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第四章 第三節 Z.P.G.(25世紀のルール)
第951話 記憶が蘇った男
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男はふいにキーンという音が頭のなかに広がるのを感じた。
むかしその音を一度聞いたことがあった。それがどれくらい前だったかは思い出せない。だが確かにその音を聞いたのは間違いない。
いまとおなじように、全身の痛みと同時にその音は訪れた。
「大丈夫か? ゼロ」
自分の上から投げかけられた声のほうに目をむけると、ひとりの老人が自分を見おろしていた。
「オレはどうして……」
「ゼロ、からだを動かせるか?」
老人に急かされて男は立ち上がろうとした。が、とたんに体中に痺れるような痛みが橋って、おもわず「うあああっ」と悲鳴をあげた。
「まずいな。すぐに逃げないと、警察に捉まっちまう」
「警察に?」
「ーったりめぇだろうが。この街は、オレたち『生来者』がいていい場所じゃねぇ。それに……」
老人は手に持った貴金属を男の顔の上にかざして続けた。
「ましてや、こんなものを持ってりゃな」
男は自分の顔の上で揺れている宝石を見あげながら訊いた。
「なんでこんな高価そうなものを?」
「おいおい、ゼロ。しっかりしてくれや。今、オレたちが『資源持ち』様の部屋からいただいたンだろうがぁ」
「盗んだ? オレはひとのものを盗んだっていうのか?」
「勘弁しろや、ゼロ。これがオレたちの仕事だろうがぁ。何年組んでると思う? おめぇが記憶をなくしてさまよってンのを助けてから12年だ。いまさら道徳やら正義を説くのはなしだぜ」
「あ、いや……」
男はなにがなにやらわからなかった。
自分がなぜこの老人と一緒にいるのか、なぜここで倒れて動けなくなっているのか……
自分のもつ記憶や体験とあまりにもかけ離れていて、整合性の糸口すらつかめない。
「教えてくれ。オレの名前はゼロというのか?」
上から覗き込んでいる老人の顔は、じつに面倒くさい、という表情にゆがんだ。
「おめえ、どうしちまったんだ。名前からなんから全部忘れちまってたから、オレが『零』って名付けたんじゃあねぇか。本当のおめえの名前なんぞ知るもんかい」
そう言いながら老人が手をさしだした。
「まぁいい。さっさと立ってくれ。そうしねぇとオレはおめえをここに置いていかねぇとならねぇ」
男はさしだされた老人の手をつかんだが、ひっぱりあげようとする力がかかったとたん、痛みに喘いで手を離した。
「だめか?」
「どこか折れているらしい」
「ちっ、参ったな。まぁ、ビルの5階から落っこちるようなドジ踏むから……」
「5階から……」
そのとき、遠くのほうでパトカーとおぼしきサイレンが聞こえてきた。
「まずい」
老人はサイレンの音に聞き耳をたてたが、すぐに場所の特定をあきらめて男に言った。
「ゼロ、わるいが、オレたちのパートナー・シップもここまでだ。おめえを置いてくのは忍びねぇが、オレも捕まるわけにはいかねぇ」
老人は最後に倒れている男の顔を、やさしく二回叩くと、そのまま走り去った。
路地裏に大の字で倒れたまま、男はそれを見送ったが、不義理だとか裏切り者だとかいう感情はなかった。
なにがどうなっているかわからない——
自分はなにかの手続きをするために、どこかにむかっていたはずだ。
そのとき、なにかが起きた……
ふたたび頭のなかに、あのキーンという音が鳴り響いた。それは耳鳴りとも頭痛ともちがう、頭のなかで機械が駆動しているとしか思えない金属音だった。あまりにも不快な音に頭を抱えたが、その音にまじって、なにかが近づいてくる音が聞こえてきた。
『警察です。抵抗をしないでください』
男がやけに丁寧なことば遣いのほうへ顔をむけると、そこにロボット警察が数体立っているのがわかった。どうやらすでに囲まれているらしい。
「動けないんだ。抵抗もなにもない」
男はわざと脱力してみせてからそう言った。
指揮官らしきロボットが前にすっと進み出てきた。
『あなたの生体IDが検知できません。あなたを『生来者』と認定……』
そこまで言って指揮官がことばをつまらせた。
『……いえ、今、生体IDが検知できました。チップ埋込者』として確認……』
その瞬間、男の頭のなかに記憶がぶわっと流れ込んできた。時系列や重要度などまるで無視して、頭のなかに広がっていった。
