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十一章
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全身甲冑をまとう合戦では多大な力量差がない限り、槍や刀だけで勝敗を決する事は少ないと言える。ゆえに投げ技や寝技を、つまり「組打ち」を重視する古流剣術は多いと水晶は話していた。それは翔刀術も該当し、魔物に操られた人との戦闘を想定した組打ちを僕も教わっていた。よって本来ならすぐそれについて語り合い、互いに技を掛け合って研鑽を深めたかったのだけど、「一人稽古ばかりを続けていた」との言葉がそれを押し止めた。僕は一層背筋を伸ばし、藤堂さんの言葉を待つ。藤堂さんは深呼吸して、先を続けた。
「その剣術の主家はとうになく、分家でも技の継承は絶えていた。祖父がそれを受け継ぐ最後の一人だったが、祖父も三年前に亡くなってしまった。十一歳の俺に剣術の玄妙を知れるはずもなく、俺は心の中でずっと祖父に詫びていた。だが、初めて頭上から道場を俯瞰した日の夜、祖父が夢枕に立ってな。祖父は俺が家を訪れたさい玄関で一度だけ浮かべる、懐かしい笑顔で俺を見つめていたよ。猫将軍、ありがとう」
藤堂さんは正座に座り直し、完璧な所作で腰を折る。僕は、心を尽くしそれを受けた。するとマットすれすれまで降ろした眉間に、僕の祖父と気配がとても似ているおじいさんの姿が映った。その人が誰なのか一瞬で悟った僕は、心の中であいさつする。「藤堂さんのおじいさん、初めまして。後輩の、猫将軍眠留です」 おじいさんは祖父と瓜二つの、優しい笑顔を浮かべてくれた。
それから藤堂さんは、自身が学んだ古流剣術の代表的な型を幾つか見せてくれた。それに既視感を覚えた僕は急いで2D画面を立ち上げ、紫柳子さんにもらったファイルを開いた。新忍道本部執行役員の狼嵐紫柳子さんの人となりを説明すると藤堂さんは強い興味を抱いたらしく、食い入るようにファイルの目次を追っていた。そしてある瞬間、藤堂さんは目をむき息を止める。予想どおりだったため僕はすかさず「操作フリー、3Dで再現」の音声コマンドを出した。藤堂さんは壊れやすいガラス細工を扱うように、継承の絶えた剣術一覧の一つに触れた。3Dで映し出された四冊の古文書の、一番立派な一冊を手元に引き寄せ、「これは見たことがない」と呟き藤堂さんは表紙をめくる。そこには、その剣術の秘奥が記されていた。
それから僕らは協力し、秘奥の再現に努めた。その剣術独自の身体操作法を熟知していてもその真意を知らない藤堂さんと、身体操作法は知らずともそこに翔刀術と同じ真意を読み取った僕は、最初に書かれた最も基本的かつ最重要の秘奥を、なんとか解明することができた。再現には至らずとも明確な手ごたえを得られた藤堂さんの喜びようと言ったらなく、僕は背中を叩かれるやら髪の毛をグチャグチャにされるやら投げ技を掛けられるやらそのまま関節技の練習台になり続けるやらの、散々な目に遭った。でもまあ正直、僕も底抜けに嬉しくて楽しかったから、全然いいんだけどね。
とはいえ二人とも完全に忘れていたが、今日は新学年の始業式で、今はその放課後。騎士会本部地下一階の東会議室に、最終下校時刻三十分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。それを耳にしてようやく、大切な女性を待たせている事実を思い出した僕らは慌てて会議室を飛び出し、お隣の西会議室の扉をノックした。ノック係は藤堂さんで僕はドア係という分業体制を敷いていたのが、このとき効果を発揮する。女性二人の「「どうぞ~~」」の声がするや扉を開け、「待たせてすまん」と藤堂さんが先ず頭を下げ、続いて僕も「お待たせしました」と上体を直角に折るという、息の合った謝罪を示すことができたのである。