上 下
268 / 1,035
第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第267話 魔法少女現る

しおりを挟む
「ナポリを見て死ね」
 すこし前まで巷間で言われていた有名なことばだ。
 だが、いまでは「死んだナポリを見ろ」と言われるようになっていた。三年に起きたヴェスビオ火山の大噴火によりナポリは、壊滅的ダメージを受け、うつくしい姿をうしなった。すでに二世紀以上も前にヴェニスを水没でうしなっていたイタリアには、それは大きな追い討ちとなった。
 火山噴火によって、ナポリは山麓付近の街が溶岩に焼き尽くされ、それ以外の地域のおおくが噴石と土石流によって破壊された。そしてその直後、噴火をきっかけに起きた津波に、おおくの街が飲みこまれた。からくも難を逃れた街もおおくあったが、延々と降り積もる火山灰にやがて埋もれていった。
 ローマ時代におきたヴェスビオ火山の大噴火による『ポンペイ最後の日』が、2500年の時を経て、今度は500万人都市『ナポリ』を地球上から消し去った。
 今、ナポリと呼ばれているのは、灰の影響がすくなかったナポリの辺境部分と、その隣のポッツオリという都市だった。ナポリという名前を残すために、隣町と合併してできた名ばかりの『ナポリ』でしかなかった。


 世の中は不公平だ——。
 ジョルノは目をとろんとさせながら、道路をふらついていた。
 ヴァーチャルドラッグのやりすぎで、気分はハイになっているはずだったが、口からついてでたのは悪態だった。
 だが、それを聞いたのは、道路を行き交うアンドロイドやロボットたちだけだった。むかしならこの道路には人々が行き交っているところだったが、今はほとんどひとが歩いていなかった。

 当たり前だ。このあたりの住人で働く者などいやしない。
 ジョルノは吐きそうになった。生体チップのアラートが脳内でピーピーなっているのを無視して、オーバードーズを試みたのだから仕方がない。最近ではヴァーチャル・ドラッグで『フル・トランス』状態になりにくくなっている。
 ジョルノは見つけた細い道から、路地裏へ入り込んだ。だれもいないのに、大通りで吐くのを避けようとしている自分に気づいて、苦笑いをした。

「ボクと契約してよ」

 どこからか、甲高い声が聞こえた。
 ジョルノがのど元を押さえたまま、声のするほうに顔をむけると壁のでっぱりの上に、小動物がちょこんと座ってこちらを見ていた。

「ぼくは輝舳キーヘー。ぼくと契約してよ」
 
 その黄色とも白ともつかない小動物が、もういちど話しかけてきた。
 彼はとくにおどろきはしなかった。自分は今ヴァーチャル・ドラッグでフル・トランス状態だし、なによりも昔からこの手の動物型アンドロイドや動物型ゴーストが道端を歩いているのは見慣れた光景だ。
 おそらく、このあと、パーソナル・マーケティングに準じて、ジョルノにフィットした商品やサービスを宣伝してくるはずだ。
「なんだ、新手のマッチングサービスか、間に合ってるぜ」
「ぼくは輝舳《キーヘー》。ぼくと契約して魔法少女になってよ」
「おぃ、おかしなサービスだな。パーソナルデータが違ってるぜ。俺は男だぜ。それに少女っていう年でもねぇし……、なによりも金がねぇよ。働いてないからな」
「どうして働かないの?」
 ふいに別の場所から声がした。

 ジョルノは空を見あげた。上から誰かがゆっくりと降りてくるのがわかった。
 これも驚くことではない。もはや手垢のついた技術だ。たしかゴーストなんちゃら、だったか、ARなんちゃら、だとかいう、そんな類いのものだ。
 目の前に女の子がふわりと降りたった。およそ機能的とは言えないひらひらとしたフリルにおおわれた服は、からだにぴったりとフィットして、まだ成熟しきっていない体のラインを強調していた。ボトムは太ももを隠す程度の短いスカートに、膝までの長いブーツ。そのどれもがパステル調の淡い色合いで、各部にあしらわれたアクセサリと相まって、ガーリーかつフェミニンに演出している。
 そして手には花束のようにみえる、ゴージャスなイメージのステッキを持っていた。
 それは驚いたことに、まるで昔の『ジャパニメーション』とやらにでてくる『魔法少女』だった。

