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第一章 最終節 決意

第153話 だめ、だめ、だめぇ、アスカ!、耐えて——

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「だめ、だめ、だめぇ、アスカ!、耐えて——」
 必死の祈りが口から漏れでているのは、ミライヤシマの口からだった。こんなに取り乱すミライの姿ははじめてだった。ブライトは自分がなんとかしなければならないと焦った。ブライトは彼女を落ち着かせようと、わざと大きな声で指令を発した。
「ミライ、状況を、状況を伝えろ!」
 語尾が上擦った。ブライトは心の中でちくしょうと自分を罵《ののし》った。ミライを落ち着かせようと声を張ったはずなのに、むしろこちらの動揺をあらわにすることになってしまった。
 だが、それでもミライは行動をおこした。命令を耳にして、反射的にからだが動いただけのかもしれなかったが、ミライは顔を硬ばらせたまま、モニタ画面に顔をおとしてた。
「ヴァイタル上昇!。アドレナリン、ドーパミンとも異常値、上限をこえます!。このままだと……」
「……アスカがのっとられます」
 ゾッとした現実がブライトの頭を殴りつけてきた。あまりにも重く厳しい現実。ましてやみずからが九死に一生を得た今の精神状態では、己を保つだけで精いっぱいだった。
 とても受けとめきれそうもない……。
 ブライトは隣に立っている春日リンに目をむけた。もうすこし彼女にすがっていたかった。だが頼みの綱のはずのリンは、ブライト以上にうろたえていた。
「いっちゃだめ、いっちゃだめ、カオリ……、カオリ、いかないで!!」
 リンはうわごとのような呟きをとめられずにいた。
「リン、しっかりしろ」
 その声に数いを求めるように、リンがうつろな目をこちらにむけた。ブライトはリンのそんな表情をみるのははじめてだった。
「輝……。カオリが連れていかれちゃう……」
 ブライトはすぐさま、サブモニタにヤマトを呼びだした。
「ヤマト、今どこだ!」
「今、むかってます」
 ヤマトはマンゲツからすでに降機して、森の中を走っていた。
「ヤマト、きさま、マンゲツから降りてなにをするつもりだ」
「コックピットのハッチをこじあけて、アスカを引きずり出します」
 ヤマトは走るスピードを一切緩めることなく、全力疾走しながら返答してきた。
「なにをいまさら!」
「間にあわせてみせます」
「無理だ。アスカを強制射出する。アル、準備を!」
 サブモニタ画面に、ダミー操縦席に座ってスタンバイしているアルの姿が映しだされた。
「ブライト司令、すまねぇが、もちっと待っても……」
「余裕などあるものか!。私はこれ以上デミリアンをうしなうわけにはいかないのだ」
「それはアスカも理解している。だからぼくは……、アスカが自分で自分の片をつけないように……、アスカに……誓わせた……んだ」
 ヤマトがブライトに言った。さすがに息が弾んでいた。
「片をつける?。どういうことだ」
 ヤマトのことばをアルが引き継いだ。
「知っているでしょう、パイロットのシートの下に、強制排出スイッチがあるのを。一度目はハッチを破壊して、二度目にパイロットごとシートを強制排出する」
「ボクはアスカにそのボタンを押してほしくない。だからあの時、そう誓わせた」
「ならば、こちらで代わり押すだけだ。アスカもおまえとの誓いを破らずにすむだろう」
 ブライトはこれ以上の話は我慢ならないとばかりに語気を荒げた。
「ボクとの誓いはどうなる!」
 ヤマトの言葉の強さはそれを上まわるほどの力に満ちていた。
 決意の大きさの違い——。
 ブライトはヤマトのたった一言にのみこまれている自分に気づいた。
「ボクはアスカを絶対に助けると誓った」
「これは破っちゃあいけない約束だ。だからボクは何がなんでも守ってみせる」
「おまえたちの個人的約束を、人類の生き死により優先させていいわけないだろうがぁ」
 ブライトの精いっぱいの反撃だった。
「あとで人類でもなんでも、きっちり救ってみせます。でも今はアスカを優先させてください」
 ヤマトの懇願するような口調に、ブライトは無性に腹がたった。
「どの口が言う。きさまはあの時リョウマをさっさと殺せと、私をなじったんだぞ」
 ヤマトがモニタのむこうで黙りこんだ。息がきれて声がでないのか、言い返すことばが見つからないのか、その両方なのかなのだろう。
 ブライトはふーっと息を吐いた。
 生意気なガキを黙らせられたという思いで、意外なほど留飲をさげている自分に気づいた。これ以上、あいつの思いどおりにはさせない。
「ヤマト、きさま、今どこだ!」
「いま、ちょうどヴィーナスの足元に到着しました……。いまからタラップを上ります」
 ブライトはモニタ画面に映るヤマトの姿を確認した。ヤマトはセラ・ヴィーナスの足に手をついて肩で息をしていた。ずぶ濡れのからだからは、モニタ越しにわかるほどの湯毛がたちのぼっている。相当に無理をしたのだろう。
 ブライトは静かな声で命じた。
「ヤマト、脇で待機しろ」
「待機!」
 ヤマトが反論しようとするのを無視して、モニタのむこうのアルに指示をとばした。
「アル、強制排出装置のスイッチを押せ!」
「ブライトさん、ちょっとーー」
「一回押すだけなら、ハッチが吹き飛ぶだけだ」
「ハッチを……」
「先に入り口を開けておくだけだ!」
 アルがブライトのことばの意図することに気付いて、コンソールを操作しはじめた。ブライトはそれを横目に、ヤマトに強いことばを投げかけた。
「三分だ」
「きさまにそれだけくれてやる。ただし、もしそれより前にアスカが飲み込まれる兆候があったら、すぐにもう一回スイッチを押す」
「三分……。いいんですか?」
「きさま、男の子だろ!。女の子との約束、きっちり守ってみせろ」
 ヤマトは礼を言うでもなくコクリと促くと、セラ・ヴィーナスの足元から頭のうえまで続く、タラップと呼ばれる梯子のハンドルに手をかけ、昇りはじめた。
 ふとブライトが隣をみると、春日リンが感謝のこもった表情でこちらを見ているのに気づいた。目元がすこし潤んでいるようにも見えた。
 ブライトは『勘弁してほしい』と心底思った。
 リンにはそんな表情も感情も似つかわしくない。すくなくとも自分が愛した、リン・ミア・メイはそういう顔とは一番縁遠いおんなだったはずだ。
 だが、そう思いながら、そんな自分に満足していることに気づいて苦笑した。

 自分の中にもまだ男の子の残滓があったらしい——。
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