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第一章 最終節 決意
第128話 全人類に申し訳ない、とは思ったが、気分が晴々としていた。
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「可能性は聞いていた……。だけど……、このスピード……ウソでしょ」
プルートゥの腕に菌糸のような繊維が切断された右腕の傷を、繊細な糸で縫いあげるようにつながっていく様をみて、春日リンは呆然としていた。
前回、亜獣サスライガンとの戦いで、押し潰されたマンゲツの両腕は、癒えるのに33日間かかった。正確にいえば、795時間。それでも人間では望むべくもない速さの回復スピードだった。デミリアンの傷の治るスピードは人間を規準にすれば、おそろしいほどの速さなのは間違いない。部位にもよるが、数倍から十数倍という過去の実績データも、もちろん把握している。
だが、切断された腕が、その場で癒着していくというのは、その範疇をあきらかに越えている。
「タケル君……、あなた、隠してたの?」
おもわず口元から、ヤマトを咎めるような言葉が漏れでた。感情に大きな揺れが生じれば、パイロットはデミリアンに取り込まれる、という事実を隠しだてされていたことを思い出す。
「リンさん、残念だけど、ぼくもこれははじめてだ」
そのとき、アスカの若干、けんのある声が飛び込んできた。
「タケル、なにボサッとしてるの。完全体になる前に倒してよ」
さきほどのブライトからの命令を、まだ承服しかねているのがみてとれた。
「あぶないとこ助けたんだから、はやくその亜獣を倒しなさいよ」
「アスカ、キミはどこへ?」
「あたしはブライトのたっての願いで、別の任務を押しつけられたの。亜獣を倒すのはゆずるから、ちゃんと倒しておいてよね」
そういうなりアスカはセラ・ヴィーナスの機体を、日本国防軍が陣をひく方へ疾駆させ出した。ヤマトに押しつけることで、なんとなく自分の中のわだかまりに、折り合いをつけたように感じられた。
ものの数分のあいだに、プルートゥの腕は左腕の支えなしでも、つながっているレベルにまで回復していた。まだぐらぐらと安定はしていないが、それも時間の問題だろうというのは容易に想像がついた。
あと10分もすれば、切断されたはずの腕でまたサムライ・ソードをふりまわしはじめるに違いない。
「司令部、今からプルートゥを討ち取ります」
ヤマトが、司令部の誰かにむけて、わざわざエクスキューズしてきた。
誰に?。ブライト?、エド?、それともわたし?。
いや、アスカだ。いまから兄を代わりに始末すると、あらためて宣言してきたのだ。
らしくないな……。
ヤマトのサムライ・ソードの刀身が、ひときわ眩い光を放ちはじめた。
が、リンはプルートゥの腕に見慣れぬ変化が生じはじめているのに気づいた。
「タケル君、お願い、ちょっと待って!」
「メイ、あんた、なに言ってんのよ」
アスカから思考データでの抗議が飛び込んでくる。
「リンさん、邪魔しないでください。完全体に戻られたらやっかいです」
「ちがうの。プルートゥの腕が……」
そこまで言って、おもわずことばを飲み込んだ。すでに目の前の現象は、タケルたちに説明不要な状態になっていた。
プルートゥの腕が切断された付根部分から、もりもりと盛り上がり、まるでその腕だけが別の生命体のもののように変貌していた。
「あ、あれは?」
ヤマトの驚きの声がこぼれる。
「わからない。だけど……、あれは……」
リンは自分がヤマトにプルートゥの命乞いをしようとしていると気づいて、ハッとした。
研究者としての自分が、デミリアンの驚くべき事例を目の当たりにして、それをもっと観察していたい、研究してみたい、という渇望に突き動かされている。
ヤマトの、ひいては人類の命を危険にさらしてまで、願って良いわがままではないことはわかっている。だが、一瞬、あってはいけないことだが、一瞬だが、我をわすれた。
「タケル君、はやく倒しなさい。プルートゥが完全体以上になるわ!」
そのことばがトリガーになったのか、マンゲツのからだがバネで弾かれたように、一気に前に飛び出した。サムライ・ソードをおおきくふりかぶる。