 だがおそろしく違和感があった。
 少女はとんでもなく安っぽいお面をかぶっていた。プラスティックかセルロイドのような素材。プラスティックは国際法で製造が禁じられているはずなので、それではないなにかなのだろう。
 それは縁日とかいう風習で売られていたのに似ている。ジョルノは四百年前の日本の『ジャパニメーション』で見たことがあった。

「あたし、カヤメ・マドカ。魔法少女になって一緒に戦ってほしいの。それともあなたは働くのは嫌い?」
 マドカと名乗る少女が、お面の下からジョルノに声をかけてきた。ジョルノは見慣れない少女の姿に目を奪われていたが、突然、AIらしくない質問を投げかけられて我にかえった。
「なんだよ。サービスを拒否したら、今度は説教かい。勘弁してくれよ」
「気分をわるくしたらごめんね。単純に興味できいてるだけなの」
 少女の声はとてもか細く、心をなで回されるような響きがあった。
「俺だけじゃない。この25世紀に働くヤツなんてほとんどいやしないさ。特にイタリア人はね。よっぽどの変わりモンじゃねーとね」
「どうして?」
「だって今は『社会資本主義』なんだぜ。働くのはAIやアンドロイド、ロボットたちの仕事。おれたち人間たちの仕事は、物や事を消費して経済を回すことさ。みんなそうしてるさ。なにせ国際連邦に加盟している国々は同一の『ベーシック・インカム』が支給されてるからな」
「それで楽しい?」
「あぁ、楽しいさ。贅沢さえしなければ、じゅうぶん安心、安全な暮らしができるからね。だから、おれたちは 食べて、飲んで、歌って、恋して、ゲームに興じる……。働くなんて、まったくどうにかしている」
「でも働いている人、いっぱいいるわ」
「そりゃ、もうすこし余裕のある暮らしがしたいヤツや、社会貢献とか使命感でやっているヤツらがいるのは知っている。おれはそんな変わり者を否定しやしないが、理解はできねぇな」
「じゃあ、この世界に不満はないのね」
「もちろんさ。知ってるか。今の時代を、奴隷に働かせて自分たちは享楽にふけっていた『古代ローマ時代』をもじって『ローマの休日時代』などと呼ぶ経済学者もいるんだぜ。いい時代だと思わないか」

「わかった。あなたは今の生活に満足していて、ぶっ殺してやりたいと思う人もいないってことね」

 ジョルノは一瞬聞き間違えたのかと思った。
 この新規のサービスは、少女の姿を模して勧誘しているだけでも法律違反すれすれだというのに、さらにトンでもなく物騒なことをさらりと耳打ちしてきた。
「おい、ちょっと待てよ。おれの頭ンなかには『生体チップ』がはいってンだ。そんな危ない話を聞いて、AI管理システムにひっかかったらどうしてくれるんだ」
「どうなるっていうの?」
「おいおい、おまえさんもAIだからわかってんだろ。脳内チップが感情を24時間監視してるんだぜ。犯罪めいたことを考えただけで、『AI管理官』に通報されて、監視対象にされちまう。今だっておまえさんと話している脳波や会話が、『予測犯罪係数』に引っかかるかもしれねーんだからな。勘弁してくれ」

「魔法使いは、『AI管理官』を出し抜くことができるのよ」
 マドカがにっこりと笑ってそう言った。すぐにキーヘーが補足する。
「AIの監視下からのがれて、ほんとうの意味でやりたい放題ができるのさ」
「あんたら何を言ってる?」
「そうだ。お試しサービスを提供するわ」
「お試し?。お試しってなんだよ?」

「わたしがあなたの殺したい人を代わりに殺してあげる」

「きみが嫌いなひとを思い浮かべてよ」
 キーヘーがジョルノに追い討ちをかけるように、追い込んでいく。
「ばかばかしい、そんなヤツいるわけが……」
 ジョルノはそう即座に否定した。迂闊うかつに話を合わせると、『AI管理官』に捕捉される。へたをうって「ベーシック・インカム」の支給を止められたりしたら、目もあてられない。