男はうしなわれていた記憶が蘇るのを、呆然と見守るしかなかった。
男は指揮官ロボットにむかって言った。
「わたしには息子がいた…… ああ、そうだ。ひとり息子だ。名前は……」
「レイ—— レイという子だ」
むかしその音を一度聞いたことがあった。それがどれくらい前だったかは思い出せない。だが確かにその音を聞いたのは間違いない。
いまとおなじように、全身の痛みと同時にその音は訪れた。
「大丈夫か? ゼロ」
自分の上から投げかけられた声のほうに目をむけると、ひとりの老人が自分を見おろしていた。
「オレはどうして……」
「ゼロ、からだを動かせるか?」
老人に急かされて男は立ち上がろうとした。が、とたんに体中に痺れるような痛みが橋って、おもわず「うあああっ」と悲鳴をあげた。
「まずいな。すぐに逃げないと、警察に捉まっちまう」
「警察に?」
「ーったりめぇだろうが。この街は、オレたち『生来者』がいていい場所じゃねぇ。それに……」
老人は手に持った貴金属を男の顔の上にかざして続けた。
「ましてや、こんなものを持ってりゃな」
男は自分の顔の上で揺れている宝石を見あげながら訊いた。
「なんでこんな高価そうなものを?」
「おいおい、ゼロ。しっかりしてくれや。今、オレたちが『資源持ち』様の部屋からいただいたンだろうがぁ」
「盗んだ? オレはひとのものを盗んだっていうのか?」
「勘弁しろや、ゼロ。これがオレたちの仕事だろうがぁ。何年組んでると思う? おめぇが記憶をなくしてさまよってンのを助けてから12年だ。いまさら道徳やら正義を説くのはなしだぜ」
「あ、いや……」
男はなにがなにやらわからなかった。
自分がなぜこの老人と一緒にいるのか、なぜここで倒れて動けなくなっているのか……
自分のもつ記憶や体験とあまりにもかけ離れていて、整合性の糸口すらつかめない。
「教えてくれ。オレの名前はゼロというのか?」
上から覗き込んでいる老人の顔は、じつに面倒くさい、という表情にゆがんだ。
「おめえ、どうしちまったんだ。名前からなんから全部忘れちまってたから、オレが『零』って名付けたんじゃあねぇか。本当のおめえの名前なんぞ知るもんかい」
そう言いながら老人が手をさしだした。
「まぁいい。さっさと立ってくれ。そうしねぇとオレはおめえをここに置いていかねぇとならねぇ」
男はさしだされた老人の手をつかんだが、ひっぱりあげようとする力がかかったとたん、痛みに喘いで手を離した。
「だめか?」
「どこか折れているらしい」
「ちっ、参ったな。まぁ、ビルの5階から落っこちるようなドジ踏むから……」
「5階から……」
そのとき、遠くのほうでパトカーとおぼしきサイレンが聞こえてきた。
「まずい」
老人はサイレンの音に聞き耳をたてたが、すぐに場所の特定をあきらめて男に言った。
「ゼロ、わるいが、オレたちのパートナー・シップもここまでだ。おめえを置いてくのは忍びねぇが、オレも捕まるわけにはいかねぇ」
老人は最後に倒れている男の顔を、やさしく二回叩くと、そのまま走り去った。
路地裏に大の字で倒れたまま、男はそれを見送ったが、不義理だとか裏切り者だとかいう感情はなかった。
なにがどうなっているかわからない——
自分はなにかの手続きをするために、どこかにむかっていたはずだ。
そのとき、なにかが起きた……
ふたたび頭のなかに、あのキーンという音が鳴り響いた。それは耳鳴りとも頭痛ともちがう、頭のなかで機械が駆動しているとしか思えない金属音だった。あまりにも不快な音に頭を抱えたが、その音にまじって、なにかが近づいてくる音が聞こえてきた。
『警察です。抵抗をしないでください』
男がやけに丁寧なことば遣いのほうへ顔をむけると、そこにロボット警察が数体立っているのがわかった。どうやらすでに囲まれているらしい。
「動けないんだ。抵抗もなにもない」
男はわざと脱力してみせてからそう言った。
指揮官らしきロボットが前にすっと進み出てきた。
『あなたの生体IDが検知できません。あなたを『生来者』と認定……』
そこまで言って指揮官がことばをつまらせた。
『……いえ、今、生体IDが検知できました。チップ埋込者』として確認……』
その瞬間、男の頭のなかに記憶がぶわっと流れ込んできた。時系列や重要度などまるで無視して、頭のなかに広がっていった。
男はうしなわれていた記憶が蘇るのを、呆然と見守るしかなかった。
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