僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
427 / 934
十二章

騎士見習いの講義、1

しおりを挟む
 新学年が始まった日の丁度一週間後にあたる、四月十四日。騎士会本部地下一階で行われた騎士見習いの講義に、僕は初めて出席した。六月末まで水曜と木曜に開かれるこの講義は、週一回どちらかに出席すれば良いことになっていたから、藤堂さんが講師を務める木曜日を僕は初受講日に選んだのだ。今月から新忍道部に週三回参加する決意をしていた僕にとって、藤堂さんが毎週木曜を受け持つことは、まこと都合が良かった。土日の疲労を月火で癒し水曜の部活に臨み、木曜は講義を受け、金曜を休みとし英気を養う。こんなローテーションを組む事ができたからだ。騎士見習いの初講義は、このローテーションの成否を分かつ重要な日だった事もあり、僕は決死の覚悟で騎士会本部へ歩を進めていた。大げさ過ぎと思われるかもしれないが、事実だから仕方ない。なぜならその講義に出席する二年男子は、僕一人だったからである。
 二年進級時に見習い騎士の試験を受けた同学年男子は、僕を含めて二十四人いた。しかし望みを叶えたのは僕ともう一人の、二人しかいなかった。一方女子は二十二人もいて、1対11というその男女比に恐れをなした僕は、教育AIに頼みその男子へすぐメールを送った。彼も同じ想いだったことを返信で知り、親交を深める意味からも同じ講義を受ける提案をし、彼もそれを快諾したのだけど、受講希望日を照らし合わせた結果それは諦めざるを得なかった。ラグビー部の彼は、同じラグビー部の先輩が講師を務める水曜日を希望していたのである。かくいう次第で僕は藤堂さんが受け持つ講義の、ただ一人の二年男子となったのだった。
 でもまあ、それだけなら決死の覚悟を持つ必要はさほど無かった。同学年女子に頭の上らない一年間を過ごし、頭の上らない状態こそが日常になっていた僕にとって、唯一の男子として目立たず静かにしているのは、己の分際を弁えた当然のことだった。同期となった二十二人の女の子たちと面識はほぼなくとも、彼女達が優秀なことは見習い試験のさい実感していたから、彼女達の役に立つべく身を粉にしながらも隅でちょこんとしている事を、僕は少しも苦に思わなかったのだ。けどそこに、「美鈴の同級生が僕にどのような印象を持つか」という要素が加わると、頭が混乱した。騎士見習いの講義は二年の新会員だけでなく、一年生の新会員も、席を並べて受講する事になっていたからである。
 一般的に、女子は男子より早く第二次成長期を迎える。よって小学校高学年における女子の立場は男子より高く、それは小学校卒業とともに少しずつ是正してゆくのだけど、僕らの学年に限れば、男女の格差は去年一年で益々広がったのが現実だった。昴を筆頭とする頭の上らない系美少女を同学年に多数得た僕ら男子達は、よく言えば騎士道精神を、悪く言えば下僕根性を、一年時に育んだからである。その悪い方の筆頭とも呼べる僕が、いかに女性達のためとはいえ心の命ずるまま行動したら、後輩達はどのような印象を持つのか。ただでさえ美鈴と釣合っていないダメ兄貴なのだから、ここは自分を曲げてでも、美鈴に相応しい兄を演じるべきではないのか。この二つの想いに、僕の頭は混乱していたのだ。だから、
「輝夜さん、どう思う?」
 翔薙刀術の朝稽古にやって来た輝夜さんが僕のもとを訪ねる僅かな時間を利用し、意見を訊いてみた。
「昨日の夕食会ではそんな素振りを見せなかったのに、眠留くん本当は悩んでいたの?」
「ううん、これについて悩み始めたのは皆が帰った後の、お風呂の最中なんだ」
