僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
528 / 934
十五章

3

しおりを挟む
 二章を始める前にトルクのおさらいをさせてと頼み、僕は関連動画を出した。
「発泡スチロールのボールと鉛のボールを、同じ高さから柔らかい土に落とす。すると鉛のボールは発泡スチロールのボールより、土に深くめり込むこととなる。鉛のボールは土の反発力を受けても、地中深く突き進んで行くんだね。その突き進む力が、トルク。そして真山の脚には、このトルクがある。真山が蹴ったボールは、他の部員が蹴ったボールより大きくひしゃげている。真山の脚はボールに当たっても動きを止めず突き進み、ボールを大きくひしゃげさせ、巨大な反発力を生み出す。だから真山はああも速いボールを、蹴ることができるんだね」
 僕と智樹はそれから暫く、二章冒頭の真山のシュートシーンを惚れ惚れしながら見つめた。イケメンの真山が、基本に沿う美しい動作で、凄まじい速度のボールをゴールに叩き込むのだから、それは正直言って、自分が同性であることを忘れさせるほどカッコ良かった。
「な、名残惜しいけど先に進もうか」「そ、そうだな」「忘れてた。智樹、これを使って」「おお、人体の筋肉図か。サンキュー」
 必要以上にアタフタしながら出した筋肉図を、智樹も必要以上にアタフタしつつ使った。
「ボールを蹴る三つの筋肉は、腹直筋、大腿四頭筋、そして腸腰筋だ。腹筋に力を入れて胴体を固定し、太ももの筋肉とインナーマッスルの腸腰筋で、脚を前に蹴り出すんだな」
 智樹はシュートを打つ真山の映像に人体筋肉図を重ねて、三つの筋肉がどう作用するかを表示した。それを見つつ、僕は問いかけた。
「なあ智樹、真山のトルクを生み出す主要な筋肉は、三つのうちどれかな?」
「そりゃもちろん腸腰筋だ。ボールの反発力にあらがって脚を前に出すのは、腸腰筋だからな」
 即答する智樹に首肯し、再び問いかける。
「なら、三つの筋肉のうち最も鍛えにくいのは?」
「眠留の論文を読んでるから知ってるぞ、それも腸腰筋・・・」
 智樹は再度即答するも途中で疑問を覚えたのか、返答を中断して真山のシュート映像を見つめた。僕はその映像を、脚を後ろに振りかぶった時と、脚がボールに当たった瞬間と、蹴り終わり膝がヘソの高さまで持ち上げられた時の三つに分けて説明した。
「脚を後ろに振りかぶった時、真山の胴体は腹を外側にして反っている。だから骨盤も、このように下を向いているよね」
 静止画に骨格映像を重ねると、智樹は無言で頷いた。
「次は、脚がボールに当たった瞬間。このとき真山の骨盤は、正面を向いている。下向きから正面まで、骨盤は持ち上げられたんだ」
 ちなみにこの時、真山の膝は曲がっていなかった。真っすぐ伸ばされた脚で、真山はボールを蹴っていたのだ。
「最後は蹴った後。膝をヘソの高さまで持ち上げた真山の胴体は、腹を内側にして曲がっているから、骨盤は上を向いている。つまり蹴る動作は、骨盤を下向きから上向きに変えるんだね。けど、脚にボールが当たっている時間だけに言及するなら、真山は正面に固定された骨盤で、ボールを蹴っているんだよ」
 無言で頷く智樹へ、僕は新たな映像を見せた。それは小学三年生の僕が「もも上げ」をしている、CG映像だった。
 もも上げとは、膝を高く持ち上げる足踏みの事。足腰が弱かった僕は小学五年生になるまで、これが大の苦手だった。十回もせぬうちに、脚を持ち上げられなくなるのだ。そのとき僕は決まって胴体を内側に曲げ、骨盤を上に向けた。こうすると腸腰筋がヘロヘロになっていても、腹筋を使ってもも上げを続けられたのである。