 が、その瞬間、ジョルノの脳裏にひとりの男の顔が浮かんだ。

 かつて上司だった男——。
 むかし、生き甲斐やもうすこし上の暮らしを求めて、職についたときに味わった屈辱の日々。『リ・プログラム』を受けて、その仕事のスキルや知識を身につけていたはずなのに、その上司はそこにはない新しい仕事を押しつけてきだ。それは『リ・プログラム』の履修カリキュラムにはいっていないと抗議をすると、決まってその上司は「そのなかにないものを見つけるのが仕事なんだよ」と臭い息を吐きかけてきた。
 彼は産まれたときに『生体チップ』の埋め込みを受けられなかったせいで、誰に対しておなじような悪辣あくらつな態度をとると聞かされたが、ジョルノのプライドはそこでこれ以上ないほど傷つけられた。
 いくら理不尽でも、上司に対してネガティブな考えをすれば、たちまち『AI管理官』の監視対象になるとわかった上での嫌がらせは、ジョルノが退職を申し出るまでの数ヶ月続いた。
 その時「殺してやりたい」という感情がもたげそうになるのを、どれほどの精神力で押しとどめていたか。
 あれ以来、『働く』という選択肢が、ジョルノの人生から消えたのは間違いなかった。

「いやな上司ね」
 ふいに少女が言った。一瞬、ほんの一瞬こみあげた思い出のはずだった。今ではあの当時のような感情があふれてくるようなことはない。

「なにを言ってる?。もうずっと昔の話だ」
「でもまだあなたの心のなかに『火種』として残っている。大丈夫。わたしが消してあげる」
 その瞬間、目の前の地面にドンとなにかが落ちてきた。地面に叩きつけられた衝撃で、そこから飛び散った飛沫が、ジョルノの顔やからだにふりかかった。ジョルノが反射的に顔にかかった飛沫を手でぬぐう。
 赤い液体——。血だった。

「網膜チップの輝度をあげてみるとよく見えるよ」とキーヘーが言うと、自動的に網膜チップが動作し、輝度をあげていった。
 ジョルノの網膜の焦点が合うと、ばらばらになって地面に転がる人間のからだがくっきりと映し出された。その正面に無造作に転がっているものがあった。
 あの上司の首だった。

「うわぁぁぁぁ」
 彼は大声をあげてうしろにしりもちをついた。呼吸が乱れ、心臓が早鐘のようにうち始める。とたんに脳内で『生体チップ』からのアラートがピーピーと鳴り響きはじめた。

 カヤメ・マドカがジョルノに無邪気な顔で尋ねた。
「ねぇ、この人でまちがいなぁい?。確認してぇ」
 ジョルノが自分の歯がかたかたとなっているのに気づいた。産まれてはじめての経験だった。彼は声をしぼりだした。
「ま、まちがいねぇよ。かなり歳はくってるが、あいつで間違いねぇよ」
「よかった」
 マドカが自分の胸に手をあてて、ほっとした表情を浮かべた。
「ちょ、ちょっと待て。おれはどうする。こんなに心拍数があがって脳波が乱れたら『AI管理官』に通報される。これじゃあ、俺がバラバラ殺人の犯人になってしまうじゃねぇか……」
「えーー、そんな心配してるのぉ?」
 マドカが驚いた顔つきでジョルノの顔を覗き込むと、脇からキーヘーが言ってきた。
「魔法の力だよ。そんなの大丈夫に決まってるじゃないか」
「だ、大丈夫?」
「当然だろ。魔法少女だよ。魔法でなんだってやりたい放題できるんだ」

 ジョルノはふいに、もう何人かこの世から消してやりたい人間がいることを思い出した。
 もし、このちからがあれば……。
 ジョルノがキーヘーの顔を見つめて言った。

「キーヘー、なにをやれば魔法少女になれるんだ?」
 キーヘーは首をすこしだけ横に傾けた。表情はまったく変わらなかったが、ジョルノにはキーヘーが満足そうな顔つきをしているように見えた。

「ぼくと契約して魔法少女になって……」とキーヘーが言った。


「そしてぼくらと一緒に、悪い敵、マンゲツと戦って!」


------------------------------------------------------------

第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦  完

次回からは 第二章 第三節 魔法少女 開始

このあとも誰も見たことも読んだこともない、まったくオリジナルな戦いを描いていくつもりです。お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...