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ダイブ7 第二次ポエニ戦争の巻 〜 ハンニバル・バルカ編 〜
第1話 わたしはエヴァ・ガードナーになった
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これは、エヴァ・ガードナーの物語——
12歳のとき母を亡くし、父に引き取られたときの話
「マインド・ダイバー / エヴァ・アーリーイヤー」
------------------------------------------------------------
あなたをお金の道具にしたいわけじゃないの——
母はことあるごとに、わたしにそう言ってきかせた。
みすぼらしいアパートで、賞味期限切れの弁当や総菜を口にしながら、お金の話になると、きまってその話になった。
そのくせ、ふだんからはお金には苦労していた。子供心ながらに、どうして自分の家だけはこんなに貧乏なのだろう、と思うほど、貧困に追い立てられまくっていた。
だけど、わたしが12歳になったある日、母が突然死んだ。
『心筋梗塞』が原因だったらしい。
ストレスが原因、だろう、とお医者さんは言ったけど、それを聞いたところで、母が戻ってくるわけでもなかったし、生きていたとしても母は一笑に付して、そんなことに構わなかったにちがいない。
その瞬間から、わたしの人生は変わった。
いいほうに変わったかは、わからなかった。
ただ、貧乏神は追いかけてこない人生にはなった。
おそらく永遠に——
わたしは3歳のときから会っていなかった父親にひきとられることになったからだ。
そして——
わたし、エヴァ・さくら・金森は、エヴァ・さくら・ガードナーになった。
------------------------------------------------------------
その場に降りたったとたん、雪まじりの突風が横殴りでふきつけてきた。
わたしは「きゃっ」と声をあげて、腕で顔のまえを防御した。
「おい、おい、雪山ンなかだ。ここはいったいぜんたい、どこだってぇんだ?」
風切り音のむこうから、野太い声が聞こえてくる。
「ローガンさん。まずはここが『いつ』なのかを特定するのが先ですよ」
神経質そうな声が野太い声に応えた。
「ビジェイの言う通りだ。まずはいつの時代かを特定してくれ」
ふたりにむかって、自信に満ちた重々しい声が命令した。
わたしは腕を降ろすと、空をみあげた。
空は晴れ渡っていたが、なにかくすんだものがうごめいてみえた。やけに派手な色合いのフラクタル図形のような幾何学模様が、空の青さのむこうに透けて見えていた。
「紀元前の色っぽいわ」
「紀元前の色? エヴァお嬢さん。そんなものが見えるってんですかい?」
「ええ。とってもきらびやかな色合いが見えてる。キリストが誕生する前の色合いね」
「本当かい? ぼくらにはそんなものは見えやしない」
「だったら、わたしにはそんな能力があるってことじゃないかしら?」
「は。マインド・ダイバーズには、そんな能力はそんなに重要じゃないがね」
わたしは難癖をつけてきた男のほうをみた。
ダイブする直前に紹介されたばかりだったが、わたしにあまり好感をもっていないのは、子供心ながらにすぐわかった。
彼はローガン・ニュートン・ハワード。
43歳のアフリカ系アメリカ人で、そのおおきな体躯と鍛え抜かれた筋肉、スキンヘッドの容姿は、アメリカン・フットボールの選手か、プロレスラーにしか見えない。
「あら、ローガンさん。マインド・ダイバーズで重要なものってなにかしら?」
わたしはローガンを見あげながら訊いた。
「エヴァちゃん、そうむきにならないで。ローガンはからかっただけだよ」
そう言って仲裁にわってはいったのは、ビジェイ・スターン。
35歳のインド系アメリカ人で、MIT出身の天才と紹介された。昏睡病におかされた人の、前世の記憶に潜る装置の開発を指揮し、ガードナー財団に莫大な利益をもたらせてくれた開発者だ。
天才肌の人種にありがちの、とても神経質そうな感じは、浅黒い肌でもあごにたくわえた髭でも隠し切れていない。
「まずは、この時代がいつの、どこなのかを策定しようよ」
「ビジェイの言う通りだぞ、さくら」
そう親しげに声をかけてきたのは……