「あまり知られていないけど、これは腸腰筋の強弱が簡単に判る運動でね。腸腰筋の弱い人がこれをすると、脚をすぐ持ち上げられなくなるんだよ。だから無意識に腰を内側に曲げて、腹筋の力で脚を持ち上げようとするんだね」
 俺もそうだった、と短く応じただけで智樹は沈黙した。思い出話より、骨盤の向きとシュートの関係を知りたいと意思表示する智樹へ、真山の腸腰筋の太さについて僕は話した。
「先日、猛に頼んで真山の腸腰筋の太さを測定してもらった。予想どおり、真山は十万人に一人レベルの極太の腸腰筋を持っていた。だから真山は、腸腰筋の力だけでボールを蹴り出せるんだね。でも腸腰筋の弱い人は・・・」
 沈黙を破り、智樹はまくし立てた。
「腹筋と大腿四頭筋も加えないと、速いボールを蹴れない。だから速いシュートを打とうとすると、腹筋と大腿四頭筋をいつも以上に使って、ゴールの上を通過する高いボールになってしまうんだな!」
 身を躍らせる智樹に頷き、僕は新たなCG映像を出した。CGのサッカー部員は、膝が曲がった状態で脚にボールを当て、膝を伸ばす力をボールに加えていた。加えたことによりボールの速度は増したが、膝を伸ばす動作のせいですくい上げられたボールは、ゴールの上をむなしく飛んで行った。その映像を見た智樹は、ガックリ項垂れた。
「これCGになってるけど、俺の映像だよな」
「違うから安心して。これは真山以外の二年生部員のシュートを平均化して、膝と骨盤の角度を誇張した映像なんだ」
 そうか安心したよ、と息を吐いたのち、智樹は目を剥いた。
「ってことは、誇張してない映像もあるんだよな!」
「もちろんある。でもそれは個人情報に該当するから見せられないし、僕も見たことがない。ただ教育AIは、智樹個人のシュート平均をデータとして保有しているから、智樹が自分のCGを見るだけなら許してくれると思うよ」
「ウオ――!!」
 雄叫びを上げた智樹は教育AIとメールのやり取りを始めた。二通目の返信で顔を輝かせた智樹がキーボードに十指を走らせるや、僕の2D画面に管理権限譲渡のアイコンと、智樹のシュートCGが浮かび上がった。智樹に礼を述べ、この研究でのみ権限を行使する誓約書を差し出したのち、急いで解析に移る。解析結果に僕は頷き、それを映し出した。
「まずは、シュート時の骨盤の角度から。脚がボールに当たった時点で、智樹の骨盤は上を向いていた。智樹は腹筋のトルクを、ボールに伝えていたんだ」
「腹筋のトルクをボールに伝える、なんて聞こえの良い表現をしなくていい。腸腰筋の弱い俺は、骨盤を上に向けた方がシュートを楽に打てた。もも上げと、原理は同じだな」
 僕はそれに直接答えず、真山との比較映像を出した。真山は固定された骨盤でボールを押し出していたが、智樹は骨盤を上に向けながらボールを押し出していたのだ。もも上げを例に挙げたことから、智樹と僕の見解が等しいのは明白だったので、僕は「押し出す」について智樹に問いかけた。
「初心者向けのサッカー教本に、『ボールを蹴るコツは押すのではなく叩く』と書かれているのを、智樹は目にしたことある?」
「もちろんあるし、白状すると俺はいつも、そのコツを守っているつもりでいた。だが現実は違った。ひしゃげたボールが脚で運ばれる様子は、叩くよりも、押し出すが適切だったんだ。なあ眠留、これはどういう事なんだ?」
 苦々しい気持ちを隠さず僕は答えた。
「プロサッカー選手とは異なり、腸腰筋の弱い子供は『はずみ』を付けないと、脚を素早く動かせないんだよ」と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

処理中です...