上 下
684 / 1,035
第三章 第五節 エンマアイの記憶

第683話 舎利弗小人(とどろきしょうと)の悲痛

しおりを挟む
 これは私への天罰だ——。

 舎利弗小人とどろきしょうとは自分自身をそういましめた。

 のこのことこの最前線へ、デミリアンのいるこの場所へ戻ってきた私に、天国のカミナ・アヤトが罰を与えようとしているのだ。
 あのつらい思い出を、もう一度体験させることで……。

 エンマ・アイとの最後の会話は責任感に満ちた別れのことばと、あとは頼むという明確なメッセージに満ちていた。
 それは自分がかわした最後の会話とちがっていた。
 自分との最後の会話はたわいもない日常の会話だった。まるですこしゲームでもしてくるから、食事でも用意して待っててくれ、と言わんばかりの薄っぺらいものだった。自分に心配をかけまい、悲しませたくない、という一心で、虚勢をはってみせたのかもしれない。

 だからあれが最後の会話になるなどと思っていなかった。

 アヤトが死んだとき、自分は体中の血や体液がすべて涙となってでていくのではないかと思うほど涙にむせんでいた。
 立っていられるはずもなかったし、ましてやことばなどはすることはなかった。
 とめどなく喉から発せられるのはただの嗚咽おえつで、まるで動物の咆哮のように単純に本能的なものだった。

 これでパイロットだった彼氏をうしなうのは二回目だった。

 二人目だからといって免疫ができるわけでも、ましてや感覚が麻痺などするわけがない。むしろその感情はつよく、つよく増幅されるのだ。
 そうにきまっている。

 なによりあんな死に方をしたのでは——。


------------------------------------------------------------

「来るな、来ちゃダメだ」
 回収されてきたセラ・マーズのコックピットへ昇る『昇降台』に駆け寄ろうとしたとき、エドが手を前に突き出して、大声で叫んできた。私はその剣幕に思わず足をとめてしまったが、その隙に昇降台は数人のクルーを乗せて上へとあがっていった。
 置いてけぼりをくらった私は、20メートル上のコックピットまで彼らが昇っていくのを、ただぼーっとして見あげるはめになった。

 カッとした怒りが頭に駆けのぼる。
「なぜです!」
 私は脳内通信の手順などすっ飛ばして、大声で叫んだ。
「なぜ、私はダメなんです。私はデミリアン責任者の副長ですよ。私にも権利はあるはずです!」
 だが高見から見おろしてきたエドは、その主張をはねつけた。
「すまない。アルの指示だ」
 私はすばやくアルの居場所を探した。
 怒りのあまり目頭が熱くなっている。だがすぐに開いているコックピットのなかに、先乗りしていたアルに気づいた。
「アルっ!。あなた、どういうことなの?。なんの権限があって……」
 が、アルは網膜デバイスに、自分の映像を送り込んできた。目の前にアルの顔がアップになって広がる。
「すまねぇな。しょうとさん。オレもそうしてあげたいが、今は無理なのさ」
「ど、どうして……」
「ここにゃあ、亜獣の溶解液が付着している。まずその安全性を確認しなきゃならねぇ」
「嘘はやめて!。すでに安全性は担保されているはずよ」
「そりゃ、オレにゃわからねぇ。エドがきめるから……」
「アル!、だったら、なぜろくな防護服も身につけないでそこにいるの!」
 アルが虚をつかれたのがわかった。あわててことばをにごした。
「あ、いや、オレはただ……」

「アヤトは、カミナ・アヤトは私の恋人なのよ。会わせて!」

「いや、それはできねぇ」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...