 そう、これは僕が騎士見習いになった、翌日の朝の話。騎士見習いの試験に合格したことを藤堂さんに直接聞いていた僕は、正式な合格通知を夕食会後に初めて目にした。そのとたん心に暗雲が立ち上り、そして湯船に浸かっている最中、この問題にやっとたどり着いたのである。然るに急いでお風呂を終え、もう一人の男子合格者へメールし、同じ講義を諦めざるを得なかった事まで話したところで、
「睡眠は充分とれた?」
 小首を傾げ、輝夜さんが問いかけてきた。ばっちり寝たよと、僕はガッツポーズですぐさま応じる。すると輝夜さんは、もともと不安を感じていませんでしたというスポンジケーキに、やっぱり大丈夫だったのねという生クリームをかけ、そこに悪戯心というお菓子をトッピングしたような、胸が甘酸っぱさではち切れそうになる笑顔を浮かべた。
「うん、知ってる。眠留くん、寝ぼけ顔してないもん」 
「えっ、寝ぼけ顔を見せた事、僕あったっけ?」
「湖校に入学して仲良くなった私のお隣さんは、入学して一か月くらいは、授業中いつも寝ていたの。授業終了のチャイムで目を覚ましたお隣さんは寝ぼけ顔のまま暫くぼんやりしているのだけど、急に顔をパッと輝かせ、その輝いた顔で私に話しかけてくれていたわ。だからそのお隣さんは、寝ぼけ顔をしっかり見られていたのを、知らなかったのね」
 アッチャ~と頭を抱える声と、アハハと笑う声が、早朝の境内にこだました。その活き活きした音の反響が、いつもより若干長く感じられたのは、僕だけではなかったらしい。
「木々や石畳や建物も、クスクス笑っているね」
 輝夜さんは周囲を見渡しそう呟いてから、質問に答えてくれた。
「大抵の人は、自分の顔をよく知っていると思っている。でもその大部分は、鏡に映る自分の顔の記憶でしかない。自分が普段どんな顔をしていて、そしてどんな表情で日常生活を送っているかは、親しい間柄の人の方が、ずっと良く知っているものなの」
 その刹那、出会ってからそれこそ無数に見てきた輝夜さんの姿が、光の塊となって脳裏を駆け抜けて行った。人は目に映った光景を二次元映像として記憶していて、それは輝夜さんの姿にも当てはまったけど、あまりに多くの映像が一瞬でやって来たため、二次元を超えた三次元の塊として脳裏を駆け巡ったのである。にもかかわらず、その一つ一つを鮮明に覚えていた僕は、輝夜さんと過ごした一年と一日を、刹那と呼ばれる時間で追尾体験したのだ。それを経て改めて知った。この人を、僕がどれほど好きなのかを。
「眠留くん、とても嬉しいのですが、時間もないので表情をもとに戻して頂けませんか」
 大規模な火災が発生すると、その地域の天候が急変する場合があるという。大火事によって温められた空気が大量の上昇気流を生み、その上昇気流が、地域の天候を短時間で変えてしまう事があるのだそうだ。然るに僕は、それをちょっぴり危惧した。顔をこれほど茹であがらせた人が二人もいたら、天候を変える上昇気流が発生しかねないと思ったのだ。僕は頬を二度叩き、表情を二つ前の状態へ戻した。今が茹蛸状態で、その前が輝夜さんを好きな自分を再確認した状態だったから、「もとの状態にもどして」という願いを叶えるには、頬を二度叩かねばならなかったのである。輝夜さんもそれに倣い、頬を二度こすって話を再開した。
「この世界には、他者の役に立つため身を粉にする人を揶揄する風潮が、まだ少し残っている。けどそれに疑問を覚え、そこから遠ざかる努力をしてこなかった人に、研究学校の入学案内が届くことはない。だから眠留くんは騎士見習いの講義を、心の赴くまま受けていいと思う。眠留くんは気持ちがそのまま顔に出る人だから、後輩達は眠留くんを誤解しないどころか、手本にするって私は思うよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...