そんな僕らにコロコロ笑う美ヶ原先輩と昴に、春をもたらす二柱の女神を見て取った僕らは、とたんに目じりを下げた。そのふやけ顔に「これを利用せぬ手はない」と頷き合った僕らは、どちらの目尻が下がっているかの競争を開始し、テンポ良くそれをエスカレートさせ、百面相で相手を笑わせようとしているだけの状態を作り上げた。会議室に女性達の笑い声が溢れ、ようやく遅参のお許しを頂いた僕らは、二人の女性の横にそれぞれ腰を下ろす。眉目秀麗な若侍と凛としたお姫様が仲睦まじく並んでいる様子に、僕と昴は胸をほっこり温めてもらったのだった。
それから藤堂さんは「栞、早口になるが許してくれ」と断りを入れたのち、技を継承できず心の中でずっと詫びていた古流剣術の秘奥を一つ解明できたことを美ヶ原先輩へ伝えた。涙を浮かべて喜ぶ美ヶ原先輩は今を盛りと咲き誇る大輪の花に譬えるほかなく、しかもその美しさのまま「猫将軍君、ありがとう」と謝意を示してくれたものだから、僕は口をポカンと開け固まってしまった。そんな僕に「こら眠留、なに見とれてるの」と昴がツッコミを入れ、我に返った僕が我に返るなり顔を沸騰させた様子に、藤堂さんと美ヶ原先輩は腹を抱えて笑い転げた。それが僕と昴にも伝染し、四人でひとしきり笑い合ってから、僕らは会議室を後にした。
「いやコイツは、ホント凄い奴だよ」
「でしょ、藤堂先輩」
「だからって伊織、猫将軍君をヘッドロックしながら階段を上るのは、どうなのかしら」
「美ヶ原先輩、お気遣いなく。藤堂さんは、それをきちんと計算してくれていますから」
「ああコイツを、関節技で締め上げたいぜ」
「ププッ、それわかります」
「猫将軍君ごめんね、伊織は気に入った人に、すぐ関節技をかけてしまうの」
「ええっ、よもや藤堂さん、美ヶ原先輩には関節技を掛けていませんよね!」
「なあ天川、こいつは関節がすこぶる柔らかいから、関節技があまり効かないんだよ。だから教えてくれ、コイツの弱点って何?」
「まかせてください藤堂先輩、眠留の弱点はですね!」
「まいりました藤堂さん! 昴も許してください~!!」
なんてワイワイやっているうち、僕らは騎士の詰め所前に到着した。藤堂さんがヘッドロックを解くと同時に僕は後ろへ下がり、入れ違いに美ヶ原先輩がふわりと藤堂さんの傍らに立ち、一礼して二人は詰め所に入ってゆく。なんとなく予感がしたのでその場に控えていると、
「猫将軍、来い」
藤堂さんが僕の名を呼んだ。廊下で神妙に待機していたことを示すべく即答し、
「失礼します」「失礼します」
僕、昴の順に一礼して詰め所へ足を踏み入れた。そのとたん、室内にざわめきが起こる。騎士の方々はどうも驚いているらしく、それが僕だけに注がれているなら「こんな豆粒が合格するとは」系の落胆を皆さん抱いたに相違ないが、驚きの大半は後ろの昴に集まっていたので心を平静に保てた。皆の注目が僕より昴に集まるのは、当然だもんね。
藤堂さんに紹介され、僕は騎士の方々に挨拶した。「うむ、よろしくな」「ええ、よろしくね」と皆さん普通に声を掛けてくれる中で、何人かがさりげなくそばにやって来て、「ようこそ我らが騎士会へ」と囁いた。その方々はそのまま僕の横を通過し昴と話し込んでいたが、昴に注目が集まるのは慣れっこなのでまったく気に留めていなかったのだけど、
「天川さんに後で真相を教えてもらいなさい」
と美ヶ原先輩が微笑むや、余裕は消し飛んでしまった。輝夜さんをちょっぴり大人にしたようなこの先輩を前にすると、僕はどうしても平常心を保てなくなるらしい。つくづく思った。
――僕はお姫様タイプに弱く、年上のお姉さんにも弱いから、その二つを併せ持つ美ヶ原先輩は、最も頭の上がらない部類の女性なんだろうなあ――
なんてしょうもないことを考える僕をよそに、
