加えた事により、戦車の砲撃から百二十分の五秒、言い換えると二十四分の一秒が経過していた。この二十四分の一秒があれば古典コンピューターでも、状況を見極めた上で最善の次の手を打てる。それは、
キキキキンッッ
二機のウォータージェットによる、電撃カッター網の形成だった。戦車先端に装備した軍事ウォータージェットは、太さ0.4ミリの伝導水溶液をマッハ4で噴射する。かつ0.05秒で、空中にWの字を描くことも可能だった。ウォータージェットは戦車一輌に二機装備されているから、四本の伝導水溶液が二本角のいる方角へ、向きがそれぞれ異なる四つのWを描いたのだ。伝導水溶液は撃ち出されてすぐ二カ所で重なり、重なった個所に放電を発生させた。複雑に絡み合った電気放電の網が、マッハ四で二本角へ突き進んでゆく。しかも四つのWは、至近距離ならダイヤモンドさえ切り裂くウォーターカッターでもあったのである。20メートル離れると流石にダイヤは無理になり、切断可能なのは厚さ3センチの鋼鉄を上限とするが、従来型サタンの外骨格はそれより弱いことが判明していた。二本角の外骨格の強度は未知数でも、傷一つ付かないことは無いはず。オールスターチームの放ったグレネードランチャーとは比較にならない速さの電撃カッターの網が、二本角へ迫って行った。
もっとも、厳密にはそれは網ではなく、またウォータージェットが描いたのもWではなかった。この機械がWを描くには二十分の一秒を要し、マッハ四は摂氏15度の大気中を、二十分の一秒で約70メートル進む。二本角までの距離は20メートルしかないのだから、最初の直線を引き終わるのがせいぜいだったのである。ただ前述したように、戦車に搭載されたコンピューターは現状を精査し、伝導水溶液が二本角の頭部近くで交差するようウォーターカッターを放っていた。それは二本角がよろめいている最中だった事もあり、充分な脅威になったのだろう。秒速1360メートルで迫りくる電気放電の防御を、バランスを取り戻すことより重視した二本角は、角の全てを覆い隠す一回り大きい防御次元窓を自分の前に展開した。
仮にこれらの超高速戦闘を目視できる人がいたら、防御次元窓が間に合ったことに気落ちしただろう。伝導水溶液は重なった個所で無数の飛沫を放出し、その一つ一つが放電の発生源になることで、電撃網の威力を増してゆく。二本角がもっと遠くにいて、重なった個所が十カ所以上あったら、次元窓に隠れても放電を免れない強力な網を形成できたが、二カ所は少なすぎた。よって「大きめの防御次元窓が間に合ってしまったか」と落胆したはずなのだ。
が、それは違う。
驚くべきことに学者チームは、戦車と二本角のこれまでの戦いを、全てシミュレーションしていたのである。
1. 二本角は、砲弾接触による弾道変化を予想しない。
2. 予想外ゆえ、自分に向かって来る砲弾に慌てる。
3. 二本角は上体を横に傾けることで、砲弾を避ける。
4. 砲弾の衝撃波に、二本角はバランスを崩す。
5. バランス回復より、電撃網の防御を二本角は優先する。
2の「二発の砲弾が頭部と足部へ進路変更した事」はただの幸運だが、それでも学者達は起こりうる未来の一つとしてシミュレーションしていた。その結果、以下三つの推測が立てられた。
『二本角が体を傾けて砲弾を避けたのは、慌てていたからではない。二発の砲弾の正確な弾道解析をすべく、テレポーテーション等のスマートな回避を、二本角は選ばなかっただけ』
『二発の砲弾の弾道を解析すべく研ぎ澄ましていたレーダーは、迫りくる電撃網を容易に探知する』
『二本角は六枚の次元窓を同時形成できるのだから、電撃カッターの防御用に一枚、二発の砲弾用に四枚の、計五枚を形成しても不思議はない』
上記三つの推測は、すべて的中した。
二本角は、
ゆらり・・・・
計五枚の次元窓を、同時形成していたのだ。内訳は、電撃カッターを防御するための一枚と、二発の砲弾用の四枚。砲弾用の四枚は、自分の後方に二枚と、戦車の直上に一枚ずつ。そう二発の砲弾は、後方の次元窓に吸い込まれるや、戦車の直上へ移動したのである。ゆえに、
カッッッ
砲弾が戦車を貫いた。その瞬間、
ドガ―――ンッッッ!!!
