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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦
第200話 平凡か非凡、自分はどっちだと思う?
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鬼気迫るような威圧感——。
ヤマトのことばにその場のだれもが身じろぎすらできずにいた。
時がとまったよう、という手垢のついた表現ですら、陳腐に思えるほど、だれもがその口調に本気を感じとって、動けずにいた。
だが、そのことばは本当なのだろうか——。
そう亜沙・歴は自分に問うた。おそらくそこにいる誰もが同じ思いを自分に問いかけているはずだ。だが、それが真実であるか否かが問題なのではない。
それを真実であると思ったかどうかが問題だ。
自分はゾッとすることに、あのことばを真実であると信じた。ヤマト・タケルの口をついてでた一片の容赦もないことばを真実だと確信してしまった。
ユウキはみんなの顔を眺め回した。自分がショックを受けていることは知っていた。が、それを自覚したうえで、ほかの人がどうそれを受けとったかを知りたかった。
ウルスラ総司令は怒りに心をたぎらせているように見えた。そこにはそんな揺さぶりに動揺してなるものかという強い意志と、小馬鹿にする態度のヤマトへの不審感がみてとれた。カツライ司令は逆にわかりやすいほど呆然としていた。いや、彼女がそんな殊勝なタマではない。今は、そういう反応が無難だと判断して演じているだけだ。
だが、八冉未来副司令は、もろにショックを受けているように見えた。大将が就任することを聞かされず憤懣がわだかまっているところに、こんな告解をぶつけられて冷静でいられるわけもない。それ以外のスタッフ、アル、エド・春日リン博士、アイダ李子先生、クララまでもが、おしなべてミライと同じような反応だった。迂闊には二の句がつけない。そんな顔をしていた。おそらく自分もおなじような顔を晒しているにちがいない。
ちがっていたのは、レイとアスカの両名だけだった。
アスカは膨れっ面をしていたし、レイはまったく顔色を変えているように見えなかった。おそらくアスカは秘め事を仄めかしたヤマトの態度が気に入らない、レイはどんな内容だろうと興味がない。そんなとこだろう。
それでも誰ひとりとして、ヤマトのことばが偽りであると否定する者は、この場にいないと確信できた。
それほどまでに残酷なものなのだ。『四解文書』とは——。
その一節を、ヤマトが言うところの『さほど重要ではない一節』ですら、いち司令官を休職にまで追い込んだのだ。
すべてを知れば、本当に気が狂ってしまうという噂は、誇張されたものではない——。
『非凡』……。
ふいにユウキの頭にそんなことばが浮かんだ。
平凡か非凡、自分はどっちだと思う?。
昔、授業中にそう問われたことがある。
25世紀の今において、紀元前の哲学者じみたことを問われた生徒たちが、みな面食らった顔をしていたのを思い出す。
だが、ユウキはその問いに対して反論した。
「先生、失礼ですが、わたしはそのどちらでもありません」
「ほう、どういうことかね、アスナ君。自分を平凡ですらない、鈍才とでも卑下するつもりかな。学内トップの君が?」
「いいえ……、わたしは非凡でも平凡でもない……」
「ただ『有能』なだけです」
「人はいつだって、自分に配られた『手札』で勝負するしかありません。ひとの『手札』をみて羨んでも仕方がない。もし生まれ持った『手札』が恵まれないものであっても、その『手札』を最善手まで高められたのなら、それは『有能』ですし、恵まれた『手札』でありながらゲームの選択を間違えたとしたら、それは『無能』……」
「平凡も非凡も関係ありません。つねに『有能』であれば良いのです」
そう断じたにも関わらず今、ユウキの頭に浮かんだのは、皮肉にも『非凡』というフレーズだった。
ヤマト・タケルはユウキにとって、99・9%という唯一無二の血筋、他を圧倒する最高位の『手札』の持ち主だ。だが、それは自身をも『破滅』に追い込む凶悪なほど強い『手札』。
しかも逃げることが許されない『業』と対で与えられた悪魔の手札。
人類滅亡や宇宙消滅ですら『生ぬるい』と断じられるほどの『使命』を、自分のうちに抱えながら、世界中の人々の誹謗中傷を受け続ける『業』——。
なんという精神力。
これは……『非凡』としか形容ができない。
ふと、ユウキはこの禍々しいまでに張りつめた場の空気を、自分が払拭すべきだ、と感じた。それが『有能』な人間の、今、やるべきことだと確信した。
そう。自分はヤマトの『盾』なのだから……。
ユウキはかしこまったまま、一歩前に進み出て敬礼をした。
「ウルスラ総司令。大変申し訳ございませんが、そろそろ下がらせていただけないでしょうか」
ウルスラ総司令が、ゆっくり口を開いた。まるで乾いたくちびるを上下に引き剥がすような、重々しい動きだった。
「うむ、許可する。昨夜からの戦闘で疲れているだろうからな……」
そのひと言で凍りきった室内の空気が緩解した。すくなくともそう思えた。
今の行動ですこしはヤマト・タケルの盾になれただろうか……、ウルスラ総司令の面子を保ってあげられただろうか……。
もし、ふたりに恩のひとつも売れたのなら、ありがたいところだ。
