上 下
747 / 935
ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜

第271話 第五の事件

しおりを挟む
 ロンドンの夜が白々と明けはじめていた。
 十一月の初旬にもなると、家々の煙突からは石炭をたく黒い煙が吐き出され、空をおおう灰色の霧は鈍重さを増した。
 夜明け前は吐息が凍るほどで、寒気は研ぎ澄ました刃物のように肌を刺激した。

 貸間長屋の部屋の二階からゾーイたちは、じっと真向かいの部屋を見守っていた。
「今、何時です?」

 コナン・ドイルがだれにむけたわけでもなく尋ねた。
「三時だよ。おめぇ、さっきも訊いただろ?」
 マリアが不機嫌そうに答えた。
「いえ、だって、寒くてこごえそうですからね。もう時間が気になって……」
「コナン・ドイルさん。そんなことを言っちゃいけねえよ。外で張り込んでるモリ・リンタロウさんや、セイさん、エヴァさん、それにお姉様はもっと条件がわるいんだぜ」
 ゾーイがたしなめる。
「まぁ、そーなんですがね。あたしゃ、このがたいですが、寒いのはからっきしダメでしてね。暖房つけられないんですか?」

「ここは空き部屋ってことになってんだ。無理言うな!」
「コナン・ドイルさん、おめえさん、スコットランドの生まれだろ?」
「いや、ゾーイさん。あたしの生まれ故郷のエディンバラってとこは、緯度は高いですが、温和な海洋性気候なんですよ。真冬だって零下になることなんて、ほとんどないんですから」

「だれかでてきます。おふたりともお静かに」
 そうたしなめたのは、窓際にはりついて向かい側を注視していたウォルター・デュー刑事だった。

 向かいの貸間長屋から、ひとりの男がでてきた。
 20代ほどの若い男。彼はおおきくため息をつくと、そそくさとその場をあとにした。

「切り裂きジャックじゃねぇのか?」
 マリアの問いにゾーイが答えた。
「いいや、おそらくハッチンスという元厩務きゅむ職員だよ。メアリー・ケリー嬢が客をとったのをつけて、午前三時頃まで部屋の前で待っていたっていう輩さ」
「あやしいな」
「ああ。たしかに、あやしいねぇ。だけどお姉さまが言うには、あの男はケリー嬢に惚れ込んでて、つい、あとをつけただけっていう話だよ」

「あぶねぇな。ストーカーじゃねぇか」
「ストーカー? マリアさん、それはなんです?」
 デュー刑事が興味深げに訊いた。

「デューさん、ストーカーってぇのは、特定の人への好意とか、その好意がかなわなかったことの怨念とかで、そのひとにつきまとう犯罪のことだよ」
「そ、それが犯罪になるのですか?」
「ああ、あたいらの時代ではね。この行為が行きすぎて、重大事件につながるようになったのさ。有名な歌手が殺されたり、アメリカ大統領が撃たれたこともある」
「アメリカ大統領が?」
「有名女優につきまとっていた男が、きみのために大統領を殺す、と言ってね。大統領は死ななかったけど、ボディガードが亡くなったはずだよ」


 デューは唖然とした顔のままだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

旅行先で目を覚ましたら武田勝頼になっていた私。どうやら自分が当主らしい。そこまでわかって不安に覚える事が1つ。それは今私が居るのは天正何年?

俣彦
ファンタジー
旅行先で目を覚ましたら武田勝頼になった私。 武田家の当主として歴史を覆すべく、父信玄時代の同僚と共に生き残りを図る物語。

 女を肉便器にするのに飽きた男、若返って生意気な女達を落とす悦びを求める【R18】

m t
ファンタジー
どんなに良い女でも肉便器にするとオナホと変わらない。 その真実に気付いた俺は若返って、生意気な女達を食い散らす事にする

処理中です...