2000kgのTNT爆薬による大爆発が、全てを呑み込んだのだった。
TNTが爆発するまでの過程には説明が必要と思われるので、それを記す。
蛇足だろうが一つ目は、戦車が砲弾に貫かれたのは、3D映像にすぎないという事。戦車が撃ったのは実弾でも、次元窓は3Dの虚像なのだから、直上の次元窓から実弾が襲ってくるなんて事にはならないのである。
二つ目は、TNTの爆発も3D映像という事。ただ、破棄された古い戦車にTNT1000kgを搭載し、実際に爆発させる実験はしていたそうなので、二本角戦における威力は正確なはずと陸軍は報じていた。
三つ目は、二輌の戦車はどちらも遠隔操作型の、無人戦車だった事。戦争といえど量子AIに人殺しをさせる是非について国際的な大議論が行われていた時、「では人と人はいいのか?」という議論も並行してなされていた。前者はまだしも後者に国際協定が結ばれることを過半数の人は信じていなかったが、ある提案によって国際協定はあっさり結ばれた。その提案は、
―― 遠隔操作の技術開発なら、量子AIの力を借りても良いのではないか
だった。兵器を遠隔操作することで、戦争が勃発しても死者を極力出さないよう努める。このような未来のためなら量子AIに協力を頼んでも良いのではないか、と論じられたのだ。この提案は大多数の人に支持され、国連事務総長が量子AIへ正式に尋ねたところ、「喜んで協力します」との返答を得ることができた。これにより国際協定が結ばれ、兵器の遠隔操作技術は目覚ましい進歩を果たした。興味深いのは、
―― 米軍が二本角戦に全面協力した理由はそこにある
との見解を、複数の軍事専門家が述べている事。国家間で行われる大規模戦争には無人兵器が使われても、テロリストもそうとは限らない。テロリストが搭乗する兵器へ、精密砲撃や電撃カッターを用いねばならない局面があるかもしれず、そしてそのためには、古典コンピューターのアシストが不可欠。兵士の遠隔操作技術をどんなに高めても兵士の能力だけでは、砲弾を接触させる超精密砲撃や、二十四分の一秒で電撃カッター網の最適解を導き出すことは、不可能なのである。つまり、
―― 戦車に搭載する古典コンピューターの性能実験を、米軍は二本角戦でした
と軍事専門家達は述べたのだ。この見解はネット及び湖校新忍道部の双方で、肯定的に受け入れられている。
それは、時間。
バランスを崩しよろめいた事は、二本角から六十分の一秒という時間を奪った。それを加えた事により、戦車の砲撃から百二十分の五秒、言い換えると二十四分の一秒が経過していた。この二十四分の一秒があれば古典コンピューターでも、状況を見極めた上で最善の次の手を打てる。それは、
キキキキンッッ
二機のウォータージェットによる、電撃カッター網の形成だった。戦車先端に装備した軍事ウォータージェットは、太さ0.4ミリの伝導水溶液をマッハ4で噴射する。かつ0.05秒で、空中にWの字を描くことも可能だった。ウォータージェットは戦車一輌に二機装備されているから、四本の伝導水溶液が二本角のいる方角へ、向きがそれぞれ異なる四つのWを描いたのだ。伝導水溶液は撃ち出されてすぐ二カ所で重なり、重なった個所に放電を発生させた。複雑に絡み合った電気放電の網が、マッハ四で二本角へ突き進んでゆく。しかも四つのWは、至近距離ならダイヤモンドさえ切り裂くウォーターカッターでもあったのである。20メートル離れると流石にダイヤは無理になり、切断可能なのは厚さ3センチの鋼鉄を上限とするが、従来型サタンの外骨格はそれより弱いことが判明していた。二本角の外骨格の強度は未知数でも、傷一つ付かないことは無いはず。オールスターチームの放ったグレネードランチャーとは比較にならない速さの電撃カッターの網が、二本角へ迫って行った。
もっとも、厳密にはそれは網ではなく、またウォータージェットが描いたのもWではなかった。この機械がWを描くには二十分の一秒を要し、マッハ四は摂氏15度の大気中を、二十分の一秒で約70メートル進む。二本角までの距離は20メートルしかないのだから、最初の直線を引き終わるのがせいぜいだったのである。ただ前述したように、戦車に搭載されたコンピューターは現状を精査し、伝導水溶液が二本角の頭部近くで交差するようウォーターカッターを放っていた。それは二本角がよろめいている最中だった事もあり、充分な脅威になったのだろう。秒速1360メートルで迫りくる電気放電の防御を、バランスを取り戻すことより重視した二本角は、角の全てを覆い隠す一回り大きい防御次元窓を自分の前に展開した。