自分はたゆまず『有能』を見せ続けなければならない。
そういう生き方をしいられている人間だ。
そう、自分は『非凡』ではないのだから……。
ヤマトのことばにその場のだれもが身じろぎすらできずにいた。
時がとまったよう、という手垢のついた表現ですら、陳腐に思えるほど、だれもがその口調に本気を感じとって、動けずにいた。
だが、そのことばは本当なのだろうか——。
そう亜沙・歴は自分に問うた。おそらくそこにいる誰もが同じ思いを自分に問いかけているはずだ。だが、それが真実であるか否かが問題なのではない。
それを真実であると思ったかどうかが問題だ。
自分はゾッとすることに、あのことばを真実であると信じた。ヤマト・タケルの口をついてでた一片の容赦もないことばを真実だと確信してしまった。
ユウキはみんなの顔を眺め回した。自分がショックを受けていることは知っていた。が、それを自覚したうえで、ほかの人がどうそれを受けとったかを知りたかった。
ウルスラ総司令は怒りに心をたぎらせているように見えた。そこにはそんな揺さぶりに動揺してなるものかという強い意志と、小馬鹿にする態度のヤマトへの不審感がみてとれた。カツライ司令は逆にわかりやすいほど呆然としていた。いや、彼女がそんな殊勝なタマではない。今は、そういう反応が無難だと判断して演じているだけだ。
だが、八冉未来副司令は、もろにショックを受けているように見えた。大将が就任することを聞かされず憤懣がわだかまっているところに、こんな告解をぶつけられて冷静でいられるわけもない。それ以外のスタッフ、アル、エド・春日リン博士、アイダ李子先生、クララまでもが、おしなべてミライと同じような反応だった。迂闊には二の句がつけない。そんな顔をしていた。おそらく自分もおなじような顔を晒しているにちがいない。
ちがっていたのは、レイとアスカの両名だけだった。
アスカは膨れっ面をしていたし、レイはまったく顔色を変えているように見えなかった。おそらくアスカは秘め事を仄めかしたヤマトの態度が気に入らない、レイはどんな内容だろうと興味がない。そんなとこだろう。
それでも誰ひとりとして、ヤマトのことばが偽りであると否定する者は、この場にいないと確信できた。
それほどまでに残酷なものなのだ。『四解文書』とは——。
その一節を、ヤマトが言うところの『さほど重要ではない一節』ですら、いち司令官を休職にまで追い込んだのだ。
すべてを知れば、本当に気が狂ってしまうという噂は、誇張されたものではない——。
『非凡』……。
ふいにユウキの頭にそんなことばが浮かんだ。
平凡か非凡、自分はどっちだと思う?。
昔、授業中にそう問われたことがある。
25世紀の今において、紀元前の哲学者じみたことを問われた生徒たちが、みな面食らった顔をしていたのを思い出す。
だが、ユウキはその問いに対して反論した。
「先生、失礼ですが、わたしはそのどちらでもありません」
「ほう、どういうことかね、アスナ君。自分を平凡ですらない、鈍才とでも卑下するつもりかな。学内トップの君が?」
「いいえ……、わたしは非凡でも平凡でもない……」
「ただ『有能』なだけです」
「人はいつだって、自分に配られた『手札』で勝負するしかありません。ひとの『手札』をみて羨んでも仕方がない。もし生まれ持った『手札』が恵まれないものであっても、その『手札』を最善手まで高められたのなら、それは『有能』ですし、恵まれた『手札』でありながらゲームの選択を間違えたとしたら、それは『無能』……」
「平凡も非凡も関係ありません。つねに『有能』であれば良いのです」
そう断じたにも関わらず今、ユウキの頭に浮かんだのは、皮肉にも『非凡』というフレーズだった。
ヤマト・タケルはユウキにとって、99・9%という唯一無二の血筋、他を圧倒する最高位の『手札』の持ち主だ。だが、それは自身をも『破滅』に追い込む凶悪なほど強い『手札』。
しかも逃げることが許されない『業』と対で与えられた悪魔の手札。
人類滅亡や宇宙消滅ですら『生ぬるい』と断じられるほどの『使命』を、自分のうちに抱えながら、世界中の人々の誹謗中傷を受け続ける『業』——。
なんという精神力。
これは……『非凡』としか形容ができない。
ふと、ユウキはこの禍々しいまでに張りつめた場の空気を、自分が払拭すべきだ、と感じた。それが『有能』な人間の、今、やるべきことだと確信した。
そう。自分はヤマトの『盾』なのだから……。
ユウキはかしこまったまま、一歩前に進み出て敬礼をした。
「ウルスラ総司令。大変申し訳ございませんが、そろそろ下がらせていただけないでしょうか」
ウルスラ総司令が、ゆっくり口を開いた。まるで乾いたくちびるを上下に引き剥がすような、重々しい動きだった。
「うむ、許可する。昨夜からの戦闘で疲れているだろうからな……」
そのひと言で凍りきった室内の空気が緩解した。すくなくともそう思えた。
今の行動ですこしはヤマト・タケルの盾になれただろうか……、ウルスラ総司令の面子を保ってあげられただろうか……。
もし、ふたりに恩のひとつも売れたのなら、ありがたいところだ。
自分はたゆまず『有能』を見せ続けなければならない。
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そう、自分は『非凡』ではないのだから……。
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