「お先に失礼します」
若侍の声が詰め所に響く。僕は慌てて腰を折り、若侍と姫君に続いて詰め所を出た。そして、
「いやコイツはホント凄い奴だよ」「でしょ、藤堂先輩」「だからって伊織、猫将軍君をヘッドロックしながら下校するのは・・・」
という、さっきとほぼ同じやり取りをワイワイやりながら、茜色に染まる夕日を背に受け、僕らは校門を目指したのだった。
「その剣術の主家はとうになく、分家でも技の継承は絶えていた。祖父がそれを受け継ぐ最後の一人だったが、祖父も三年前に亡くなってしまった。十一歳の俺に剣術の玄妙を知れるはずもなく、俺は心の中でずっと祖父に詫びていた。だが、初めて頭上から道場を俯瞰した日の夜、祖父が夢枕に立ってな。祖父は俺が家を訪れたさい玄関で一度だけ浮かべる、懐かしい笑顔で俺を見つめていたよ。猫将軍、ありがとう」
藤堂さんは正座に座り直し、完璧な所作で腰を折る。僕は、心を尽くしそれを受けた。するとマットすれすれまで降ろした眉間に、僕の祖父と気配がとても似ているおじいさんの姿が映った。その人が誰なのか一瞬で悟った僕は、心の中であいさつする。「藤堂さんのおじいさん、初めまして。後輩の、猫将軍眠留です」 おじいさんは祖父と瓜二つの、優しい笑顔を浮かべてくれた。
それから藤堂さんは、自身が学んだ古流剣術の代表的な型を幾つか見せてくれた。それに既視感を覚えた僕は急いで2D画面を立ち上げ、紫柳子さんにもらったファイルを開いた。新忍道本部執行役員の狼嵐紫柳子さんの人となりを説明すると藤堂さんは強い興味を抱いたらしく、食い入るようにファイルの目次を追っていた。そしてある瞬間、藤堂さんは目をむき息を止める。予想どおりだったため僕はすかさず「操作フリー、3Dで再現」の音声コマンドを出した。藤堂さんは壊れやすいガラス細工を扱うように、継承の絶えた剣術一覧の一つに触れた。3Dで映し出された四冊の古文書の、一番立派な一冊を手元に引き寄せ、「これは見たことがない」と呟き藤堂さんは表紙をめくる。そこには、その剣術の秘奥が記されていた。
それから僕らは協力し、秘奥の再現に努めた。その剣術独自の身体操作法を熟知していてもその真意を知らない藤堂さんと、身体操作法は知らずともそこに翔刀術と同じ真意を読み取った僕は、最初に書かれた最も基本的かつ最重要の秘奥を、なんとか解明することができた。再現には至らずとも明確な手ごたえを得られた藤堂さんの喜びようと言ったらなく、僕は背中を叩かれるやら髪の毛をグチャグチャにされるやら投げ技を掛けられるやらそのまま関節技の練習台になり続けるやらの、散々な目に遭った。でもまあ正直、僕も底抜けに嬉しくて楽しかったから、全然いいんだけどね。
とはいえ二人とも完全に忘れていたが、今日は新学年の始業式で、今はその放課後。騎士会本部地下一階の東会議室に、最終下校時刻三十分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。それを耳にしてようやく、大切な女性を待たせている事実を思い出した僕らは慌てて会議室を飛び出し、お隣の西会議室の扉をノックした。ノック係は藤堂さんで僕はドア係という分業体制を敷いていたのが、このとき効果を発揮する。女性二人の「「どうぞ~~」」の声がするや扉を開け、「待たせてすまん」と藤堂さんが先ず頭を下げ、続いて僕も「お待たせしました」と上体を直角に折るという、息の合った謝罪を示すことができたのである。そんな僕らにコロコロ笑う美ヶ原先輩と昴に、春をもたらす二柱の女神を見て取った僕らは、とたんに目じりを下げた。そのふやけ顔に「これを利用せぬ手はない」と頷き合った僕らは、どちらの目尻が下がっているかの競争を開始し、テンポ良くそれをエスカレートさせ、百面相で相手を笑わせようとしているだけの状態を作り上げた。会議室に女性達の笑い声が溢れ、ようやく遅参のお許しを頂いた僕らは、二人の女性の横にそれぞれ腰を下ろす。眉目秀麗な若侍と凛としたお姫様が仲睦まじく並んでいる様子に、僕と昴は胸をほっこり温めてもらったのだった。
