僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

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 それから僕らは電車に乗り秋葉原へ向かった。銃や盾を使いモンスターと戦う新忍道は、秋葉原という街と相性が良かったのだろう。秋葉原には、新忍道グッズを扱う店舗が軒を連ねる、通称「新忍道ロード」が出来上がっていた。ネット通販が主流になり小売店が激減したこの時代、実物を直に見て手で触れる店舗が密集している地域は、大勢のファンが集う聖地となる。新忍道を創設した若者が秋葉原からほど近い東京湾岸学園都市に通う大学生だった事も手伝い、今や新忍道ロードは、世界的に有名な「新忍道の聖地」となっていたのだった。
 その聖地を初めて訪れる僕は秋葉原駅が近づくにつれ喜びを抑えきれなくなり、一種の躁状態になってしまった。池袋在住という幸運に恵まれ足繁あししげく秋葉原へ通う二階堂も、僕に引きずられほぼ同じような状態だ。よって僕と二階堂は秋葉原駅に着くや一目散に聖地を目指そうとしたのだけど、そうはならなかった。北斗が僕らを引き留め、先ずは腹ごしらえをしようと主張したのである。
「このまま聖地になだれ込み、脇目も振らず新忍道グッズに溺れ、そして数時間後、空腹に任せて飯をがっついたら、夕ご飯の用意をしてくれている二階堂の母親に、俺らは礼を欠くことになるだろう。ああも嬉しげに手を振ってくれたおばさんの顔を、俺は曇らせたくないんだ」
 二階堂は躁状態を収め、北斗の肩に肘を置き、胸に沁み入る声で言った。
「ったくよう、お前のような漢がそばにいてくれて、俺はマジ幸せだぜ」
「僕も幸せだよ、北斗!」
 二番煎じであっても、まったくもってその通りなのだから仕方ない。人情に篤い知恵者を友に持つ僕らは、本当に幸せ者なのである。新忍道でも北斗は、人間性を欠く陽動作戦を絶対立案しない。仲間の安全と仲間への信頼を見事に融合させたミッションを、北斗は毎回必ず考え出す。だからこそ僕と二階堂は北斗の作戦に全力で応え、それを遂行しようとする。それが僕ら、一年生トリオなのだ。
「で、北斗。お前のことだから、僕らがこれから向かうお勧めのお店も、とっくに調査済みんなんだよね」
 ここは僕が新しい空気を作らねばと思い、あえて軽い口調で尋ねてみた。それは正解だったらしく、北斗は演出過多の真面目顔で答えた。
「いや、調べてない。俺は秋葉原と言えば、カレー一択いったくだからな」
「あっちゃあ、テメエがオタクだったってこと、俺忘れてたぜ」
「なに、忘れてもらっては困る。俺は永遠の、中二病こじらせ男だからな」
「ぶはっ。ねえ北斗、僕ひさしぶりにあれが見たいよ!」 
「フッ、望むところだ。千のやいば舞う聖地に降臨せし魔王の、終焉なき絶望を味わうがよい!」
 北斗はよく通る低い声でそう言い放ち、近年最も流行したダークファンタジーの主人公の真似を、駅前広場のド真ん中でおっぱじめた。
 だがそれはまこと迫真の演技であり、なにより水もしたたるイケメンがそれを演じていたものだから、北斗はたちまちフラッシュを浴びネットに動画をアップされまくる、アキバのヒーローとなった。
 僕と二階堂は腹をくくり、合いの手等々を適時入れ、駅前広場が一層盛り上がるよう尽力したのだった。 