仮にこれらの超高速戦闘を目視できる人がいたら、防御次元窓が間に合ったことに気落ちしただろう。伝導水溶液は重なった個所で無数の飛沫を放出し、その一つ一つが放電の発生源になることで、電撃網の威力を増してゆく。二本角がもっと遠くにいて、重なった個所が十カ所以上あったら、次元窓に隠れても放電を免れない強力な網を形成できたが、二カ所は少なすぎた。よって「大きめの防御次元窓が間に合ってしまったか」と落胆したはずなのだ。
が、それは違う。
驚くべきことに学者チームは、戦車と二本角のこれまでの戦いを、全てシミュレーションしていたのである。
1. 二本角は、砲弾接触による弾道変化を予想しない。
2. 予想外ゆえ、自分に向かって来る砲弾に慌てる。
3. 二本角は上体を横に傾けることで、砲弾を避ける。
4. 砲弾の衝撃波に、二本角はバランスを崩す。
5. バランス回復より、電撃網の防御を二本角は優先する。
2の「二発の砲弾が頭部と足部へ進路変更した事」はただの幸運だが、それでも学者達は起こりうる未来の一つとしてシミュレーションしていた。その結果、以下三つの推測が立てられた。
『二本角が体を傾けて砲弾を避けたのは、慌てていたからではない。二発の砲弾の正確な弾道解析をすべく、テレポーテーション等のスマートな回避を、二本角は選ばなかっただけ』
『二発の砲弾の弾道を解析すべく研ぎ澄ましていたレーダーは、迫りくる電撃網を容易に探知する』
『二本角は六枚の次元窓を同時形成できるのだから、電撃カッターの防御用に一枚、二発の砲弾用に四枚の、計五枚を形成しても不思議はない』
上記三つの推測は、すべて的中した。
二本角は、
ゆらり・・・・
計五枚の次元窓を、同時形成していたのだ。内訳は、電撃カッターを防御するための一枚と、二発の砲弾用の四枚。砲弾用の四枚は、自分の後方に二枚と、戦車の直上に一枚ずつ。そう二発の砲弾は、後方の次元窓に吸い込まれるや、戦車の直上へ移動したのである。ゆえに、
カッッッ
砲弾が戦車を貫いた。その瞬間、
ドガ―――ンッッッ!!!
2000kgのTNT爆薬による大爆発が、全てを呑み込んだのだった。
TNTが爆発するまでの過程には説明が必要と思われるので、それを記す。
蛇足だろうが一つ目は、戦車が砲弾に貫かれたのは、3D映像にすぎないという事。戦車が撃ったのは実弾でも、次元窓は3Dの虚像なのだから、直上の次元窓から実弾が襲ってくるなんて事にはならないのである。
二つ目は、TNTの爆発も3D映像という事。ただ、破棄された古い戦車にTNT1000kgを搭載し、実際に爆発させる実験はしていたそうなので、二本角戦における威力は正確なはずと陸軍は報じていた。
三つ目は、二輌の戦車はどちらも遠隔操作型の、無人戦車だった事。戦争といえど量子AIに人殺しをさせる是非について国際的な大議論が行われていた時、「では人と人はいいのか?」という議論も並行してなされていた。前者はまだしも後者に国際協定が結ばれることを過半数の人は信じていなかったが、ある提案によって国際協定はあっさり結ばれた。その提案は、
―― 遠隔操作の技術開発なら、量子AIの力を借りても良いのではないか
だった。兵器を遠隔操作することで、戦争が勃発しても死者を極力出さないよう努める。このような未来のためなら量子AIに協力を頼んでも良いのではないか、と論じられたのだ。この提案は大多数の人に支持され、国連事務総長が量子AIへ正式に尋ねたところ、「喜んで協力します」との返答を得ることができた。これにより国際協定が結ばれ、兵器の遠隔操作技術は目覚ましい進歩を果たした。興味深いのは、
―― 米軍が二本角戦に全面協力した理由はそこにある
との見解を、複数の軍事専門家が述べている事。国家間で行われる大規模戦争には無人兵器が使われても、テロリストもそうとは限らない。テロリストが搭乗する兵器へ、精密砲撃や電撃カッターを用いねばならない局面があるかもしれず、そしてそのためには、古典コンピューターのアシストが不可欠。兵士の遠隔操作技術をどんなに高めても兵士の能力だけでは、砲弾を接触させる超精密砲撃や、二十四分の一秒で電撃カッター網の最適解を導き出すことは、不可能なのである。つまり、
―― 戦車に搭載する古典コンピューターの性能実験を、米軍は二本角戦でした
と軍事専門家達は述べたのだ。この見解はネット及び湖校新忍道部の双方で、肯定的に受け入れられている。
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