その動きに呼応して、プルートゥが臨戦態勢をとった、右腕に握られたサムライ・ソードを左手でひったくるようにもぎ取ると、からだの前につきだし、光の刀身を瞬時に形成して身構えた。すでに盛りあがった新しい右腕は、元の数倍のおおきさに膨れ上がっていた。
『まるで……シオマネキ……』
リンは、数百年前に絶滅した片方のハサミだけが異様におおきい蟹、『シオマネキ』を思い出した。
ヤマトがプルートゥのからだにむけて、上から太刀を一閃した。プルートゥが左腕にもった剣でそれを受けようとするが、ヤマトの剣はそれを予測していた。ヤマトはプルートゥの剣の峰を抑えこむようにして刃を滑らすと、そのまま剣をおおきく下にはらった。その剣勢におもわずプルートゥの剣は、薙ぎ払われそうになる。プルートゥが手から抜け落ちそうになる剣を握りしめる。
それでプルートゥの上半身ががら空きになった。
デミリアンを倒すには、急所をつくか、首を刎ねるかのどちらかしかない。
ヤマトはサムライ・ソードの刃にありったけのパワーを注ぎこむと、プルートゥの咽元にむけ、横に剣をふりはらった。
「これで終わりだ」
瞬間、ヤマトが目の片隅でサブモニタに映しだされているアスカの姿をとらえた。アスカは目を閉じて黙祷しているかのようにみえた。だれもその表情から気持ちを推しはかることはできない。
間違いのない太刀筋で円弧を描いた。プルートゥの首が刎ぬとぶ……はずだった。
だが、そこにプルートゥの首がなかった。
首だけでない。剣を持った左腕も含めて上半身そのものが消えていた。
出てくるときとおなじように、亜空間にからだの一部をむこうの空間に潜らせたのだとすぐにわかった。
「逃がすかぁ!」
ヤマトはまだ消えきれていないプルートゥの下半身にむけて、剣を振るおうと刃先を返して、上から下へ打ち下ろした。
が、間に合わなかった。
完全なタイミングで斬り伏せたはずだったが、プルートゥはまんまと逃げおおせていた。 ヤマトの顔が実に悔しそうにゆがんだ。春日リンは、感情を徹底的に抑制する訓練をしているヤマトのふだんを知っているだけに、その顔つきに驚きを覚えた。
だが、リン自身はほっとしていた。すくなくとも、あの驚愕の回復の秘密を研究できるチャンスが潰えなかったのだ。
ヤマトだけでなく、全人類に申し訳ない、とは思ったが、気分が晴々としていた。そして再認識していた。
自分はつくづく、『ただの人間』には興味がないのだと……。
プルートゥの腕に菌糸のような繊維が切断された右腕の傷を、繊細な糸で縫いあげるようにつながっていく様をみて、春日リンは呆然としていた。
前回、亜獣サスライガンとの戦いで、押し潰されたマンゲツの両腕は、癒えるのに33日間かかった。正確にいえば、795時間。それでも人間では望むべくもない速さの回復スピードだった。デミリアンの傷の治るスピードは人間を規準にすれば、おそろしいほどの速さなのは間違いない。部位にもよるが、数倍から十数倍という過去の実績データも、もちろん把握している。
だが、切断された腕が、その場で癒着していくというのは、その範疇をあきらかに越えている。
「タケル君……、あなた、隠してたの?」
おもわず口元から、ヤマトを咎めるような言葉が漏れでた。感情に大きな揺れが生じれば、パイロットはデミリアンに取り込まれる、という事実を隠しだてされていたことを思い出す。
「リンさん、残念だけど、ぼくもこれははじめてだ」
そのとき、アスカの若干、けんのある声が飛び込んできた。
「タケル、なにボサッとしてるの。完全体になる前に倒してよ」
さきほどのブライトからの命令を、まだ承服しかねているのがみてとれた。
「あぶないとこ助けたんだから、はやくその亜獣を倒しなさいよ」
「アスカ、キミはどこへ?」
「あたしはブライトのたっての願いで、別の任務を押しつけられたの。亜獣を倒すのはゆずるから、ちゃんと倒しておいてよね」
そういうなりアスカはセラ・ヴィーナスの機体を、日本国防軍が陣をひく方へ疾駆させ出した。ヤマトに押しつけることで、なんとなく自分の中のわだかまりに、折り合いをつけたように感じられた。
ものの数分のあいだに、プルートゥの腕は左腕の支えなしでも、つながっているレベルにまで回復していた。まだぐらぐらと安定はしていないが、それも時間の問題だろうというのは容易に想像がついた。
あと10分もすれば、切断されたはずの腕でまたサムライ・ソードをふりまわしはじめるに違いない。