それから藤堂さんは「栞、早口になるが許してくれ」と断りを入れたのち、技を継承できず心の中でずっと詫びていた古流剣術の秘奥を一つ解明できたことを美ヶ原先輩へ伝えた。涙を浮かべて喜ぶ美ヶ原先輩は今を盛りと咲き誇る大輪の花に譬えるほかなく、しかもその美しさのまま「猫将軍君、ありがとう」と謝意を示してくれたものだから、僕は口をポカンと開け固まってしまった。そんな僕に「こら眠留、なに見とれてるの」と昴がツッコミを入れ、我に返った僕が我に返るなり顔を沸騰させた様子に、藤堂さんと美ヶ原先輩は腹を抱えて笑い転げた。それが僕と昴にも伝染し、四人でひとしきり笑い合ってから、僕らは会議室を後にした。
「いやコイツは、ホント凄い奴だよ」
「でしょ、藤堂先輩」
「だからって伊織、猫将軍君をヘッドロックしながら階段を上るのは、どうなのかしら」
「美ヶ原先輩、お気遣いなく。藤堂さんは、それをきちんと計算してくれていますから」
「ああコイツを、関節技で締め上げたいぜ」
「ププッ、それわかります」
「猫将軍君ごめんね、伊織は気に入った人に、すぐ関節技をかけてしまうの」
「ええっ、よもや藤堂さん、美ヶ原先輩には関節技を掛けていませんよね!」
「なあ天川、こいつは関節がすこぶる柔らかいから、関節技があまり効かないんだよ。だから教えてくれ、コイツの弱点って何?」
「まかせてください藤堂先輩、眠留の弱点はですね!」
「まいりました藤堂さん! 昴も許してください~!!」
なんてワイワイやっているうち、僕らは騎士の詰め所前に到着した。藤堂さんがヘッドロックを解くと同時に僕は後ろへ下がり、入れ違いに美ヶ原先輩がふわりと藤堂さんの傍らに立ち、一礼して二人は詰め所に入ってゆく。なんとなく予感がしたのでその場に控えていると、
「猫将軍、来い」
藤堂さんが僕の名を呼んだ。廊下で神妙に待機していたことを示すべく即答し、
「失礼します」「失礼します」
僕、昴の順に一礼して詰め所へ足を踏み入れた。そのとたん、室内にざわめきが起こる。騎士の方々はどうも驚いているらしく、それが僕だけに注がれているなら「こんな豆粒が合格するとは」系の落胆を皆さん抱いたに相違ないが、驚きの大半は後ろの昴に集まっていたので心を平静に保てた。皆の注目が僕より昴に集まるのは、当然だもんね。
藤堂さんに紹介され、僕は騎士の方々に挨拶した。「うむ、よろしくな」「ええ、よろしくね」と皆さん普通に声を掛けてくれる中で、何人かがさりげなくそばにやって来て、「ようこそ我らが騎士会へ」と囁いた。その方々はそのまま僕の横を通過し昴と話し込んでいたが、昴に注目が集まるのは慣れっこなのでまったく気に留めていなかったのだけど、
「天川さんに後で真相を教えてもらいなさい」
と美ヶ原先輩が微笑むや、余裕は消し飛んでしまった。輝夜さんをちょっぴり大人にしたようなこの先輩を前にすると、僕はどうしても平常心を保てなくなるらしい。つくづく思った。
――僕はお姫様タイプに弱く、年上のお姉さんにも弱いから、その二つを併せ持つ美ヶ原先輩は、最も頭の上がらない部類の女性なんだろうなあ――
なんてしょうもないことを考える僕をよそに、
「お先に失礼します」
若侍の声が詰め所に響く。僕は慌てて腰を折り、若侍と姫君に続いて詰め所を出た。そして、
「いやコイツはホント凄い奴だよ」「でしょ、藤堂先輩」「だからって伊織、猫将軍君をヘッドロックしながら下校するのは・・・」
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