「エヴァと呼んで、お父様。さくらと呼んでいいのは、お母さんだけって言ったはずよ」
わたしは父のことばを、ピシャリとはねつけた。
12歳のとき母を亡くし、父に引き取られたときの話
「マインド・ダイバー / エヴァ・アーリーイヤー」
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あなたをお金の道具にしたいわけじゃないの——
母はことあるごとに、わたしにそう言ってきかせた。
みすぼらしいアパートで、賞味期限切れの弁当や総菜を口にしながら、お金の話になると、きまってその話になった。
そのくせ、ふだんからはお金には苦労していた。子供心ながらに、どうして自分の家だけはこんなに貧乏なのだろう、と思うほど、貧困に追い立てられまくっていた。
だけど、わたしが12歳になったある日、母が突然死んだ。
『心筋梗塞』が原因だったらしい。
ストレスが原因、だろう、とお医者さんは言ったけど、それを聞いたところで、母が戻ってくるわけでもなかったし、生きていたとしても母は一笑に付して、そんなことに構わなかったにちがいない。
その瞬間から、わたしの人生は変わった。
いいほうに変わったかは、わからなかった。
ただ、貧乏神は追いかけてこない人生にはなった。
おそらく永遠に——
わたしは3歳のときから会っていなかった父親にひきとられることになったからだ。
そして——
わたし、エヴァ・さくら・金森は、エヴァ・さくら・ガードナーになった。
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その場に降りたったとたん、雪まじりの突風が横殴りでふきつけてきた。
わたしは「きゃっ」と声をあげて、腕で顔のまえを防御した。
「おい、おい、雪山ンなかだ。ここはいったいぜんたい、どこだってぇんだ?」
風切り音のむこうから、野太い声が聞こえてくる。
「ローガンさん。まずはここが『いつ』なのかを特定するのが先ですよ」
神経質そうな声が野太い声に応えた。
「ビジェイの言う通りだ。まずはいつの時代かを特定してくれ」
ふたりにむかって、自信に満ちた重々しい声が命令した。
わたしは腕を降ろすと、空をみあげた。
空は晴れ渡っていたが、なにかくすんだものがうごめいてみえた。やけに派手な色合いのフラクタル図形のような幾何学模様が、空の青さのむこうに透けて見えていた。
「紀元前の色っぽいわ」
「紀元前の色? エヴァお嬢さん。そんなものが見えるってんですかい?」
「ええ。とってもきらびやかな色合いが見えてる。キリストが誕生する前の色合いね」
「本当かい? ぼくらにはそんなものは見えやしない」
「だったら、わたしにはそんな能力があるってことじゃないかしら?」
「は。マインド・ダイバーズには、そんな能力はそんなに重要じゃないがね」
わたしは難癖をつけてきた男のほうをみた。
ダイブする直前に紹介されたばかりだったが、わたしにあまり好感をもっていないのは、子供心ながらにすぐわかった。
彼はローガン・ニュートン・ハワード。
43歳のアフリカ系アメリカ人で、そのおおきな体躯と鍛え抜かれた筋肉、スキンヘッドの容姿は、アメリカン・フットボールの選手か、プロレスラーにしか見えない。
「あら、ローガンさん。マインド・ダイバーズで重要なものってなにかしら?」
わたしはローガンを見あげながら訊いた。
「エヴァちゃん、そうむきにならないで。ローガンはからかっただけだよ」
そう言って仲裁にわってはいったのは、ビジェイ・スターン。
35歳のインド系アメリカ人で、MIT出身の天才と紹介された。昏睡病におかされた人の、前世の記憶に潜る装置の開発を指揮し、ガードナー財団に莫大な利益をもたらせてくれた開発者だ。
天才肌の人種にありがちの、とても神経質そうな感じは、浅黒い肌でもあごにたくわえた髭でも隠し切れていない。
「まずは、この時代がいつの、どこなのかを策定しようよ」
「ビジェイの言う通りだぞ、さくら」
そう親しげに声をかけてきたのは……
「エヴァと呼んで、お父様。さくらと呼んでいいのは、お母さんだけって言ったはずよ」
わたしは父のことばを、ピシャリとはねつけた。
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