「司令部、今からプルートゥを討ち取ります」
ヤマトが、司令部の誰かにむけて、わざわざエクスキューズしてきた。
誰に?。ブライト?、エド?、それともわたし?。
いや、アスカだ。いまから兄を代わりに始末すると、あらためて宣言してきたのだ。
らしくないな……。
ヤマトのサムライ・ソードの刀身が、ひときわ眩い光を放ちはじめた。
が、リンはプルートゥの腕に見慣れぬ変化が生じはじめているのに気づいた。
「タケル君、お願い、ちょっと待って!」
「メイ、あんた、なに言ってんのよ」
アスカから思考データでの抗議が飛び込んでくる。
「リンさん、邪魔しないでください。完全体に戻られたらやっかいです」
「ちがうの。プルートゥの腕が……」
そこまで言って、おもわずことばを飲み込んだ。すでに目の前の現象は、タケルたちに説明不要な状態になっていた。
プルートゥの腕が切断された付根部分から、もりもりと盛り上がり、まるでその腕だけが別の生命体のもののように変貌していた。
「あ、あれは?」
ヤマトの驚きの声がこぼれる。
「わからない。だけど……、あれは……」
リンは自分がヤマトにプルートゥの命乞いをしようとしていると気づいて、ハッとした。
研究者としての自分が、デミリアンの驚くべき事例を目の当たりにして、それをもっと観察していたい、研究してみたい、という渇望に突き動かされている。
ヤマトの、ひいては人類の命を危険にさらしてまで、願って良いわがままではないことはわかっている。だが、一瞬、あってはいけないことだが、一瞬だが、我をわすれた。
「タケル君、はやく倒しなさい。プルートゥが完全体以上になるわ!」
そのことばがトリガーになったのか、マンゲツのからだがバネで弾かれたように、一気に前に飛び出した。サムライ・ソードをおおきくふりかぶる。
その動きに呼応して、プルートゥが臨戦態勢をとった、右腕に握られたサムライ・ソードを左手でひったくるようにもぎ取ると、からだの前につきだし、光の刀身を瞬時に形成して身構えた。すでに盛りあがった新しい右腕は、元の数倍のおおきさに膨れ上がっていた。
『まるで……シオマネキ……』
リンは、数百年前に絶滅した片方のハサミだけが異様におおきい蟹、『シオマネキ』を思い出した。
ヤマトがプルートゥのからだにむけて、上から太刀を一閃した。プルートゥが左腕にもった剣でそれを受けようとするが、ヤマトの剣はそれを予測していた。ヤマトはプルートゥの剣の峰を抑えこむようにして刃を滑らすと、そのまま剣をおおきく下にはらった。その剣勢におもわずプルートゥの剣は、薙ぎ払われそうになる。プルートゥが手から抜け落ちそうになる剣を握りしめる。
それでプルートゥの上半身ががら空きになった。
デミリアンを倒すには、急所をつくか、首を刎ねるかのどちらかしかない。
ヤマトはサムライ・ソードの刃にありったけのパワーを注ぎこむと、プルートゥの咽元にむけ、横に剣をふりはらった。
「これで終わりだ」
瞬間、ヤマトが目の片隅でサブモニタに映しだされているアスカの姿をとらえた。アスカは目を閉じて黙祷しているかのようにみえた。だれもその表情から気持ちを推しはかることはできない。
間違いのない太刀筋で円弧を描いた。プルートゥの首が刎ぬとぶ……はずだった。
だが、そこにプルートゥの首がなかった。
首だけでない。剣を持った左腕も含めて上半身そのものが消えていた。
出てくるときとおなじように、亜空間にからだの一部をむこうの空間に潜らせたのだとすぐにわかった。
「逃がすかぁ!」
ヤマトはまだ消えきれていないプルートゥの下半身にむけて、剣を振るおうと刃先を返して、上から下へ打ち下ろした。
が、間に合わなかった。
完全なタイミングで斬り伏せたはずだったが、プルートゥはまんまと逃げおおせていた。 ヤマトの顔が実に悔しそうにゆがんだ。春日リンは、感情を徹底的に抑制する訓練をしているヤマトのふだんを知っているだけに、その顔つきに驚きを覚えた。
だが、リン自身はほっとしていた。すくなくとも、あの驚愕の回復の秘密を研究できるチャンスが潰えなかったのだ。
ヤマトだけでなく、全人類に申し訳ない、とは思ったが、気分が晴々としていた。そして再認識していた。
自分はつくづく、『ただの人間』には興味がないのだと……。
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