僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 真山のぶっ飛び振りに口をポカンと開けている人達には悪いが、開示不可能な情報もあった。それは日曜朝七時に、北斗が自分のファンクラブの女子達へ、真山に協力して欲しいというメールを送っていた事だった。前期委員騒動により二つのファンクラブは組織を改革し、健全な活動のみをする公式声明を出していたから、北斗のメールに機密性はない。学年全体に影響力のある二人が、文化祭を盛り上げるべく協力するのは、健全な活動に分類されるからだ。しかし、文化祭に関する自分達の協力体制を公表するのはまだ早いと北斗と真山が判断したため、現時点での開示は不可能だったのである。それらを十全に知っている実行委員は、僕と智樹だけ。よって、
「三つ巴の前例は、あるのか?」
 との問いかけは智樹にしてもらった。智樹に目で感謝を伝えて、僕は勝負に出る。
「それが、少し興味深くてさ。調べてみたら研究学校最大の謎が、そこはかとなく関係している気がするんだよね」
 一瞬の静寂ののち、秋吉さんが慌てて挙手した。
「ちょっと待って。猫将軍君それまさか、一年時と六年時のクラス分けが同じになる、あの謎の事?」
 皆に見えやすいよう、僕はくっきり首を縦に振る。と同時に、
 ガタンッッ
 机と椅子の立てた大きな音が小会議室に響いた。床の振動音の消去を相殺音壁は苦手にしているから、もしここが中会議室や大会議室だったら、隣の組の実行委員に迷惑を掛けていたと思う。智樹と那須さんと香取さんを除く六人が一斉に立てた驚愕の音は、それほど大きかったのだ。時間がなくて事前に伝えられなかったことを夕食会メンバーの三人に目で詫び、僕は先を続けた。
「湖校では去年までに、文化祭の学年優勝をかけた競争が93回行われている。三つ巴になったのは8回と意外に多く、その全てを五年生と六年生が占めている。内訳は六年生が4回、五年生が4回で、ここからが少し興味深くてさ。六年生で三つ巴になった学年はすべて、六年時と一年時のクラス分けが違っていた。そして五年生で三つ巴になった学年はすべて、六年時と一年時のクラス分けが同じだったんだよ。口頭では全体像を掴みにくいから、箇条書きにしてみるね」
 北斗や香取さんには遠く及ばずとも、僕なりの最高速度で十指を走らせ、一文字一文字を空中に書き出していった。

1.くだんの謎が発生した学年を発生学年、発生しなかった学年を通常学年とする。
2.湖校創設時から去年までの内訳は、発生学年7、通常学年6。
3.発生学年7のうち五年時の三つ巴の回数は、4。
4.通常学年6のうち六年時の三つ巴の回数は、4。 
5.この8回が、湖校における三つ巴のすべて。 

「どうしてよ、どうしてこれが今まで話題にならなかったのよ!」
 取り乱し気味の秋吉さんを助けるべく、
「猫将軍、他の研究学校のデータはある?」
 久保田が落ち着いて尋ねた。昨日散々味わわせてもらったけど、称賛の念を友に抱くのは幾度経験しても良いものだなあとしみじみしつつ、答える。
「教育AIにデータをもらってまだ間もないからパッとしか見てないけど、湖校以外には三つ巴が、そもそもさほど無いんだよね。ただそれでも、学年が上がるにつれ優勝争いが接戦になって行くのは、どこの学校も共通していた。そしてそれは、秋吉さんの疑問への解答でもあると思う。久保田、どうかな?」
「接戦は、実力が拮抗しているとき起こりやすい。三つ巴の頻度が示すように、学年が上がるにつれクラスの力量が拮抗していく傾向は、湖校こそ強かったのだろう。それが仇となり、拮抗の最たる三つ巴が生じてもそれに注目する人は少なく、よってそれを研究学校最大の謎と関連付ける人も、あまりいなかった。こんな感じかな」
 輝夜さんが絡むと僕が別人になることを、美夜さんはいつも嬉しそうに話す。その美夜さんの心内こころうちを、問いかけに即答した久保田から教えてもらった気が、僕はした。
 それから件の謎について活発な議論がなされるも、時間は無限ではない。三つ巴の話が中断されていた事もあり、皆に断りを入れ、話の続きをさせてもらった。
「湖校で三つ巴が生じた八回という数は、他の研究学校より断然多いと言える。そして湖校生は湖校の三つ巴について、他校生より詳しく調べられる。よってそれを精査すれば、三つ巴発生時の順位付けの法則が見えてくるかもしれない。今日最大の仕事である木製台座案はめでたく可決されたから、パワーランチの残り時間はその法則の発見に費やしたいんだけど、どうかな」
「「「「異議なし」」」」
 提案をすぐさま受け入れてくれた皆へ、三つ巴のデータを送る。このデータの解析は、研究学校最大の謎の解明にも役立つはずと、みんな真剣な眼差しでキーボードを弾いていた。そんな皆の様子に、件の謎と三つ巴の関係を短時間で理解してもらうという勝負に勝てた気がして、僕は安堵の息をこっそり吐いた。すると思いがけず、ある閃きが脳裏を駆けたので、咲耶さんに感謝メールを送ってみた。
『謎の解明に集中できるよう小会議室を割り当ててくれて、ありがとう咲耶さん』
『あのねえ眠留、返信できないメールを、寄越さないで頂戴』
 返信できないと綴りつつちゃっかり返信してくれた咲耶さんへ、僕は胸の中で、長いあいだ手を合わせていたのだった。

 帰りのHRで智樹が木製台座案を発表すると、興味を示した男子が予想以上にいた。そうそれは、男子に限った現象だったのである。根付に幾ら感心していようと秋吉さんに木彫りをプレゼントするのは慎重になるんだぞ、とのメールを送るや、久保田はガックリ肩を落としていた。

 
 その、約三時間後。
 部活で思いっきり汗を流した帰り道、研究学校最大の謎と三つ巴の関係について北斗に話した。目を見開き天を仰ぎ「また先を越されたか」と悔しがる北斗に、かすかな違和感が胸に生じた。けど僕はそれを胸の奥にしまい、北斗の見解を尋ねてみる。北斗は、瞬き一回分の時間を思考に費やしただけで答えた。
「上下高低意識を排除したクラスの方が、強固な協力体制のもと文化祭に臨める。それに該当するクラスが多いほど優勝争いは接戦になり、三つ巴も発生しやすくなる。したがって五年の時点でそうなっていた学年は、上下高低意識を排除したとみなされ、六年時と一年時が同じになるという報酬を必ず受け取っていた。こんなところか」
「・・・あのさあ北斗、それって今の、瞬き一回分で考えたんだよね」
「考えたのは今じゃない。眠留に今回も先を越され、天を仰いだ時だ。眠留の言う瞬き一回分は、それを脳内で言語化するのに用いた時間だな」
 僕はこめかみをグイグイ指圧し、再び訊いた。
「北斗が天を仰いだ時、かすかな違和感があったんだけど、それはなぜ?」
「それについては、文化祭終了時まで待つんだな」
「なんでだよ教えてよ!」「クククッ、諦めが肝心だぞ眠留」「ぐぬぬ~~」
 なんてワイワイやってるうち、なぜか急に北斗のおにぎりが食べたくなってしまった。僕はダメもとでそれを頼んでみる。 
「北斗のおにぎりを、久しぶりに食べたいな。ねえ北斗、今日はウチで夕飯を食べない?」 
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