上 下
702 / 1,035
第三章 第五節 エンマアイの記憶

第701話 これはショートには聞かせられない……

しおりを挟む
 ウルスラは大きく息を吐くと、観念したように言った。

「あそこにいたのだ。幹部の家族が偶然にもね……」

「それが誰の家族なのか、私も知らない。だが、私はそこにいる人の命を守るようにという命令を受けた。亜獣を倒すのではなく、人々を避難させるだけだから何とかなるとたかを括っていた。だからあんな事態になるなどと思いもしなかった」

「たった……」

 春日リンは怒りのあまり、ワナワナと打ち震えていた。
 感情に支配されて、からだをコントロールできなかった。
「たった数名の命を救うために、カミナ・アヤトの……、いえ、全人類の命を引き換えにしたのですか?」
 しゃべりながら唇がふるえ、嗚咽がまじる。しっかり言えない自分が腹立たしい。悔しくてしかたがない。

 だがこれは私がしなければならない抗議。医務室に担ぎ込まれたショートに成り代わって、上司である自分がおこなわねばならない詰問。

 でもこれはショートには聞かせられない——。

 こんな理不尽な命令で、そしてこんなにもお粗末な理由で、自分の愛するひとを失ったことを知ったら、死にたくなるほど悔しい気持ちになるにちがいない。

 今、自分自身もおなじような気持ちにかられている。こんなことのために、わたしは部下のショートを裏切り、ブライトに有利な証言までしたのだ。

 ウルスラがこちらを見た。
 そしてモニタ越しに憔悴しょうそうした様子のブライトに目をくれてから言った。
「反省してないわけではない。だが、その見返りに多額の予算が、この日本支部にはわりあてられたはずだ」
 瞳孔がおおきく広がるのが、自分でも自覚できるほどに、リンは目をめいっぱい見開いた。

 たしかに言うとおりだった——。

 あの一件からすぐに予算は従来の倍以上もついて、人員の増強、最新設備へのリプレイス、研究費の増額、他国機密データへの特別アクセス権など、おどろくほどの厚待遇を得ることができた。
 リンはモニタのむこうのブライトを見た。

 あなたの見返りはこれだったの!。

 リンはブライトを詰問しようと思った。モニタ越しでは手ぬるい。直接、目の前でなにもかもを告解させなければ気がすまなかった。

 なによりショートに対して申し訳なかった。

 リンがきびすを返してブライトのいる部屋へ向かおうとした瞬間、ヤシナ・ミライの声が司令室内に音声で、そしてに直接脳内に思考として響きわたった。

『東京都渋谷署から入電!』

「今度はなにっ!」
 ミサトが脊髄せきずい反射的に叫んだ。

『渋谷区上空に二百メートル級の巨大物体出現!。亜獣反応あり!。おそらく……』


『亜獣エンアイム、本体です!』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...