僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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 その後も僕らは活発な会話を重ね、気づくと寮エリアを抜け、中央図書館前を歩いていた。行く手右側に多目的ホールが迫り、その向こう側が今日の目的地なのだけど、巨大な多目的ホールが視界を阻むせいで目的地を目視することは叶わなかった。というかあのホールより先に行ったことのない僕は、その建物を地表から見あげた事が、まだ一度もなかったのである。
「眠留、緊張しているようね」
 僕を覗き込むように身を傾げ、昴が問いかけてきた。その通りだったので苦笑し頭を掻いていると、昴は立ち止まり回れ右をして、二年生校舎の建つ方角を指さした。
「私達八人のうち眠留だけが、教室をなぜああも離されたと思う?」
 ――落ち込む事柄を僕に思い出させ、緊張を弾き飛ばそうとしているのでしょうか、この女王様は?
 などとと勘ぐりのけぞった自分を、僕は心の中で褒めた。もしそうしなかったら遠方を指さす昴の、その女神の如き美しさにこそ、僕はのけぞっていたはずだからである。まばゆすぎて直視できない昴の横顔から視線を移した先で、星々を散りばめた天の川を彷彿とさせる煌めく黒髪に心臓を貫かれた僕は、慌てて再度視線を移し、女神が指さす方角を見つめた。隣にいるのが昴と思うからこうも動転するのであって、進むべき道を指し示す女神が降臨したと考えるなり落ち着けた自分に、僕は知る。今生の昴は数千年の歳月を結集した、最高傑作の昴なのだと。
「眠留、二年生校舎を正面から見た光景を想像して」
 言われるまま想像してみる。心の中に、横長の長方形の建物が、くっきり浮かび上がった。
「その長方形の右下部分に八人のうち七人が集まっていて、眠留一人だけが、左上にポツンといるの。今朝、眠留は昇降口前で、さぞ落ち込んだでしょうね」
 まったくもってその通りだったので頭を掻いていると、ププッという笑い声が隣から降り注いだ。それは、安心しきって寛ぐ豆柴に僕がなっているとき昴が零す笑い声だったため、恥ずかしさと嬉しさに胸が満たされてゆく。それに押し流され緊張が遠く離れて行くのを、僕ははっきり感じた。
「二年時のクラス分け表を見た時、私は思ったわ。教育AIは、解答を禁止されている質問に、答えてくれたのねって」
 訳が分からず呆ける僕に、昴は言葉の一つ一つを慈しみながら、ゆっくりゆっくり語り掛ける。
「一年時と六年時のクラスを同じにすることへ、教育AIはいかなる解答も許されていない。けど、回る答の方の『回答』を間接的に伝えるのは、許されているように感じる。正解に肉薄した生徒へ適切なヒントを出すのは、禁止されていないはずなのよ」
 話の道筋は未だ見えずとも、「生徒へ適切なヒントを出すのは禁止されていない」の箇所なら、全身で頷くことができた。教育AIの本体である咲耶さんと親交を重ね、美夜さんから様々な機密を教えて貰っている僕は、それがAIの核心なのだと瞬時に理解できたのである。だが次の問いは、そうはいかなかった。
「眠留は、こう考えているのではないかしら。六年時のクラス分けを決定するのは序列意識の強弱という推測を、『僕ら』は立てたって」
 道筋が見えないどころか、迷路に迷い込んだ感覚に僕は襲われた。しかし、隣にいるのは進むべき道を指し示す女神であることを思い出し、女神の言葉を復唱することで、僕はその問いへどうにか答えた。
「六年時のクラス分けを決定するのは序列意識の強弱という推測を僕らは立てたって、確かに僕は考えているよ」
 けれども女神は微笑み、首を横へ振る。
「いいえ、それは正しくないわ。あなたがそう、記憶を改ざんしているだけなの。いいこと眠留、私の次の言葉をしっかり心に刻みなさい。その推測を最初に閃いたのは、あなた。眠留、あなたなのよ。だから僕らという複数形ではない、僕という単数形を、眠留は使うべきなのね」
 話の主旨は一向に見えてこなかった。でもなぜかその時、ある光景が心に浮かんだ。それは昴に促され想像した、長方形の校舎の左上に僕だけが一人ポツンといる、光景だった。
「眠留は僕らという複数形を使うことで、八人の仲間が協力してその推測に辿り着いたと記憶を改ざんしているわ。でも私達は違う。眠留だけが閃けたことを、私達七人は片時も忘れなかったのよ。だからクラス分けを一瞥するなり、教育AIの意図を見抜いた。眠留は序列意識に真っ向勝負を挑める力を持つけど、私達はそれを持たない。然るに教育AIは、校舎の左上を眠留一人に担当させ、反対の右下を私達七人に担当させた。このクラス分けは、こういう意味なんだってね」
 昴の言葉を懸命に否定したがる自分が、僕の中にいた。湖校入学前の僕ならその自分に主導権をあっさり引き渡し、それは買い被りだよ僕なんかにそんな力は無いよと、まくし立てたはずだ。けど、今は違った。この学校で出会った七人の仲間を、僕は信頼していた。自分で自分を信じる以上に、僕は仲間達を信頼していた。自分を信じられずとも仲間達は信じられたし、そして自分を好きになれなくても、仲間達が好きでいてくれる自分なら好きになってもいいかなと、思うようになっていた。その僕が、昴の言葉を否定したがる僕へ、眼光鋭く言い放った。
 ――お前ではこれからの戦いに勝てない。過去のお前は、すっこんでろ!
 僕は目を閉じ過去の自分に別れを告げる。そして目を開け、言った。
「わかった、僕は戦う。昴、見ていてくれ」
 女神から幼馴染に戻った昴はさも満足げに、溜息をついた。
「あなたねえ、誰にものを言っているのよ。私はあなたを、四千年間見続けてきたのよ」
「あはは、そうだよね」
 誰にものを言っているの個所がいかにも昴で尻尾を振り過ぎた事もあり、続く一文の意味を咀嚼するまで数秒かかってしまった。それもあり、
「えっ、四千? 数千年じゃなく、四千年なの?」
 焦った僕は聞き間違いの確認も兼ね、二度問いかけてみる。昴はそれに、昨日の出来事を話すかの如く応えた。 
「そう、四千。エーゲ海周辺とイタリア半島が二千年で、そこから離れて二千年の、合計四千年ね」
「そうだったんだ。僕はそこまで正確には、覚えていなかったよ」
「明瞭に思い出し始めたのはお師匠様に出会ってからだけど、それでも私は覚えている。幼稚園入園前の年齢の私が、使い捨てではない眠留のオムツを、一体どれだけ・・・」
「どわっ、それは無し、その話は無しにしてくれないかな!」
「うふふ、どうしようかな~」
「お願いです昴様、何でも言うことを聞くから!」
「言うことを聞く眠留の、どこに価値があるの? そんなの、当たり前じゃない」
「ひえ~~、四千年パネ~~」
「あははは」
 なんてワイワイやりながら僕と昴は目的地の、騎士会本部へ向かったのだった。
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