139 / 1,035
第一章 最終節 決意
第138話 今、自分の心に魔がさそうとしている
しおりを挟む
今、自分の心に魔がさそうとしている。
なんと蠱惑的な誘いなのだろうか。
別のデミリアンの腕を、もう一体の腕とつけかえる。
歴代のデミリアン担当責任者が試みることさえなかった挑戦だ。いや、そんな機会に恵まれなかったのだ。彼らの責任でも怠慢でもない。
それをやれる機会がはからずも巡ってきた自分の強運を誇るべきだ。
いや、はたしてそうなのだろうか。
つけ代る腕はもう同じ種族のデミリアンですらないのだ。亜獣の腕……なのだ。
「春日博士、どうする?」
ヤマトがモニタのむこうから決意に満ちた目を見せつけた。
ほんとうに嫌な子。
こんな時にわざとらしく『春日博士』などとかしこまって呼ぶ。
あの子の中では答えはとうにでている。でなければ、あとひと太刀しか振るえないという状況で、腕だけを切り落としたりしない。
だが、私もとっくに答えはでている。
ひとりの科学者としては亜獣の腕が、果して違う個体に癒着するのか、もしそれで修復できたとして、そのあとどんな反応や進化、あるいは悪いことが起こるのかを見てみたい。
だが、答えは『ノー』だ。
科学者個人の希望は、亜宙人管理局長という責任者の責務の前には一考に値しない。
新たなる亜獣を生みだす可能性、怪我をおったデミリアンを腕だけでなく、まるごと失う可能性。それらを鑑みれば、『イエス』と首肯できる余地など毛ほどもない。
「リンさん、片腕のデミリアンでは、光の剣に力を込められない!」
リンはヤマトが自分に追い込みをかけてきていると感じた。
「メイ、あたし、このセラ・ヴィーナス、降りるのいやよ!」
アスカがヤマトの思いを汲んだのだろう。決意をうながすように援護してくる。
えぇ、わかってる。私もヴィーナスをうしなうのは耐えられない。悲しい思いをするのは、セラ・プルートだけでたくさんだ。
「カオリ、でもその腕をつけたら、リョウマくんのように亜獣化するかもしれないのよ」 リンはわざと『カオリ』と昔の名前でアスカを呼んだ。
男に浮かれている愛弟子をきっちりとたしなめてあげなければならない。
「リンさん、早く。腕が使いものにならなくなる」
マンゲツが手に持ったプルートの腕を、これ見よがしに体の前につきだした。
ふと視線を感じて、リンは周りを見回した。司令部のクルーたちがみな、こちらを注視していた。どういう決断を下すか、かたずを飲んでいるというところだろうか。その中でもブライトはことさら心配そうな視線をむけていた。リンは一瞬自分を心配してくれているのか、と思い、ブライトの意見をあおごうと口を開きかけた。
いや、違う。この人はどちらの判断を下したとしても、支持するだろう。そして再度、念をおすはずだ。
何があっても、その決断を下した私に全責任があることを。
「各位!。判断は春日博士に任せて、みな、自分の持ち場に戻りなさい。まだ戦いは終わってないわよ」
突然、抗議の色を帯びて感じられる怒声が、頭の中に送りこまれてきた。
ヤシナ・ミライだった。彼女だけは、先ほどからのひりつくようなやりとりに目もくれず。ひとり黙々と自分の役割をこなしていたのだ。
まったくクソみたいに融通のきかない優秀な副司令官。
リンの腹は決った。自分もその役目をクソみたいと粛々とこなすのみだ。
「アスカ!。タケル君から腕を受けとって!」
なんと蠱惑的な誘いなのだろうか。
別のデミリアンの腕を、もう一体の腕とつけかえる。
歴代のデミリアン担当責任者が試みることさえなかった挑戦だ。いや、そんな機会に恵まれなかったのだ。彼らの責任でも怠慢でもない。
それをやれる機会がはからずも巡ってきた自分の強運を誇るべきだ。
いや、はたしてそうなのだろうか。
つけ代る腕はもう同じ種族のデミリアンですらないのだ。亜獣の腕……なのだ。
「春日博士、どうする?」
ヤマトがモニタのむこうから決意に満ちた目を見せつけた。
ほんとうに嫌な子。
こんな時にわざとらしく『春日博士』などとかしこまって呼ぶ。
あの子の中では答えはとうにでている。でなければ、あとひと太刀しか振るえないという状況で、腕だけを切り落としたりしない。
だが、私もとっくに答えはでている。
ひとりの科学者としては亜獣の腕が、果して違う個体に癒着するのか、もしそれで修復できたとして、そのあとどんな反応や進化、あるいは悪いことが起こるのかを見てみたい。
だが、答えは『ノー』だ。
科学者個人の希望は、亜宙人管理局長という責任者の責務の前には一考に値しない。
新たなる亜獣を生みだす可能性、怪我をおったデミリアンを腕だけでなく、まるごと失う可能性。それらを鑑みれば、『イエス』と首肯できる余地など毛ほどもない。
「リンさん、片腕のデミリアンでは、光の剣に力を込められない!」
リンはヤマトが自分に追い込みをかけてきていると感じた。
「メイ、あたし、このセラ・ヴィーナス、降りるのいやよ!」
アスカがヤマトの思いを汲んだのだろう。決意をうながすように援護してくる。
えぇ、わかってる。私もヴィーナスをうしなうのは耐えられない。悲しい思いをするのは、セラ・プルートだけでたくさんだ。
「カオリ、でもその腕をつけたら、リョウマくんのように亜獣化するかもしれないのよ」 リンはわざと『カオリ』と昔の名前でアスカを呼んだ。
男に浮かれている愛弟子をきっちりとたしなめてあげなければならない。
「リンさん、早く。腕が使いものにならなくなる」
マンゲツが手に持ったプルートの腕を、これ見よがしに体の前につきだした。
ふと視線を感じて、リンは周りを見回した。司令部のクルーたちがみな、こちらを注視していた。どういう決断を下すか、かたずを飲んでいるというところだろうか。その中でもブライトはことさら心配そうな視線をむけていた。リンは一瞬自分を心配してくれているのか、と思い、ブライトの意見をあおごうと口を開きかけた。
いや、違う。この人はどちらの判断を下したとしても、支持するだろう。そして再度、念をおすはずだ。
何があっても、その決断を下した私に全責任があることを。
「各位!。判断は春日博士に任せて、みな、自分の持ち場に戻りなさい。まだ戦いは終わってないわよ」
突然、抗議の色を帯びて感じられる怒声が、頭の中に送りこまれてきた。
ヤシナ・ミライだった。彼女だけは、先ほどからのひりつくようなやりとりに目もくれず。ひとり黙々と自分の役割をこなしていたのだ。
まったくクソみたいに融通のきかない優秀な副司令官。
リンの腹は決った。自分もその役目をクソみたいと粛々とこなすのみだ。
「アスカ!。タケル君から腕を受けとって!」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
全ての悩みを解決した先に
夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」
成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、
新しい形の自分探しストーリー。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる