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第三章 第五節 エンマアイの記憶
第669話 もし、自分が逆の立場なら……
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こんなとき、どんな感情を沸き立たせればいいのかわかない——。
すでに怒りや憤り、悲しみや悔恨、恨みや自己憐憫などの感情は、人生の通過地点においてきた。
心の奥底に押し込め封印した、と言っていいかもしれない。
あらためて抱く感情など、もうない……はずだ。
ショートはリンが映るモニタに目をむけた。
アスカとクララの精神状態に問題ないとわかって、気を取り直していた。
背筋をしゅっと伸ばした姿勢で、ブライトのことばに耳を傾けている。事実を正面から受けとめる覚悟なのかもしれない。
アヤトの死にリンが責任を感じていることの証左なのだろうか。それともただの開き直りなのだろうか……。
もし、自分が逆の立場なら……、リンとおなじ行動をとったにちがいない。
愛おしいひと、いや運命共同体、というべき相手の頼みごとなのだ——。
そもそも選択肢はないに等しかっただろう。
いまなら、その立場にも共感できる。
『カミナ・アヤトをうしなったあと、デミリアンのパイロットはヤマトとアイのふたりだけになってしまいましたが、このふたりのペアはよくやってくれました。歴代パイロットの討伐数を塗り替える快進撃で、おかげで私も歴代最高司令官の栄誉をいただく恩恵にあやかることができました——』
『あの「ナポリの悲劇」までは……』
「90番目の亜獣ジグーね……。ナポリの100万人もの人々を死に追いやった……」
『えぇ、そして——』
『エンマ・アイをうしなった戦いです』
ブライトは続けようとした。が、喉がはりついたようになったのか声が掠れた。とてもつらそうな表情を浮かべる。
『私はあのときの戦いの経験を、二度と味わいたくない……。カミナ・アヤトのときも悩み苦しみましたが、その苦しみのさなかに起きた悲劇は、堪えがたいものでした……』
『あのときの体験を共有した仲間が今まだここにいます。おそらく彼らは、責任者、クルー、かかわらず、みんなおなじ気持ちでしょう』
ブライトは手のひらで額を拭った。
いつのまにか汗が浮き出ていたらしい。生体チップの制御下にありながら、それが機能していない。どれだけのストレスなのか——。
『ですが、一番、つらいのは、ヤマト・タケルです』
『だが、あの亜獣は、あのときの悲劇を、ふたたび体験させようとしている。今、さきほどエンマ・アイの記憶を見せつけられて、私は、いや、みんなそれを確信した』
『私はヤマトを信じている。腹立たしいがメンタルの強い男だ。人類で一番タフかもしれない。だが……、もしそのヤマトが耐えきれなかったら……、デミリアンに取り込まれるようなことになったら……』
そのあとのブライトのことばは聞こえなかった。
すでに怒りや憤り、悲しみや悔恨、恨みや自己憐憫などの感情は、人生の通過地点においてきた。
心の奥底に押し込め封印した、と言っていいかもしれない。
あらためて抱く感情など、もうない……はずだ。
ショートはリンが映るモニタに目をむけた。
アスカとクララの精神状態に問題ないとわかって、気を取り直していた。
背筋をしゅっと伸ばした姿勢で、ブライトのことばに耳を傾けている。事実を正面から受けとめる覚悟なのかもしれない。
アヤトの死にリンが責任を感じていることの証左なのだろうか。それともただの開き直りなのだろうか……。
もし、自分が逆の立場なら……、リンとおなじ行動をとったにちがいない。
愛おしいひと、いや運命共同体、というべき相手の頼みごとなのだ——。
そもそも選択肢はないに等しかっただろう。
いまなら、その立場にも共感できる。
『カミナ・アヤトをうしなったあと、デミリアンのパイロットはヤマトとアイのふたりだけになってしまいましたが、このふたりのペアはよくやってくれました。歴代パイロットの討伐数を塗り替える快進撃で、おかげで私も歴代最高司令官の栄誉をいただく恩恵にあやかることができました——』
『あの「ナポリの悲劇」までは……』
「90番目の亜獣ジグーね……。ナポリの100万人もの人々を死に追いやった……」
『えぇ、そして——』
『エンマ・アイをうしなった戦いです』
ブライトは続けようとした。が、喉がはりついたようになったのか声が掠れた。とてもつらそうな表情を浮かべる。
『私はあのときの戦いの経験を、二度と味わいたくない……。カミナ・アヤトのときも悩み苦しみましたが、その苦しみのさなかに起きた悲劇は、堪えがたいものでした……』
『あのときの体験を共有した仲間が今まだここにいます。おそらく彼らは、責任者、クルー、かかわらず、みんなおなじ気持ちでしょう』
ブライトは手のひらで額を拭った。
いつのまにか汗が浮き出ていたらしい。生体チップの制御下にありながら、それが機能していない。どれだけのストレスなのか——。
『ですが、一番、つらいのは、ヤマト・タケルです』
『だが、あの亜獣は、あのときの悲劇を、ふたたび体験させようとしている。今、さきほどエンマ・アイの記憶を見せつけられて、私は、いや、みんなそれを確信した』
『私はヤマトを信じている。腹立たしいがメンタルの強い男だ。人類で一番タフかもしれない。だが……、もしそのヤマトが耐えきれなかったら……、デミリアンに取り込まれるようなことになったら……』
そのあとのブライトのことばは聞こえなかった。
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