 まあでも、尽力した甲斐はあった。秋葉原の地域AIから、「大盛りサービス券」をもらえたのだ。観光客が大勢訪れる秋葉原のような街は大抵、街の振興に貢献した人へ、何らかの賞品を贈るのが恒例となっている。大概は僕らがもらった大盛りサービス券のようなささやかな賞品だけど、それでもこのシステムが有るのと無いのとではまるで違う。フラッシュを浴びる北斗の頭上に3Dの薬玉くすだまが現れ、中から無数の花々と共に「祝、観光振興賞受賞!」の垂れ幕が下がる。そして手元に現れた振興賞一覧ウインドウから北斗が三人まで使用可能な大盛りサービス券を選び出し、それを高々と掲げ、
「アキバのカレーは、永遠に不滅です!」
 と叫んだときは、怒涛の歓声が駅前広場を揺るがしたものだった。僕の性格ではあんなこと絶対無理だけど、北斗のような人が自分の持ち前を活かし、観光客を楽しませ街から感謝されるのは、とても素晴らしいことだと思う。それにこの賞は、急病人の介助や転んでしまったお年寄りの手助けをするなどの「善行」にも贈られるので、文句などある訳がない。僕らは北斗行きつけのカレー屋さんを、意気揚々と目指したのだった。
 
 あの店に立ち寄りたいこの店も入ってみたいという数々の誘惑を退け、カレー屋さんに着いた。僕らは三人並んでカウンター席に腰を下ろす。そのとたん、
「俺は、夏野菜たっぷりカレー」
「俺は、漢のメガ盛りカレー」
 北斗と二階堂はメニューも見ずオーダーした。けど僕はナカナカ決められず、一人オロオロしていた。しかも北斗のみならず二階堂もこの店の常連だったらしく、二人は僕の耳に入るよう「あれも美味い」「これも捨て難い」と話し始めたので、悩みはいや増して行った。そしてそのあげく、無難のお手本と言うしかない「本日のお勧めカレー」を僕は選んでしまう。なら最初からそうすれば良かったじゃないか、なんて僕は少なからず落ち込んでいた。すると、
「眠留は、今日の記念に『本日のカレー』を選んだんだよな」
「俺らは自分の食いたいものにしただけだが、記念のカレーを選んでくれたヤツがいて、俺は嬉しかったぞ」
 二人は優しくそう言い、優柔不断な僕を慰めてくれた。いやはやなんとも、僕にはもったいない友なのである。
 ほどなく、三皿のカレーが届けられた。カレー自体は客席から見えないチューブの中をレールに乗ってやって来るのだけど、それにかぶせて3Dのウエイトレスさんが映し出されるので、綺麗なお姉さんがニッコリ笑ってカレーを持ってきたように感じられた。AIだろうが人間だろうがお構いなく女性に弱い僕は、へいこら頭を下げ感謝の言葉を述べた。するとお姉さんは営業スマイルではない笑みを浮かべてくれて、僕は茹蛸ゆでだこ状態になった。ここでようやく二人の友と同席していることを思いだした僕は、からかわれるネタをまた提供しちゃったよと慌てて隣に顔を向けた。だが予想に反し、なんと二人の友も、僕と同レベルの茹蛸になっていた。理由はすぐ判明した。僕の右隣の北斗の前には昴によく似たウエイトレスさんがいて、北斗の右隣の二階堂の前には翔子姉さんによく似たウエイトレスさんがいたのである。あろうことかコイツらは、僕がメニューと格闘しているうちに、自分好みの3Dウエイトレスさんを選んでいたのだ。だからあんなに優しかったのかよ、もったいなさ過ぎな友じゃなかったのかよ、と怒りが込み上げるも、同年代男子として彼らの気持ちに共感できるのもまた事実。僕は一言「わかるよ、僕も男だからさ」と告げた。そのとたん、
「ウオ~、わかってくれるか~!」
「友よ、心の友よ、お前は漢だ~!」
 と、二人は半ば本気で泣き出してしまった。僕はカレーを食べることができず、ひたすら二人を慰めた。お店が気を利かせて僕らを相殺音壁で包み、他のお客さんに迷惑がかからぬよう配慮してくれたから、まあいいんだけどさ。
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